コミュニケーションの基本1『離間策』
明るい午後の日差しが森に射し込む。
ヴァーチャルの森はファンタジー風な森林だから密度は薄い。密林ステージはまた別だが。
「今なら火を焚いても目立ちません」
視覚効果はリアリティに直結するために、現実準拠。つまり夜は目立つ。
「現実と違いますから、ネコの索敵範囲に侵入されない限り煙の対処はいりません」
ちなみに演算処理の負担を減らす為に煙は雰囲気程度だ。発煙筒など特別なアイテムを使わない限り目立たせることは出来ない。
「まずは食事です」
見回した。
「料理します!」
「狩る」
「…」
「え?え?」
ニート、トモ、セイ、ネコ、フミノ。
「セイは狩り、トモとフミノはキャンプ、ネコは警戒」
ニートは見回す。異論質問なし。振り返り森を進んだ。セイが続く。
10分後。
「フミノは始まりの街方向から逃げて来ました」
「呼び捨てかよ」
弓を下げたニート。
棍を展開したセイ。
「追っていたのは悪くない装備の5人パーティー」
二人の視界。遮る木々や茂みを超えた先にイノシシ状の魔獣。
「距離を置いて監視が一人」
ニートがパー。セイが頷いた。
「皆、フミノと面識なし」
と言っていた。
ニートは風上、射線を確保できるポイントへ。セイは逆方向。
「パーティーにお引き取り頂く間、頂いたあと、監視に動きなし」
魔獣がニートに気が付く。同数相手なら迷わず突撃、がモンスターのルーチン。
「周辺索敵を公言すると退却」
魔獣に矢が当たる。
「聴かせてあげました」
仲間割れの魔法。追っ手パーティーはベストを尽くしていたが、闘えなかった。
耳と目を閉じていなければ監視はニートの『追っ手はやる気がなかった』との評価を聴いていただろう。
その場にいなかった命令者が『優秀な追手』と『優秀な監視者』どちらに不信感を持つか。
両方をある程度うたがってくれれば儲けもの。
「インケン」
セイは引き気味に前進、カウンターで魔獣のHP半減。
「わたしの装備も、ネコの姿も見られていません」
セイが一気に間合いを詰めて跳び蹴り。魔獣消滅。
「跳び蹴りは」
「隙が大きくなるからやるな、だろ。解ってる。雑魚以外にゃやんねーし、初見にも」
セイがアイテム、肉、牙、をストレージに収める。
「どうでしょう?」
ニートは野草、木の実をあたる。
「ハズレ」
セイは燃料、薪拾い。
「遭難、共食い、喧嘩ぐれーかってさ」
拾い終わりニートを見た。帰り支度すみ。
「相手は最低でも大手ギルドだろ?数頼みの」
フル装備パーティーを使う動員力。
見知らぬ相手に暴力を振るわせる強制力。
「ギルメンにコソコソ見張りを立てる陰険さ」
ケッ。セイはわざとらしく肩をすくめた。
「拾って正解だよな。ユエに身を」売ったかいがあるってもんだ。
と言い掛けて口をつぐんだ。
「あー、あれだ、そ、それ、いや、えーと」
気まずそうに視線が泳ぐ。
「ふぁ」
なでなで。
「…ガキ扱いすんな!」
セイは真っ赤になり、頬を膨らませるが、頭上の手を払おうとはしなかった。
野外キャンプ準備。
トモは始めに携帯コンロを設置。魔法で点火。
「耐久力が落ちないんですよ」
器具自体で火を点けるより、らしい。消費量や状況にもよるが、アイテムの耐久力と違いMPには自然回復がある。レベルやスキル、状況次第で程度は変わるが。
コンロにポットをかけると、トモはキャンプ地の周りに向かった。
「ちゃんといますから。どこかに」
見回すフミノ。消えたネコ。
「は、はぁ」
モーションがまったく見えなかった。フミノは気にしないようにする。
「ささ!どうぞどうぞ」
トモが先導。キャンプ地から100mほど離れた。
普通、休息する為にはログアウトする。ログインはログアウト地点から再開するから街に帰る余裕がない、ハントやイベント中のインアウトやログインしたまま補給するのはセーブポイントを使う。
何らかの理由で両方不可能な、あるいは、やりたくない場合、フィールド上で交互に見張りを立てるのが定石ではある。
「コレです!」
テッテレ~っと無駄に擬音を口ずさむトモ。
「あ、はい」
いわれるままに受け取るフミノ。
手のひらの一山。
「碁石?」
「ゴイシ?なんです?」
見つめ合う二人。困惑と期待の疑問形。
「こ、これは何でしょうか?」
あーあーっと、何をきかれたか納得のトモ。胸を張る。小さくはない。
「知りません」
えーと。困る。フミノが。
「ニートさんが買い足してました」
えーと。
「朝に集めてから出発なんですよ」
話のつながりが解らないフミノ。
「奪ったり差し出させたり騙したりして増やしたんですよ」
解るけど解りたくないフミノ。
「このあたりはモンスターが…」
「終われば大丈夫です!」
確信の笑顔。魔女宣告をする異端審問官のように迷いの欠片もない。
(セーブポイントをつくるレアアイテム、かな)
フミノもスフィアを全て教えられている訳ではない。
話している間に碁石状のソレを配置していくトモ。100mくらいの範囲に数m間隔。
世界設定の一部であるセーブポイントの類似品。レアではあるが、余り使い道が見つからない。
フィールド上にセーブポイントは少なくないからだ。実際、ここから2kmほど先にもある。
「あの」
とりあえず、アイテム、の入手方法はさておき、重要な確認。
フミノは自分のせいで犠牲を強いられた少女について、聞こうとした。
(なんて、言えば…)
どういう犠牲を強いられたのか?内容次第では自決してでも離れなければ…。
「あ」
「大丈夫」
と思ったフミノのタイミングが行方不明。
「セイちゃんは照れてるだけです」
悟った?悟られた?
「ユエさまはセイちゃんにヒドイことをしたりしません。ワザとは」
不安なフミノ。
「ガマンするセイちゃんでもないです。ほとんど」
不安倍増なフミノ。
「ニートさんがセイちゃんに悪いことするわけ無いじゃないですか」
ドヤ顔。
いやいや。
セイさんがつらい目に合うとしたら、ニートさんは関係なく、わたしとユエさんのせいなんでは?
っと思うところはいろいろある。
「はい、終わり」
カップに注いだ透明な液体。
まっすぐに笑顔で差し出すトモ。
「じゃーん!スライムスープ!」
いつの間にか現れたネコが両手持ちでコクコク。
ツッコミスキル、レベル0。フミノの限界だった。
「さて」
トモが料理にかかる。
擂り粉木に木の実の一部と牙を加え砕く。
猪状の魔獣を斧でヒット。ヒレ肉?を取り分けレイピアで賽の目に。
粉末を揉み込み串焼きにするのは、世界観より利便性をとった携帯コンロと竈状にした焚き火。
「8時間休憩します」
「真夜中になっちまうぜ?」
セイの言うとおり、そろそろ夕方。
「敵はどうでますか?」
皆を見渡す。
「…」
「追いかけて来ます!」
ニートが頷く。
「山狩り、はねえか」
セイは、自分に確認。
「そうだよ!森だからね!森狩りだよ?」
違う。
「移動距離を考えたら、どんな大手ギルドでもカバー出来ませんからね」
キャラクターの運動能力は現実のオリンピック選手以上。平均レベルで、だ。
しかもアイテムで疲労を解消出来る(あくまでもステータスへの影響は、だから精神的には別)。
小一時間で何km逃げるかわからない。
「あ、でも逃げる方向にアタリでは」
ただ闇雲に逃げられたらどうにもならないが、逃げる方も同じだ。
ゲーム上は空腹によるHP減少はない。
だがモンスターを食材にHPは維持できても、武器や防具の耐久力、MPの回復は難しい。だいたい、命の危険が溢れる野営でどこまで頑張れるか。
単純に魔獣が寄ってこないセーブポイントはいくらでもあるが、ある程度の補給補充が出来るセーブポイント、たいてい村、は少ない。
街に入るかログアウトしなければ力尽きる。
ネコが胸を張る。
「ネコは特別」
ナデナデ。
ひたすらモンスターを倒してサバイバル出来そうだ。
ならば普通はどうするか?
「街の方向に森狩り?」
「だと良いのですが」
「…あ、そうか」
皆が気がつく。
「街で待ち伏せ?」
探す側にしてみれば、野外と違って危険はない。
「なら、急いだ方が良くね?」
敵が網を張る、あるいは強化する前に。
「ダメ」
っとトモ。セイがフミノをチラ見。
アバターのステータスが回復しても、PLの消耗は否めない。
「わたしなら大じょ」
「ムリだよ」
「ムリだろ」
「…?」
ダメ出し+1。ネコがホットミルクを差し出す。
フミノの疲労、24時間以上寝ないで疾走した、は全身に現れていた。
神経信号と直結するシステム上、感情や気分を隠すリアル表情筋の経験値はゲームアバターには反映されない。
ニートが引き取る。
「既に一時間近く経っています」
フミノを助けてから。
「既に、ここから先、教都手前の街には網が張ってあるでしょう」
教都は始まりの街から五つ目の街。
始まりの街からゲートで一気に移動出来る上限。ゲートはどの街にもあるが、四つ目の街までのゲートから最前線を目指した場合、教都までしか行けない。
「教都から後は安心なんですね♪」
「教都からならゲートで行けるぜ?」
トモとセイは頸をかしげた。
最前線を目指す場合、教都に集まって、それから先の街に移動するのが定番。
ゲートを乗り継げば、フィールドにいるネコカフェを先回り出来る。
ニートは続けた。
「敵の装備」
あ、っと手を打つセイ。
「なになに?」
セイはトモに向き直った。
「奴らは攻略組じゃねー」
ニートが言う『悪くない装備』は準攻略組、廃人未満か後発廃人の特徴。
「そうなのかー」
理由はわからないがセイの言葉を無条件に受け入れるトモ。質問するニート。
「攻略圏はどんな様子でしたか?」
トモは考える…考える…考える。
「お昼と夕食時が一緒!」
「正解」
「実家の話はいーから」
ニートが拍手。セイがツッコミ。
トモの実家は中華風食堂。どうでもいいかもしれないが、繁忙時間は昼と夕食時。
「あ、あの…」
困るフミノ。セイはニートを見た。ニート、微笑み返し。あきらめて説明に入る。苦手だが。
「あー、今、教都より先は攻略組が間違い探しを始めてんだ」
ゲーム世界再探索。
馴染みの街、馴染みの狩場、馴染みのレベルアップ、定番化したプロットを繰り返す。
「…PLが自分で対処を…」
呟くフミノ。セイが頷いた。
「一つだけ狂ってんのか、もっとヤバいのか。あーなんか、比べればなんかわかっかもしんないし、でなくても、ゲット、アイテムとか、できりゃ損にならないし」
世界の異常が複数あれば、照らし合わせ状況を推測する。
異常がなければそれも判断材料だ。
経験値にアイテムはどう転んでも役に立つ。
「やべーくらい盛り上がってる」
「お祭りだね!」
有り得ない事に、3日間も街でくすぶっていた廃人たち。
リスク回避の為に我慢するのは慣れているが、いつもと違って当てのある我慢ではない。
門を見張り街中を見回るくらいしかやることがない。
攻略組はギルドやパーティーで固まっているかソロでも横の繋がりが強い。
初日はともかく、トラブルも自己解決。統制や自制が強いのでトラブル自体が起こりにくい。
本当に、やることがない。
我慢も限界だ。
「そこにセルフクエスト」
スフィアで起きた異常事態の調査!
「ガンギマリさ」
セイは呆れたような、嬉しそうな笑い。
かくして攻略圏、六つ目の街から最遠のカマルまで、炎上中。
フル装備フルパーティーがレイドを組んで出撃。
どのギルドにもひとりはいる、全員でもおかしくない、解析厨がボス攻略作戦並みの指揮所を作り統制。
後方支援PLも街の敷石一つ一つを剥がす勢いで走り回る。
「脳筋とマッドがキメちまって『異常』を探し回ってる」
「そんな場所に見ず知らずの、明らかに攻略圏に慣れてない連中が出現したらどうなるか」
「どーなるの?」
ワクワクと擬音がするトモ。
「解剖」
「かいぼう?」
フミノはニートを見た。
「見知らぬ顔、つまり、常と異なる相手、それは異常現象」
やれやれ。
「紛れ込んだ新顔を『異常出現したNPC』と考えたら街中からフィールドまで追い回されますよ」
逃げられれば。
前代未聞の意欲に経験を積み過ぎたハイレベル廃人組織連合。
「考える前に捕獲だね」
「逃げる前に捕獲だな」
あるわー、とセイが呆れる。
「街の中で、ですか」
「死なないからこそ、何でもアリだな」
半信半疑のフミノと断定セイ。
「魔法とアイテムとスキルで粉々」
ちょ!おま!
フミノは意識を手放す前に何かを聴いた気がした。
「生き返って~!」
「「「死んで」ねー」ません」