逃げてきたけど
「光った! どこでもいい、ここから出来るだけ遠くに転移しろ!」
確かに石が光ってる。でも。
「リーンは」
「あいつは一緒に来れねえ事情がある! 早く!」
「ま、待って、ここの領主様の子供、病気なの。私、治せるんじゃないかって」
「今にも死にそうか」
「そこまでじゃないみたいだけど、でも」
「なら、後にしろ。逆に迷惑がかかる。いったん逃げちまえばどうにかなる、いいから跳べ!」
逆に迷惑がかかると言われてしまえば、確かにそうかも知れない。早く早くと急かされて、もうなんだかよく分からないけど、とにかく転移しようと試みる。
正直、ダメダメ王子&クルクル金髪巻き毛VSリーン&アルバだったら、1000倍くらい後者を信頼してるから、私の中では比べる余地もないほど当たり前の選択だ。
一瞬考えただけで、私は割とあっさりと、ここから遠い遠い砂漠の街『ユレイ』を思い描いて転移した。
「あ……本当に転移できた」
リーンが言ったとおり、本当に封呪を解いてくれたみたい。あまりにも難なく転移できてしまって、私はちょっと拍子抜けした。
逆にアルバは緊張感をみなぎらせたまま。私のすぐ側で油断なく辺りを見回して、本当に違う街に立っている事が確認できると、初めてフウッと大きく息を吐いた。
「なんとか逃げおおせたみてぇだな」
「うん……あの、ありがとう」
なんとなく照れ臭いけれど、本当に嬉しくて、素直に「ありがとう」の言葉がこぼれた。ついさっきまで、本当に四面楚歌だと思っていたから。
「ハ、なんか笑った顔、久しぶりに見たな。リーンにも見せてやりたかったぜ。ついでにグレオスにもな」
眉毛を困った形に下げたまま笑うアルバを見て、なんだか私もいたたまれない気持ちになった。それでも、これだけは聞いておかないと気が休まらない。
「ねえ、ひとつ聞くけど。あたしの居場所はわかっても、あいつら転移とか何かで追いかけてこれるわけじゃないんだよね?」
「ああ、馬をとっかえながら、かっとばして来るだけだ。あとは風魔法でちょいとスピードアップくらいだな」
「そっか。じゃあ、随分遠くに跳んだから、追いかけてきたって数か月はかかるでしょ」
私はとりあえずホッとした。それならまだ常識の範囲内だし、全然余裕がある。
そして、落ち着いた瞬間、はたと気が付いた。
なんか急展開すぎて思わずアルバ連れてきちゃったけど、これ、マズイんじゃない?
「ヤバい。うっかりしてた」
「どうした」
「ごめん、連れてくるつもりじゃなかったの。これじゃアルバがお尋ね者になっちゃう」
そうだよ、何してんだ私。結婚だのの茶番にも、私の逃亡にも、誰かを巻き込む気なんかさらさら無かったのに。
「ハ、そんな事だろうと思ったよ。俺は親兄弟、魔物に殺されたっつったろ。完全なる天涯孤独だから俺がお尋ね者になったところで誰に迷惑かけるわけでもねえ、安心していい」
「違う、アルバ本人の事よ。だって、この国にいる限りお尋ね者じゃない」
真剣に言っているのに、アルバは笑って取り合ってくれなかった。
「そんな事よりお前さ、いったいどこに跳んだんだよ……空気がジャリジャリする」
真夜中で月明りも薄いだけに、街並みが判別できなかったらしいアルバは、不快そうに口元を覆った。砂漠の只中にある、オアシスを起源としたこの町は、いつだって乾燥していて空気に砂のにおいを感じるんだ。
「ユレイの街よ。浄化の旅の終盤で砂漠の町にいったでしょ?」
「どおりで。しかしまた遠くまで跳んだな」
「ちょうどこの町に用があったし。それより、とにかく色々話が聞きたいの。まずは宿をとりましょう?」
「そうだな、お互い話さなきゃなんねえ事が山ほどある」
意見が一致したあたし達は、すぐさまその夜の宿の確保に取り掛かった。




