リーンの事情
聞き返された途端に、アルバの顔が微妙にゆがんだ。
「何よ」
「いや、うわ。聞かなかったことにできねえか?」
「できるわけないでしょうが」
「あー、しまった。眠たすぎて判断力が鈍った。余計な事言った、すまん」
珍しく本当に弱った表情で、しきりにしまった、しまったと呟くけれど、事が事だけに「言いたくないならいいよ」とも言えない。状況を正しく知っていた方が、何か事が起こった時に判断だってしやすいし。
「悪いけど、素直に吐いて」
真剣にそう言えば、アルバはついに観念したらしい。それでも言いにくいらしく、あー、うー、と呻きながら言葉を紡ぐ。
「リーンの師匠、な」
「ああ、私をこの世界に召喚したっていう?」
「そう、その師匠。昏睡状態で王城の一室で神官達の治療を受けてるんだとさ」
「ええっ!?」
確かに、それは逃げられないわ。だってリーン、お師匠様大好きじゃない。超尊敬してるのがビリビリ伝わってくるもの。
「昏睡状態って、何があったの? なんで神官が治療してるの? リーンは?」
リーンの専門は攻撃魔法だけど、そのお師匠様の次に豊富だという魔力と天性の器用さで、彼は回復系の魔法も一通り習得済みだと聞いていた。
それこそ、そんじょそこらの神官よりもよほど高い効果を発揮するのだから、その彼が治せない病だなんて寿命か呪いか……そう、そんな特殊な例だけのはずだ。
「リーンにも神官にも治せない。生命力が極限まで枯渇したことによる昏睡状態なんだと」
「生命力が、枯渇……? え、ちょっと待って。お師匠様、いつから昏睡状態なの?」
生命力が枯渇する、なんてこの世界に来てからも聞いたことがない表現だ。嫌な予感がして、私は思わずつめよった。
アルバの顔がますます途方に暮れる。
「あーもう、なんでお前そんなに察しがいいわけ?」
「やっぱり」
「そうだよ。お前を召喚した時からずっと、もう二年以上も目を覚まさない」
そこで私は、いくつかの事がすとんと腑に落ちた気がした。
前にリーンに聞いてみたことがある。神官がいるのに、どうして魔術師であるリーンのお師匠様が私を召喚したの? って。
だって『聖女召喚』って聞いたらなんとなく、神様に祈るものっぽい気がしない?
そう言ってみたら、リーンも鼻息荒く「そうです、本来は神官がやるべき神事です」と頷いた。
それでもリーンのお師匠様にお鉢が回ってきたのは、魔力量の問題が大きい。
異界から聖女を召喚する。
莫大な魔力を要するこの儀式を実行できる程の魔力量をもつ人材が、神官の中にはいなかったのだ。
神官の中でもトップクラスの人を三人集めてもリーンのお師匠様には及ばなかったらしいから、これはある意味あきらめもつく。
遠い過去には膨大な魔力量を誇る人材が豊富にいたらしいけれど、今や年々力は弱まって、まったく魔力を持たずに生まれてくる子供も増えている程に、この国の魔力の質は下がっていた。
そう、多分きっと。
この国で最も高い魔力量を誇るリーンのお師匠様の力をもってしても、聖女を召喚するには足りなかったんだ。
だから、足りない分を『生命力』で補完した。




