ハズレだな
そう、あれはまだ浄化の旅にでて一月も経っていない頃の事だったと思う。
疲れ切っている筈なのに、なんだか目が冴えてしまって眠れなくなった私は、急に寂しくなってしまってそっと馬車を降りたのだ。
時々急にこんな風に寂しくなることがある。
会社に入って三年、大学から合わせて七年も一人暮らししてきて、ホームシックになった事も無い。なのにこんなに寂しくなるのは、やっぱり異世界なんて、不確かな……理解不能なところにきてしまったせいだろうか。
帰ろうと思えばいつでも帰れる、そんな安心感がすべてはぎとられてしまったからなのかも知れない。
自分でも不思議に思いながら、薄暗い足元を確かめつつ一歩一歩進んでいく。
王家が用意してくれたにしては小ぶりな馬車は、全員が眠れるほど広くない。ルッカス様の判断で、夜は私が寝台として使わせて貰って、男性陣は野宿をするのが常だった。
でも、その日はなぜか急に誰もいない馬車の中がとても寂しく思えて、皆が野営している場所に足をむけて……でも、それが失敗だったんだよね。
あの時彼らの会話を聞いてしまわなければ、これほど日本に帰りたいという思いも高まってはいなかったのかもしれない。
もちろん野営地は馬車からそう離れてはいなくて、馬車から降りたらすぐに、焚火だろう明るい光が樹々に映っていた。
明るい方へ歩けばすぐに話し声が聞こえてきて、人恋しくなっていた私は少しほっとしながら近づいたんだ。
その時聞こえたあのクルクル金髪巻き毛の第一声、多分一生忘れないと思う。
「あーあ、今回の聖女はハズレだな」
心臓がとまるかと思った。
動けなくて、私は少し離れた木陰で立ち尽くしたまま彼らの言葉を聞いていた。樹にさえぎられて姿すら見えないというのに、なぜか静寂の中、焚火の木がはぜる音と彼らの声だけが、嫌になるほど耳に響く。
「そうですか? 能力のバランスはいいのでは?」
「だが際立った能力がない、全てが平均値だ」
騎士グレオスの評価を、この国の第二王子ルッカス様が両断した。クルクル金髪巻き毛が、ルッカス様の言葉にかぶせるように、私を『ハズレ』と評した理由を告げる。
「聖女の伝承はあきるくらい読んだけどさあ、歴代の聖女は何らかの特徴的な能力を持っていたよ。キッカはなーんの特徴もないじゃないか」
「まだ旅は始まったばかりです。彼女はよく努力している、断じるのは早計でしょう」
「ま、そうだけどね」
不満そうな声。それは、グレオスさんの言に相槌を打ってはいるけれど、納得したわけではないことを如実に表していた。
「そうだねえ。あれでもう少し美人なら、まだ妻にしたって見栄えがいいのにさ」
クルクル金髪巻き毛が急にくだけた様子でそう言って、笑い声をあげる。
揶揄するように。
彼はルッカス様の幼馴染で親友らしく、いつだって歯に衣着せぬ物言いだ。でも、もうちょっとなんか、言い方あるんじゃない!?
第一急になんなのよ! 聖女に顔が要るのかよ!と 怒鳴ってやりたい。




