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一日  作者: ゆぅり
2/3

(中) -男の子-

男の子から見た、一人と一つ

「や、お久しぶりです、アンリさん」


話しかける。

返答は当然ない。

でも、そんなことは関係ない。


「4日ぶりですかね」


前回来た時は確かそれぐらいだったはず。

学園祭の準備が忙しくなる直前だったから。

あんなものより本当はこっちに来るのを優先したいけど。

無視はできないし、仕方がない。


「元気そうでよかったです」


4日前は確か体を壊していたんだっけ。

澄香さんのやったことだから、大丈夫だとは思うけど。

やっぱり好きな人だから、心配してしまう。


「・・・4日前来た時は体を壊してたから、心配してました」


見る限り、異常なところは見られない。

彼女はいつだってきれいだ。

俺はこの姿の見惚れてしまった。

ずっとこの人と一緒にいたい。


「・・・うん、今は問題ないようですね。」


安心するのと一緒に、欲望が顔を覗かせる。

触れたい。

彼女に触れたいと。

思う心はダダ漏れで、気づけば彼女の腕に触れていた。

壊れないように、拒絶されないように、そっと。


「・・・ごめんなさい、気になってしまって」


透き通った白い肌。

絹のような栗色の髪。

彼女のすべてが、歪で歪んだ欲望をつかんで離さない。


「・・・ごめんなさい黙っちゃって。大丈夫そうでよかった」


見惚れてしまった。

黙ってしまってはアンリさんが飽きてしまう。

会話なんてできるはずもないけど。

それでも話し続けないと。

自分の思いは彼女にしか打ち明けられないんだから。


「さっきから俺謝ってばっかりですね」


笑い続ける。

彼女は笑った顔が好きだから。

笑うのは苦手だけど、彼女のためだと思えば何のことはない。

自傷気味なものでも、排他的なのもでも笑みは笑みだ。


と、部屋のドアが開き、眼鏡をかけた女性が入ってきた。

澄香さんだ。


「ふふ、君はまるでお母さんみたいだな」

「お母さんって・・・、そんなんじゃないでしょう」

「すまんすまん」


いったい今までの言動のどこがお母さんだというのか。

いや、心配したって繰り返し言っていればそんな風にも見えるか。

はたから見れば、心配されそうなのは俺のほうだけど。

ずっと独り言をつぶやく男子学生なんて、今にも自殺しそうなものだ。


「智也、学校はどうだったんだい」

「いつも通りですよ。幸も不幸もない平穏な一日です」

「不幸がないならいいことじゃないか。その平穏を噛みしめたまえよ」

「・・・俺としては外の普通には興味がないですから」


そう、興味がない。

だって、俺の大部分を占める思いは、すでに普通じゃないんだから。

そのほかの事なんてどうでもいい。


「俺は、アンリさんに会えれば、それだけでいいんです」


これだけでいい。

これだけあれば、俺の心は平穏でいられる。

抗えない現実を、見なくて済む。

手に入れられない幸せを、我慢できる。


「おや、突然の愛の告白だね」


澄香さんはニヤニヤしている。

何が面白いのか。

普通だったら気味の悪い発言だろうに。

この人も対外だな。


「当のアンリさんはどう思ってるんだろうねー」


と、澄香さんもアンリさんに話しかけるそぶりを見せる。

この人にとって、俺の行動は奇異だがそれ以上に面白いのだろう。

そんな彼女は時々こうやって、俺に合わせるようにアンリさんに話しかける。

からかっているのか、なんなのか。

そして必ず、


「そうかい。嬉しいのかい」


こうやって、回答をもらうのだ。

アンリさん自身から。

それは嘘だと、澄香さんの茶目っ気だと理解している。

それでも、


「・・・ありがとうございます」


嬉しいものは、嬉しい。

彼女が、俺を求めてくれている。

そう思うことができるから。


気づけば少し長居したようだ。

といっても、20分そこらだが。


「っと、もうこんな時間ですね。さすがに帰らないと」

「さっき来たばかりじゃないか。お茶くらい飲んで行きたまえよ」

「今日は早く帰るように母に言われているんですよ」


今日は姉の命日だから。

夕飯はみんなで食べる。

あの日から毎年、変わらず続いていることだ。

まぁ、俺には関係ないんだけど。


「・・・明日、また来ます」


アンリさんへ、部屋を出る前に告げる。

今日のペースで学校のことを終わらせれば、このぐらいの時間は取れることがわかったし。

明日からは毎日来れるだろう。

毎日アンリさんに会えるだろう。


「じゃあ、今日はこれで」

「ああ、また明日来たまえ」


アンリさんのいた黒い部屋を出る。

ドアの先は先程の部屋より少し狭い応接室みたいなところ。

低いテーブル、それを囲うようにしてソファが二つ、テレビが一つ。


ドアの向こうからは澄香さんが一人で話している声が聞こえる。

ずいぶん身の入った役者っぷりだ。

俺がいなくなったのだから話すふりをする必要はないのに。


黒い部屋へのドアとはまた別のドアを開ける。

目の前には階段。

ゆっくり上っていくと、外に出た。

振り返り入口の上にある看板を見る。


(Dolls Hole)


変わった名前だが、その通りだから仕方がない。

そんなことを思いながら家路につく。




-----





30分ほどかけて家に着く。


「あ、お兄やっと帰ってきたー」

「ちょっと、今日は早く帰ってきなさいって言ったでしょ」

「まぁまぁ、いいじゃないか母さん」


家ではすでにみんな集まっていた。

父、母、妹。

みんな俺の帰りを待っていたらしい。


最近妹は姉に似てきたなぁ。

血がつながっているんだから当たり前だけど。

あの頃の姉の年齢まであと一年か。


席につき夕食を食べる。

あれから2年、さすがにみんな落ち着いて夕飯を食べられるようになった。

去年はやばかったからな。

1年もたっているというのに、母も妹も泣いてしまって夕飯どころではなかったし。


でも、俺は大丈夫。

明日も会えるから、大丈夫。


妹の席の隣にかけてある写真に目が行く。

やっぱり姉はきれいだ。


透き通った白い肌。

絹のような栗色の髪。

写真からでもそれがわかる。


ああ、早く明日にならないかな。


そんなことを思いながら一日が終わる。

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