(後) -作る人-
一人から見た、二人
「や、お久しぶりです、アンリさん」
「あ、智也くん!」
私のいる応接室を通って智也が黒い部屋に入る。
アンリの声は上擦っていて、それでもとても嬉しそうだ。
ここ最近はずっと言ってたからね。
智也くんはまだかなーってさ。
ふふっ。
「3日ぶりだね」
「4日ぶりですかね」
「あれ、そうだっけ。ここにいると日付とかわからなくなるんだよ」
まぁ、日付がわからないのも仕方がない。
あの黒い部屋には不必要なものは置いていないから。
カレンダーもなければ時計もない。
見るい人がいないのだからあっても意味がないだろう。
「元気そうでよかったです」
「うん、元気元気。風邪とは無縁だからね私は」
「・・・4日前来た時は体を壊してたから、心配してました」
「あ、あれは澄香のせいだもん。私の不注意じゃないもん」
「・・・うん、今は問題ないようですね」
身体を壊して?
ああ、そっか、前に智也が来た時はメンテナンス中だったんだっけ。
ばらしていた時だったからね。
アンリの顔だけがテーブルに置いてあったらびっくりもするか。
あの時の顔は今思い出しても笑えてしまう。
今度またやってやろう。
その時はカメラを忘れないようにしないと。
しかし、毎回思うが器用なものだ。
こうもきれいに会話に聞こえるものだろうか。
片方は声さえ聞こえていないというのに。
「ちょ、いきなり触らないでくれよ! びっくりするじゃないか!」
「・・・ごめんなさい、気になってしまって」
「気になるって?」
む、智也の奴、アンリに触ったね。
ああ、わかるさ。アンリは私が求めた美の終点の一つだからね。
誰が見ても美しいと思う存在さ。
そりゃ触れたいと思うものもわかる。
けどいきなり触っちゃだめだよ。
乙女心は敏感なんだ。
もっと丁寧に扱ってくれたまえよ。
「大丈夫だよ。私ねこう見えて結構頑丈なんだ! どんなことがあってもへっちゃらだよ!」
「・・・ごめんなさい黙っちゃって。大丈夫そうでよかった」
「うん!大丈夫!」
「さっきから俺謝ってばっかりですね」
「ふふ、ほんとだね」
アンリは健気だねぇ。
ほんとに好きなんだね智也くんが。
とても良いことだ。
「智也くん今日は制服だね。学校帰り? 今日は何か面白いことあった?」
「・・・」
「あれ? 智也くん?」
ん?
ああ、また黙ってしまったのか。
まぁ、声が聞こえていないわけだからね。
アンリが智也からの質問に受け答えするようならまだしも、
アンリからの問いかけにはさすがにうまく対応できない。
「智也くん。考えながら会話するのはいいけど、黙ったままは印象良くないと思うよ」
アンリも気にしているようだ。
仕方ない。会話に混ざろう。
いつも通りアンリのフォローだ。
「ふふ、君はまるでお母さんみたいだな」
「お母さんって・・・、そんなんじゃないでしょう」
「そうだよ澄香。私お母さんなんて年じゃないもん」
「すまんすまん」
二人から否定を受ける。
二人とも私の言葉に対してそれぞれ違うこと思ってるんだろうなぁ。
まぁ、私の目的は会話させることだし。
これでも問題はない。
会話を続けるとしよう。
「智也、学校はどうだったんだい」
「いつも通りですよ。幸も不幸もない平穏な一日です」
「不幸がないならいいことじゃないか。その平穏を噛みしめたまえよ」
「そうだよ。平和なのはいいことさ」
「・・・俺としては外の普通には興味がないですから」
普通に興味が無いね。
まぁ、毎日のように人形に話しかけている自分を思えばなんだろうけど。
もともとの彼の恋慕も報われるものではなかったし、仕方ないのかな。
「そんなこと言わないでほし」
「俺は、杏理さんに会えれば、それだけでいいんです」
アンリの言葉を遮る智也。
や、彼に遮っている意志は無いんだろうけど。
しかし、これはまた大きく出たねぇ。
ニヤニヤ。
「な、ななな、なんだい急に!!!」
「おや、突然の愛の告白だね」
「ちょっと澄香ニヤニヤしない!」
そんなこと言われてもねぇ。
お若い二人のど直球な愛の模様を見てニヤニヤしないほうが難しいかな。
ニヤニヤ。
さてさて、
「当のアンリさんはどう思ってるんだろうねー」
そういうと智也はいぶかしげな顔で私を見る。
どうせ聞こえないのに合わせてくれているとか思ってるんだろうね。
安心したまえよ。ちゃんと聞こえてるから。
私の問いかけに少し考えるように黙ってしまうアンリ。
そして意を固めたように唐突に、
「わ、私も、智也くんに会えて、うれしい、よ」
だって。
お熱いことだねー
こっちも顔が赤くなってしまうよ。
赤くならないアンリに代わって私が赤くなっといてあげようか。
「そうかい。嬉しいのかい」
「・・・ありがとうございます」
「こ、こちらこそ」
うんうん。
今日も二人は相思相愛。
良いことだ。
「っと、もうこんな時間ですね。さすがに帰らないと」
「え、智也くんもう帰っちゃうの?」
っと、もうそんな時間か。
まだ来て20分しかたっていないのに。
「さっき来たばかりじゃないか。お茶くらい飲んで行きたまえよ」
「今日は早く帰るように母に言われているんですよ」
おや、それは仕方がない。
「次は、次はいつ来てくれるのかな?」
「・・・明日、また来ます」
「うん!!」
お、よく聞けたね。
えらいえらい。
良かったね。明日も会えるみたいだ。
「じゃあ、今日はこれで」
「ああ、また明日来たまえ」
「バイバイ智也くん。また明日!」
そういって智也は黒い部屋から出て行った。
静寂が部屋を包む。
まぁ、声が聞こえる私にとっては、アンリが人形だろうが一人ではないと思えるわけだけど。
「明日が楽しみだね、アンリ」
「ほんとに楽しみだよ!!」
おお、ホントにうれしそう。
ここまでくるとちょっと嫉妬してしまうなぁ。
私の唯一無二の親友さん?
あなたにとって私は2番目なのかな?
まぁ、大事無いことか。
人形が語り掛けてきた時はびっくりしたけど、同時にとてもうれしかった。
人とうまく話せない私、人形作りが生業の家に生まれた私。
そんな私に話しかけてくれた、最初で最後の人形。
私は君がいれば何もいらない。
いや、君が幸せなら私のそばにいなくてもいい。
君が笑っている。ただそれだけでいい。
他はどうでもいい。
っと、アンリが暗い表情してる。
どうしたのかな?
「ん? アンリ? どうしたんだい?」
「え、・・・ううん。なんでもない」
「何でもないことはないだろう。沈んでる顔だ」
「えっと、智也くんホントに明日も来てくれるのかなぁって思ってさ」
「来るさ、智也は約束を破る子じゃないよ」
「うん、だよね」
ああ、絶対に来るとも。
だって彼の思い人は今アンリなんだから。
姉からアンリになったんだから。
彼だってもう遠慮はしないはずさ。
血は繋がって無いんだからね。
ちゃんと姉を殺しておいて良かったよ。
ああ、でも。
最近ちょっと気になるんだよね。
智也の妹さん。
名前なんて言ったかな? わからないけど。
最近似て来たよね。お姉さんに。
危ないかなぁ。
明日見に行ってみようか。
「早く、明日にならないかなぁ」
「そうだね。早く明日になるといいね」
そんなことを思いながら一日が終わる。




