第一話『ようこそ』
すごく気まぐれに書き始めました。軽い気持ちでお読みください。
高校生活を送るにあたって、僕はどうしようもなく『女』という生き物を求める。
なぜと聞かれても、男子高校生なら誰しもがそんなものではないだろうか。男くさい友情もまた青春ではあるが、やはり華やかさや潤いというものはどうしたって欲しい。
と、そんな前置きを据え――失敬、少々訂正。
高校生活を送るにあたって、僕はどうしようもなく『美少女』という生き物を求める。
どこまでも自分に正直に、しかしさしたる努力もしない僕は、そんな前置きを据えた上で――唐突なるハーレムに叩き込まれる。
否、それはハーレムと呼ぶには些か歪すぎるのだが。
◇
例えば、僕は顔がいいわけではない。というかむしろ、そこらにはびこるニキビ男子と変わらない。毎日顔を洗ったりはしていても、きれいに見せるための努力はしていない。だってめんどくさい。
加えて、僕は眼鏡だ。冴えない男の眼鏡ほど酷いものはない、と僕は思っている。しかしコンタクトにするだけのお金を稼ぐのも手間であるし、何よりオシャレを意識していると思われるのが非常に遺憾である。
……などなど、様々な理由をつけて努力を放棄する。それが僕という人間、自意識の塊であった。こんな奴が「あ、今あの子、僕のことを見てたかも!」とか「カッコいいって……それもしかして僕のこと?」とか思ったりするのだから思春期というのは怖い。
わかっている。僕にはそう思われるだけの顔面偏差値も性格イケメン度も努力も足りないことなど。
いっそのこと、美少女などという幻想を頭から叩き出せればいいのだが、いかんせん、昨今のあらゆるコンテンツがそれを許してくれない。なんだあのアニメの作画とかネットで活躍する神絵師様たちは。さらに性格、キャラまで加えたギャルゲーとか、男の夢全てを備えたエロゲとか。誘惑の塊かこの野郎。
ちなみに、ラノベは読んでいない。というか文字とか追う気になれない。漫画だったらまだなんとか、というレベルだ。つくづく自分という人間のゴミクズさに笑いがこぼれる。
さて、僕の身の上話は置いておくとして、いや、むしろ身の上話はこれからなのだが。
――最近、僕の周りに美少女が増えた。
◇
ある日、目が覚めれば唐突な違和感。
普段は横を向いて寝ているのだが、なぜかその日は仰向けに寝ていた。そんな日もあるだろうと上半身を起こそうとするが、妙な圧力によりそれが叶わなかった。それこそが違和感の正体であり、
「ほら、早く起きないと遅刻するぞ」
などとほざきやがる美少女が僕の腹の上に腰を下ろしてるじゃねえか。
その時点で僕は「ああ、夢か」と目を閉じるのだが、目を閉じてなお、腹にかかる圧力が消えはしなかった。
「二度寝を決め込むか。死ね」
あれ、この高圧的な口調。どこかで聞いたことがある。
「……妹よ、まさか、お前なのか」
そうだ、そうだよ。中学二年生の妹だ。つられて僕も不自然な口調になってしまう。
「一度しっかりと目を見開いたはず。寝ぼけているのか?」
「ああ、その中二病丸出しの喋り方そうそういないもんな。そうかぁ……」
だが疑問である。
もう一度目を開き、妹の顔を見る。うむ、美少女である。というかお前誰。
僕の妹はもっとこう、なんというか、すごくモブい容姿をしているのだが。
そんな容姿に相まってこの口調だ。兄としてはものすごく「やめてくれ」と声高々に言ってやりたい気持ちだったのだが、なかなかどうして、こうして美少女になればそそられるものがあるではないか。
さて、外見以外にも変わったことはある。例えば起こし方。僕の知っている妹は、こうして僕の腹に乗っかるなんてこと一度もしたことがなかったはずだ。
「さて、妹よ。そろそろ退いてほしいんだけど」
「…………」
まあその不自然さも、美少女という外見が帳消しにしてくれている。
……あれ、
「あの、退いてって言って……、」
「――ゃだ」
「あ?」
「おはようのキスしてくれなきゃ、やだ……」
僕の腹の上に跨っている妹は、頬を朱に染め、右手を口元に当て、目をそらしそう呟いた。
◇
「――ん?」
母として、この家をきりもりして早十七年になるだろうか。
すでに家事は手慣れたものであり、大きくなってしまった我が子の世話が少々大変になってきた。とはいえ、可愛い子供たちだ。その苦労でさえ、日々を充実させるに等しい。
だが、今朝は少々騒がしかった。
「――だお前誰だお前誰だお前ぇ!!」
二階からそんな息子の声が聞こえたかと思えば、
「ぇぐ……わ、私は……血を分かち、……ぇえう、うぇぇ」
と、涙ながらに必死に声を紡ごうとする愛しい娘の声が聞こえた。
珍しい。息子と娘は、滅多なことでは喧嘩をしなかった。年頃なのに、と思わないことはなかったが、特別距離が離れすぎているということもなく、ただ単に仲が良いだけのことだ。
だからまあ、たまの喧嘩。叱ってみたい、などという変な気持ちが、その時の母には働いた。
「こら、お兄ちゃん、妹とはいえ女の子を泣かせちゃダメでしょう?」
「あ? ああ、お母さ――んんんん!?」
「まったく、そんないけない子にはぁ……お尻ぺんぺんの刑だぞ?」
「誰だあんたぁああああ――ッ!!」
実の親に向かって、まったく失礼なことである。
◇
「何が、何がどうなってんだ……」
今朝、妹は突然美少女になりブラコンになり、母は年不相応に若く可愛く美人で、しかも何やら似つかわしくない可愛いことを抜かしやがる。
……いや、妹が兄である僕のことを邪険に扱わないのは前からだったし、母が何かと天然なのも以前からだ。しかし今朝のそれは度が過ぎてやしないだろうか。
そして混乱は解決する間も置かず加速する。
「おー、おはよう。どしたの、週始めにいきなり疲れ切った顔して」
「ああ、その声は委員長。なあ、少し聞いてぇえあああああああああ!?!?!?」
「うぉあ!?」
振り返ればそこに、眼鏡をかけた黒髪ロングの美少女がいた。
委員長は……まあ、たしかに可愛かった。しかし突出したものではなく、なんというか、どこまでも自然な可愛さ。それでいて少々やんちゃなところもあり、男子とも分け隔てなく接する完璧な子。僕もそれは認めており、時々こうして顔を合わせては、くだらない話をしていたりする。
彼女は大学生の先輩と付き合っているらしく、そのため男子も余計な勘違いは起こさない。
……というのが、僕の知っている学級委員長である。
しかし誰だ、僕の目の前にいるのは。
サラサラと流れる黒い髪。どこまでも白く、透き通るようにきれいな肌。自然な可愛さとはなんだったのか、今すぐにでもテレビに出られそうなほどに可愛く、しかし化粧で着飾った印象はゼロ。紛れもなく美少女である。
「いきなり大声は心臓に悪いですよ……え、なに、わたしの顔に何かついてる?」
むしろ顔そのものがおかしい。
なんだ、何が起きている?
――僕の周りが、美少女だらけになった……?