獣王ハクエンは絶対に屈しない⑤
腐れ賢者のヤツも、あえてそこには言及しないつもりらしい。魔力に焦点を絞って話を進めていく。
「それが大丈夫なのさ。僕がその昔長い年月かけて浄化した上に、君たち聖女がそれこそ気の遠くなる期間をかけて浄化し続けたこの大陸に今や魔力はほんの僅かだ」
言いながら、腐れ賢者はオレのおでこをツンツンとつついた。
馬鹿にしたようなその態度に、腹立たしくて前脚でヤツの手をはたこうとするものの、どうにも力が入らない。さわさわとヤツの手を撫でる程度の反撃しかできないのが口惜しい。
せめてひっかき傷くらいはつけてやりたいものを。
「三魔将もこのありさまだし、魔王だって体は命を繋ぐのが精いっぱいなタイミングで時を止められてるしねえ。しかも回復するための魔力はもうこの地にはごく僅か。さすがの魔王でも、復活してすぐ世界を脅かすような真似はできないっしょ」
このありさま、だと!?
余計なお世話だ。オレをこんなありさまにしたのは自分だろうに!
悔しくて悔しくて、オレの鼻先を撫でるヤツの手を噛もうと試みる。くるくる、ゆらゆらと揺れるヤツの指。なんとか牙を立てようと、彷徨う指を追いかける。
くるくる。
ゆらゆら。
オレを翻弄するように動く指。
うえ…………酔った…………。
ただでさえ酒に酔ったかのように頭がほわほわとしていたのに、変に頭を動かしたせいで、完全に酔った……。さすがに耳もしっぽもへにょんとちからなく垂れる。
おのれ、腐れ賢者め……、覚えておれよ……? 吐き気までしてきて、舌がチョロリと口からはみだす。
目をまわしたオレの頭に、ふわりと手のひらをのせた腐れ賢者は、なぜか嬉しそうに笑っていた。
「本当に魔王を復活させてもいいって思えてきた」
オレがやるの指にいいようにあしらわれているうちに、なんだか話が進んでいたらしい。
魔王……あの甘やかな魔力を持つ娘の封印を解こうというのか。それはなんとも楽しみだ。あの娘さえいれば、オレとてこんな仔豹の姿からおさらばできる。
オレにとっても大切な話だ、目を回している場合ではない。
聞き耳を立ててみたら、魔王の封印を解くことに躊躇する聖女たちを、なぜかは知らぬが腐れ賢者がやんわりと説得していた。
「大丈夫だよ。魔王に世界を滅ぼしたり、誰かを攻撃しようなんて意思は微塵もない」
まあ、そうだな。魔王ははっきり言って普通の娘だ。
世間知らずで甘ちゃんで、確かに野心などは特にない。攻撃されるから反撃する。仲間を殺されるから戦う。そんなところはあっただろう。
それでも、世界を滅ぼしたい、誰かを打ちのめしたい……そんな物騒な思想からは程遠い女だった。
ただ、あの女を見た事も無い聖女たちにそれを理解しろというのも酷だろう。
案の定、聖女たちは腐れ賢者の言を信じられずにいるようだった。




