獣王ハクエンは絶対に屈しない⑧
腐れ賢者め、そのニヤケ顔に一生癒えぬキズをつけてくれるわ!
その一心で、とりあえずは聖女の腕から逃れようと猛烈にあばれまくる。聖女が困り切った顔をしたのが目の端で見えて、「勝った!」と思った時だ。
「遊んでねえで、行くぞ」
ひょいっと。
まるで猫でもぶら下げるかのように、首根っこをつまみあげられ、俺の脚は反射的にブラ~ンと垂れる。脱力しきったせいで、耳もしっぽもタラ~ンと垂れた。
なんたる屈辱……!
違う! これはアレだ、仕方がないのだ。ネコ科の獣は親に運ばれやすいように、首根っこをつままれると、どうしても反射でこうなってしまうわけで。
無意識に力が抜けてしまう手足を動かそうと意識した時にはすでに遅かった。
垂れた後ろ脚をすばやく一纏めに握り込まれ、オレはあっという間に拘束されてしまった。
無駄に手際のいい……!
恨みを込めて睨み上げたら、聖女の従者がオレをチラリを見下ろした。フッと薄く笑ったかと思うと、一瞬でオレの幻影でできた土影に体をうめていく。
腐れ賢者に幻影だと見せつけられたとはいえ、なかなかに度胸があるヤツだ。
オレの動きを一瞬で封じただけはある……と、とりあえずは思っておこう。
言っておくが、俺がこんなチビ助の体でなければ、こんな従者など瞬殺なのだがな!
「ま、待ってよ!」
慌てたような声で、聖女が後を追ってくる。
ああ……もうダメだ。
オレの安息の地が、聖女に侵されてしまった。しばらくは、ヒトが入った匂いや気配は消えぬであろう。残念ながら、オレの鼻は恐ろしく良いのだ。
「あー、ちゃんと機能してるねえ。千年もたつのに、優秀、優秀」
あああああ!
ついに腐れ賢者まで入って来おった!
こやつの魔力は濃い上にねちっこい。聖女の数倍は匂いが残るに違いない。
ああ、不快だ! まったくもって不快だ!
オレのいら立ちをつゆほども気に留めず、腐れ賢者はとぼけた顔のまま、ずかずかと俺の寝床へ向かって歩を進める。
「近寄るでない!」
最悪だ。
いや、仕方がないのは分かっている。なぜなら、あの腐れ賢者が用があるのは魔法陣で、その魔法陣はオレの寝床である敷き藁の上に設置されているからだ。
だが、だが……そんなに近寄ったら、賢者の匂いが敷き藁に沁みついてしまうではないか!
きっともうあの敷き藁は使い物にならぬ。
貴様、この荒れ果てた地で、それだけの量の敷き藁を集めるのがどんなに大変か……!
しかも奴め、ぎこちない動きになっている魔法陣にまで、手を伸ばしおった!
なんという暴挙、もう許せぬ! 我が手で成敗してくれる……!




