ネコカフェ
《ネコカフェ》
VRMMORPG・Sphereにおけるパンドラの箱。
「などという事実はありません」
「いわれてんじゃん」
「だいほんえいはっぴょーだね!初めて見たよ!」
「……」
そのメンバーはお世辞にせよライトスタッフには見えなかった。
拳士、セイ。
150cmほどの身長に凹凸の少ない……ふぐぉ!……引き締まったボディの少女。
「そんな!せーちゃんは結構ぷにっとしてるんですよ!二の腕の辺りとかオッパ」
「いいから!フォローいらないから!!」
鋼の籠手に肘膝当て、防具は革の胸当てに拳法服。
身長と同サイズの棍は伸縮可能、全体に速度重視の近接/回避型にみてとれる。
ついでに
「セイ」
ニートがペンライトを返した。
「ありがとう」
「お、おう」
ストレージにしまいながら首をひねる。
「なにしたんだ?コンサートグッズで」
セイはアイドル好きである。
女性アイドル好きである。
男性アイドルに興味はないのであるが、それはある種の自己投影。
アーティストよりアイドルが好きなのも理想像に重ねるためで、百合ではない。
残念「せーーー!!!」
職人、トモ。
エルフ少女である。
顔立ちからすれば童女かもしれない鍛冶士である。
間違いなく武器防具制作の鍛冶士である。
エルフなのに。
「ドワーフは可愛くないじゃないですか?」
疑問型。
それこそ、なぜ。
140をきる身長におかっぱで華奢。
風呂敷……バックパックに鍋釜まな板包丁セット。
まあ、鍛冶道具はレンタル工房を使うから持たないのが主流ではあるが。
種族コンバートでレベルは半減した(だからアイテムがストレージから溢れた)が生産スキルは影響を受けない。
故に調理スキルは全PL最高クラス(※ネコカフェ調べ)。
調理とは料理であって、製作ではない。
もう一度言う。
鍛冶士である。
魔法戦士、ネコ。
130cm以下の身長に猫着ぐるみ。
いや、着ぐるみは公式アイテム。
れっきとした防具であり武器だ。
ちなみに着ぐるみアイテム、VRMMORPG≪スフィア≫には各種取り揃えてある。
一見すると防御力攻撃力皆無、観光PCにしか見えない。
基本的に頭部にあたるフードを目深に被り顔が見えない。
ちらりと覗く唇と下顎は幼女にも見えるが、幼ければ一見して性別判別は困難だ。
虚実取り混ぜた凶悪な噂とともにNPCに間違えられることも。
「事実だろ」
「セイちゃん!NPC説だけは嘘だよ!それだけは!」
ひとつひとつの動作が粗雑で乱暴。
某ネズミの王国にいたら子供が泣き出すレベル。
未だ無言。
「私は」
「おっさんだ!リアルもゲームも!」
セイが割り込む。
「違わないけど、ダメだよ!ニートさんのリアルは秘密だよ!」
トモとセイがじゃれ始める。
「まあ、好きに呼んでください」
愉しそうに肩をすくめた。
既に初期装備ではなく、軽装鎧。
革鎧に金属の手甲、膝下までの脚甲、胸当て。
背中に60cmほどの盾を背負い火縄銃を肩に担ぐ。
銃士……新クラス。
ならば弓士からチェンジか?
ギルド・ネコカフェのパーティー編成。
近接戦闘型の拳士。
中距離戦闘型の銃士。
二人はアイテムで見ると中堅、ミドルレベルPC。
着ぐるみバーサーカー。
一見すると無力なネタキャラ。
実際は数十kmの距離をPC二人抱えて木々や岩石を突き抜けて移動したハイエンドPC。
攻略組最精鋭クラスでも怪しいハイレベル。
鍛冶士。
完全に後方支援。
アイテムで見るとミドルだが、追加イベントの種族コンバートでレベルダウンしているから中の下か下の上。
装備は十分でゲーム慣れしているが戦力的には初級。
最近増えているタイプ。
つまり?
中堅二人に、初級と最狂一人ずつ。
近接二人に遠距離一人、特攻一人。
前衛二人に後方支援一人、最終兵器一体。
パーティー編成に悩むようなバラッバラッぷり。
集団エントリーではなくゲーム内で自然発生したギルドだろう。
集団エントリーなら役割分担して参加するから。
「さて」
PC名ニート、男性、二十代以上年齢不詳、は皆を振り返った。
沈黙。
「フミノさんは先程ゲストに加えました」
ギルドの準メンバー。
ゲストはギルド特典(専用イベント参加権、経験値ボーナス、など)をある程度受けられる。
ギルドマスターはゲストのステータスをある程度確認可能。
「この手をとり操作して」
放心状態でも状態異常でなければウィンドウ操作は可能。
パーソナルウィンドウと違ってメッセージウィンドウ(ゲスト招待状)は自動表示される。
もちろん、ゲスト申請を送り勝手にYesを押させるのはマナー違反だ。
「この子への質問は三日間禁止します」
ニートはネコを見た。
「デュエルは許可制」
メッセージウィンドウ。
「却下」
肉球付きのファンシーな手から爪が引っ込んだ。
「私への質問はこの後」
うずうずしているセイが頸を傾げる。
「クライアントへのお詫びが先」
メッセージウィンドウを開いた。
コール。
「わたくしニートと申します。C様いらっしゃいますか」
『パソってなに言ってっすか』
栗毛の少女が肩口までの髪をいじりながら映る。
パーソナルメッセージは本人しか出られない。
虚像の映像とはこれいかに?
「様式美です」
『あーら!センセお見限り~』
しなを造って魅せる様式美。
夜の。
水の。
シースルーの薄衣からアンダーラインが透けており、年齢を意識させつつ印象で裏切る。
「教育的配慮を願います。高校生以下の子供が聴いてますからね」
『アタマにカジりついてるソレっすか?』
着ぐるみ猫に襲われてるようにしか見えないニート。
肩に乗ったネコが頭をくわえてモグモグ。
『血いっすね』
無駄に凝るスフィアクオリティ。
「訂正します」
数あるヴァーチャルゲームと同じく、痛みはない。
が、それなりに違和感や衝撃はある。
「見てます」
聴いてます、は間違いでした。
謹んでお詫びいたします。
あわせて、見てます、と訂正させて頂きました。
『っす?』
謎会話。
先を質しているらしい。
「お願いがありまして」
『亡命歓迎っす』
は?
ネコカフェ一同、点目。
『ウェルカム!スットン共和国から我がムチムチプリリン帝国へ!』
進まない話。
流石にセイが割り込んだ。
「いー加減にはな」
『あ。ペッタン娘』
拳がウィンドウを貫く。
『何故?』
3Dに切り換え現れたC。
プライベートらしく、キャミソールドレス。
「どうどう」
「まかせるんだよ!セイちゃん!」
トモが前に回った。
ニートはセイを羽交い締め。
「この」
ためを造ったトモ!
「ロリ巨乳!」
ビシィ!
『いゃ~巨乳っすけどね!』
自慢気に胸をそらすC、の映像。
完全無修正現実実体同期。
ヴァーチャルゲームに数多い、リアルにも少なくない嘘乳ではない。
『オフが懐かしいっすねぇ~』
幸か不幸か、疑う余地はない。
バーチャルとリアルを一致させるのは、戦闘時の体感覚を重視し長時間ログインによるバーチャル酔いを避ける、攻略組の特徴。
いつしか当たり前のように使われているが「攻略組」というのは、ゲームガチ勢のこと。
エンジョイ勢とは違ってイベントやストーリー、シナリオ攻略に熱狂するガチゲーマー。
小柄な背丈にワガママボディ。
胸を張りながら微妙にしなをつくる様は、魅せる、と言うことに慣れていた。
「おまーなー!」
セイがトモに噛みつく。
比喩的な意味で。
しかしトモはしたり顔で指を立てた。
チッチッチッ!っと聴こえそうだ。
「かかりましたね」
ひらりひらりと踊っていたC、の虚像が振り返る。
計算されつくした小首の傾げ方。
「誰もが認める希少性も現実性もユランユランする蠱惑の魔性も」
ビシィ!!!
「む・い・み」
な!なんだって~!!!
付き合いの良いC。
「女の子の魅力……それは」
澄まし顔。
「愛する方の好みです!!」
衝撃が走った。
男の子にはわからない世界。
「誰がどう賛美しようと誰からどれだけ妬まれようと」
ドヤ顔。
「む・い・み」
崩れ落ちるC。
「負けた……っす」
ニートを見た。
「ロリペド二桁お断りの前には……無力」
ニートは自分の背後を見回した。
隣のセイがため息。
「逃げんな」
肩をすくめて自分を指差し疑問顔のニート。
頭上のネコ。
「だぜ」
セイが哀れむように肩を叩いた。
「完成です!」
「ロリペドハーレムっすね」
トモとCが三人(ニート、セイ、ネコ)を見た。
「「「誰が」だ」?」
ネコはわかってないような。
「I shall return!!」
C、転進。
具体的にはメッセージアウト。
「あれが最後の巨乳とは限りません!第二第三の……」
「いーから、もう」
あさってを見つめるトモにツッこむセイ。
リダイヤル。
『あーら!センセお見限り~』
※繰り返し。
『キャンセル?っす?』
何度繰り返したかは推して知るべし。
「大変申し訳ないことですが、緊急を要する極めて重要な事態が生じまして、はなはだ困難とは承知の上で、予定遂行が不可能になりました、とお伝えせざるを得ません」
ともかく、本題。
「作戦中止」
『ダメっす』
「諸般の事情」
『知らんっす』
にべもない。
『いいっすか?』
不機嫌にやぶにらみするC。
『はじまりの街を偵察……今、絶対、必要っす』
「埋め合わせは必ず致します……って言ってもダメなんでしょうね?」
平身低頭するニート。
傍らのセイが加速度的に不機嫌になる。
『わかりゃ上等っす』
「おまーぇんとこは幾らでも代わりいっだろー」
セイが口を挟む。
黙っていられなかったのだ。
『みな忙しいっす。それに』
ピシャリと言う。
『せんせーの眼を買ったっすよ。有象無象の作文なんか要らないっす』
う……っと詰まるセイ。
「し、しかたねーだろ!命がかかってんだぜ!」
『っす?』
詰まるセイ。
フミノの話をしていいのか?
ニートに確認したいが、視線を逸らすわけにはいかない。
Cに気が付かれたら藪蛇だ。
「あー!埋め合わせるったろーが!!」
逆ギレ。
無理がある。
話がつながらない。
『なんっす?』
バカにした顔だが、乗ってきた。
ここぞ!と斬り込むセイ。
「か」
『コインは幾らでもあるっす』
「あ」
『アイテムは有り余ってるっす』
カウンター。
「うーーーーーーーーーー」
『おわりっ』
「何でももってけ!!!!!」
ニヤリ、C。
『なら』
顔を真っ赤にしたセイは眼が座っていた。
『ユエ様と会う』
セイ、目が点。
『おねえちゃん、って呼ぶ』
セイ、唖然。
『一日以上過ごす』
「なんでテメーに」
『可及的速やかに』
遮ったCの悪い(笑)顔。
『お返事は?』
………………………………。
『なら、話はおわ』
「わかった」
小声。
『聞こえないっすね~やっぱ、なかったことに』
「ヤるってんだろ!!!!!」
拍手、C。
『ブラーボ!グラッチェ!スパシーボ!』
「セイちゃん!十数えて!ひとーつ!ふたーつ?」
真っ赤に茹だるセイを宥めるトモ。
『最高の音色っすねぇ~』
はぁ?
っとドスが利いた上目使い。
いや、ヤクザかチンピラのガン付け。
セイだ。
『人の心が折れる音♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪』
ドン引き。
これ以上ないくらい。
ツーツー。
通話を切ったニートは、そーっと、振り向く、フリをして止めて、
「ニートさん!」
トモに言われて、振り向いた。
「セイ、ありがとう」
最敬礼。
ピキピキしながら拳を鳴らすセイ。
頭上、ニートの、で爪を伸ばすネコが、何かを吐き出した。
吐瀉物ではなく、ネコに呑まれていたフミノ。
着ぐるみの口元、ネコの顔が覗く開口部だから無論、清潔。
「ごめんなさい!」
土下座。
「ここでお別れします」
着ぐるみの一部には、アバターを収納出来る。
長時間試した者はいない。
どうでもいいが。
「命を救っていただきました!わたしのことはもう良いですから!本当に申し訳ありません!」
震えている。
「ザッけんな!」
拳を寸止め。
フミノの髪を掴んで引き起こすセイ。
「テメーは助けられてりゃいいんだよ!」
怒りに燃えた眼。
「オッサンは正しい!殺されかけたテメーを助けるのは正しい!邪魔するヤツを黙らせるのは正しい!」
力ずくでフミノを立たせた。
「助けたからにゃ殺させない!最後まで助ける!文句あっか!」
見上げる眼はまっすぐ。
「……はぃ」
フミノの頷きを見て、セイそっぽ。
「……あ、あの……」
言いよどむフミノ。
「ありがとう、ですよ」
ニートが囁く。
「ありがとうごさいます」
深々。
三歩下がり、皆に頭をたれるフミノ。
そっぽのセイは、止めろ、と言わんばかりに手をふった。
背後からみても判るくらいな真っ赤。
さて、とニートが皆を見回した。
「質問はありますか」
挙手。
「トモさん」
「おなかが空きました!」
トモはサッサと調理器具を並べ始めた。
「ごはんにしましょう!」
「「「「決定!」かよ」ですか?」……」