話せばわかる!
27時間。
爽やかな春風。
常緑樹の木漏れ日。
森の中の下生えは申し訳程度。見通しは効かないが、腐葉土に脚をとられるようなリアルさはない。
走る。
走る。
走る。
視界のすみに《!》。
MOV(移動値)が低下している。
意識していなかったが、アバターの息が上がっていた。
苦痛はフィードバックしないが、不快感に気がつかないほど焦りでいっぱいだ。
視界がぼやける。
涙。
吐き気は設定にはないので幻肢痛だろう。
存在しない手足や臓器のの痛みを感じるという、アレだ。
事故や病気でよくあること、と少女は知らない。
目の前の茂みを強引に突っ切って、滑り落ちた。
枝と葉、草と土が飛び散る。
自動スキル発動。
頭をかばいながら受け身をとる。
ダメージキャンセル。
めまいをこらえて周りを見回した。
背後の斜面に当たる。
「……たすけて」
開けた場所に飛び出してしまった。
HP、レッドアラート。
12時間前からずっと鳴り続け。
一度止めてもしばらくして再開する。
走りながら使える回復薬は使い果たした。
息を整え、落ち着かないと治癒魔法は詠唱できない。
「たすけてたすけてたすけてたすけて」
engage!
engage!
engage!
engage!
危機察知スキルが照準されている事を知らせてくる。
姿を現した。
5人。
視界にスキルウィンドウ。
engage!によりアバターは自動的に戦闘モードへ。
即時使用可能な攻撃手段が表示される。
target mark。
target lock。
スキルリスト表示。
視線で指示すれば追っ手の何人かは倒せるかもしれない。
倒したら……
「だめだめだめ」
cancel!
cancel!
cancel!
目の前のパーティーは陣形を整えている。
前衛。
盾持ちの剣士が中央。
左が長槍。
右が両手斧。
後衛。
弓士が一人。
その横にローブ姿の魔法使い。
半包囲する前衛から剣士が進み出た。
座り込み見上げる少女をにらむ。
「恨みはないが」
少女は体が動かない。
元々の体が持つ本能はなにも役にたたない。
震えて、泣いて、意味のないか細い呟きが自分の声だと思えなかった。
少女は恐慌状態でフリーズ。
そのとき、いろいろ起きていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
風切り音。
衝突音。
表現するなら、
ひゅるるる~~~ズドン!!!
となるだろうか。
土石が飛び散り衝撃が風になる。
背後から爆発を浴びパーティーの5人から防御魔法のエフェクト。
爆煙。
「陣形!」
ダメージ判定に気がついた剣士が後ろを指して叫ぶ。
ダメージ判定、つまりは攻撃。
魔法使いと弓士が、向き直った前衛三人の背後に周りこむ。
前後を入れ替えて穴に向かう陣形。
槍持ちが爆心地を指した。
《破壊不可能》ステータス。
一瞬で消えた。
「――――――――――おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
穴からの絶叫。
剣士のパーティーが構える。
ゆっくりと土煙が落ちた。
動かない人影。
「やあ」
眩しそうに太陽を見上げ、目尻を拭った男が穴から這い上がる。
穴。
数m範囲の破孔。
「怪我はないかな?いや、死にかけの君はいいから」
這い上がってきたのは……男だ。
半袖のTシャツ。
麻の、という設定のズボン。
丸腰。
キャラメイク前の初期装備から短剣を外した状態、に見える。
「止まれ!!危ない!心臓!心臓!」
無言のパーティーに呼びかける男。
穴を、つまりは初期装備の男を囲む剣士達パーティー、の背後に跪いた少女。
彼女に近づいた魔法使いが自分の胸元を見て止まった。
チラリと見た剣士も青ざめている。
「取引しましょう」
剣士が身振りで仲間を抑える。
「わたしたちは、ひとつ得る」
男はおどけた笑い。
身構える剣士、左右の槍と斧も続く。
「あなた方は、すべてを得る」
剣士が遮った。
「まず目の前に出てこい」
男は、おやっ?とばかりに首を傾げた。
「影から狙われては話し合い以前だ」
剣士は周辺を一瞥する。
初期装備の男は丸腰アピール。
「わたしがあなた方の間合いにいる。それで十分では」
ニヤニヤ。
「それに、情報は有料ですよ?人数、クラス、スキル……お代は?」
剣士の仲間達が険悪な表情。
「代価は時間。話を聞く為の、な」
「なら、それで……魔法使いさん」
呼びかけられた魔法使いがビクッとして止まる。
先ほどから蒼白だ。
「動くと死にますよ」
男は魔法使いの胸元を指差した。
槍、斧、弓の仲間達が青ざめた。
剣士は目の前の男から視線を逸らさない。
「レーザーボインター?マジ!」
魔法使いの胸に赤い光点。
「銃士?だと!クラスにないだろ?」
「噂はあった……か?」
初期装備の男は手を叩いて場の注目を促す。
「新クラス、ご存知無かったでしょう」
どや顔。
「対竜炸裂弾頭の対人利用はゲーム史上初で……動くと危ない」
魔法使いが膝をつき、赤い光が額を捉える。
「ヘッドショット!」
「リーダー」
剣士が向き直った。
男が続ける。
「新クラス、新アイテム情報はオマケです」
愛想笑いに揉み手はまさに商人。
「お話、よろしいですか」
剣士の首肯を確認して続けた。
「お嬢さんを私にください」
少女は気がついた。
自分が当事者だと。
「貴様!」
「運営か!」
剣を突き立てた。
剣士の、その動きに彼の仲間が黙る。
「俺達は何を得る?」
「すべて。解説はいらないでしょう?」
初期装備の男と剣士。
認知外の敵は奇襲効果を持つ。
ダメージ判定は1.5倍。SPD判定は2倍。
同じレベルの相手から一方的に3回攻撃される、と考えると判り易い。
愛想良く振る舞う男。
対峙する剣士は考える。
(コイツが敵のリーダーか?プレイスタイルもスキルも不明。初期装備じゃレベルのアタリもつかない)
無装備で一、二撃食らっても死なないならlv10以上、20手前か?
特別に回避スキルに自信があるのか?
男を殺るべくパーティー全員が一斉にかかれば
……モーションを起こしただけで逃げられる。
同時に森の中から男の仲間が襲ってくるだろう。
陣形が乱れたタイミングでは、パーティー側が殺られる。
隠れているのが確実なのは銃士が一人。
丸腰の男は、他に何人隠しているのか。
圧倒的人数なら隠れない。
全員をさらさなくとも、戦力差を見せつけて剣士たちを降伏させるだろう。
劣勢ならのこのこでてきやしない。
先制攻撃一択。
奇襲判定と不意打ちで攪乱して剣士達を追い散らし、少女を確保して撤収。
(同数、か)
ならば銃士を含めて4~5人隠れてる。
戦闘になれば。
銃士の狙撃で魔法使いが即死。
支援、なにより回復役を失った剣士パーティーの前衛二人に3~4人が集中攻撃。
一人当たり4.5から6撃。
二人が死ぬか戦闘不能。
こちらは残二。
あちらは5人がかりで残を始末。
決着。
なら、なぜそうしない?
伏兵をさらしこそしないが、奇襲を使わずに交渉する理由は?
剣士たちを始末しなければこの場を凌いでも追撃、追跡されるかもしれないのに。
何を求める?
何を恐れる?
剣士たちは勝てない。
が、一矢報いるのは可能。
最後に二人で捨て身に一人を狙えば……殺れる。
(だからか)
後腐れより、仲間の命。
リスクとダメージを比べて前者をとったか。
ただのゲームなら、ダメージも許容出来るが、既にゲームじゃない。
納得できる。
ならば。
剣士は間を取るために話を続けた。
「何者か知っているのか」
剣士が背後の少女を示した。
「何もしてないのに痛めつけられた可哀想な子供」
男は肩をすくめた。
「でしょう?恨みがない加害者さん」
仲間が激昂する前に剣士が続けた。
「俺やアンタ、アンタの仲間が置かれた状況がわかっているのか」
男は剣士達一人一人を見ながら答えた。
「世は全て事もなし」
口元で嘲笑。
「死ねば死ぬ、殺せば死ぬ、死は不可逆……生れ落ちて以来の日常」
肩をすくめた。
「バーチャルからリアル、デス・ゲームからデス・ゲームに再ログイン出来ない」
剣士達の目を見つめた。
「殺さない、殺されない……まずは、ソレ」
最後に魔法使いを見て口にチャックするジェスチャー。
ポインターの光点が額に浮かぶ魔法使いは「いつでも殺せる相手に言うことか」と突っ込みたかったに違いない。
「いいだろう」
剣を鞘に納めると、槍、斧、弓が下がった。
剣士の合図で魔法使いも、おそるおそる移動。
光点から外れた。
「俺たちの代わりにお前がコイツに訊けばいい。結果はPL全員が共有する……生きてればな」
剣士は背を向けた。
無警戒だ。
ほかのメンバーが警戒しながら続いた。
剣士が言い捨てた。
「コイツは運営だ」
グーパーグーパー。
にぱにぱと手を振る初期装備の男。
「捕まえる気もなかったくせに、ツンデレですね~」
放心状態の少女に歩み寄り、話しかけた。
やや大きな声で。
「殺る気ならもう少しマシな攻撃をかけますよね」
森に手を振る。
「一応、付近を掃討してください」
森の各所。
枝を折る音。
金属音。
を踏む音。
「17秒」
森からの声、手近な破壊音。
少女に白い液体がかかり青いエフェクト。
HP回復。
「ありがとう」
男は森の中に会釈。
「次は投げつけないと更に『ありがとう』ですね」
パーティーメンバーは音声を共有出来るから向かって言う必要は無いのだが。
そのまま操作。
アイコントロールではなく、ディスプレイ操作。
少女の肩を支えてかがみ、視線を合わせた。
手を取り指先を人形のように動かす。
「きゃ!」
少女が後ろに下がっ……ろうとした。体がうまく動かないようだ。
「パーティー登録しただけですよ……デュエルは禁止」
後半は少女に、ではない。
少女を背後から見下ろす、ぬいぐるみに、だ。
ぬいぐるみが大瓶を取り出し逆さにした。
(……)
黄色いキラキラ光る粉末。
エフェクトは緑。
ステータス異常解除。
ゲームでは疲労もステータス異常と扱われる。
「どうぞ」
男は少女にカップを握らせた。
彼女はカップと男を交互に見た。
「ホットミルク味はお嫌いですか?」
一息に飲み干した。
「……………………………………………………あ」
――――――――――。
必死にすがりつき泣き続ける少女。
細い眼を見開いた男。
右を見た。
左を見た。
前を見た。
ぬいぐるみのネコが睨んでいる、気がする。
目が光ると怖い。
手信号で周辺警戒を指示。
微動だにしないネコ。
ガン無視?
上を見た。
そこに抗議すべき相手がいるかのように。
まあ、そこにいるハズの相手は無視すらせずに見てるだけだが。
600秒。
「猫。頼みます」
男と、彼から乱暴に引き剥がされた少女。
「え――――――――――」
20kmほど離れた森。
数分後。
「おっーーーーーーーーーーさーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」
まずは膝。
が頭上を抜けた。
中空で身をひねりざま棍が突き落とされる。
仰け反りながら脇で挟んだ棍を身体ごとひねる。
ひねられた勢いのまま地面を蹴り、反作用を全て集めた肘。
ダブルエルボー?
をひねった勢いで飛び起きてかわした。
前転で勢いを殺して仁王立ち。
「たった二人で!あたしを置いてったな!どこ行ってた!なにしてきた!どういうことだ!」
「お腹がすきました!」
背後で挙手する童女っぽいエルフの少女。
腕を組み仁王立ちのままフリーズする拳士は黒髪ウルフヘアに革の胸鎧と鋼の籠手、ブーツと膝当て以外は拳法家の胴着ゲームアレンジ風(裾が短くヘソだし)。
「るーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「み!っ!ち!ゃ!ん!」
ガクガク揺さぶられるエルフ少女、るー(中略)ー!(中略)!ではなく、ルーだが。
揺さぶっている拳士は、みっちゃん。
ドガン!(40倍角)
地面が抉られ土石が跳ぶ。ネコが地面に掌底(肉球)をかますと、大穴があいた。
周りの全員が破片を浴びたがギルドメンバー同士でダメージ判定はない。
「ンダッこら!!」
みっちゃんが睨む。
HPに影響が無いだけで、衝撃はそれなりだ。
怒るのは無理もない。
でも女の子がしていい表情じゃないと思います。
睨まれたネコは舌打ち。
着ぐるみキャラにあるまじき柄悪。
「まーまー」
ルーが二人に分け入る。
「こんなもんですよね」
「は、はぁ?」
「なんで他人事だ!!!!」
おっさん、と呼ばれた男が両手を上げた。
「話してもいいですか?」
ネコ、無表情。
っていうか、着ぐるみ。
みっちゃん、ふくれっ面。
ルー、ニコニコ。
「セイ、トモ。PLネームは禁止」
セイ、ふくれっ面。
トモ、ニコニコ。
「では」
セイ、赤面、そっぽ。
トモ、ニコニコ。
「さん、はい」
振り向いて、一礼。
「ようこそネコカフェに!!!」
少女は見回した。
「五人目のメンバーを歓迎します」
少女は疑問を抱いた。
「パチパチパチ」
少女は歓待を受けた。
「つーか、お前だれ?」
少女は自問した。
「わ、わたしですか?」
後生に名高い、か微妙。
その時歴史が動かなかった、と言えば嘘になり。
真贋半ばに毀誉褒貶。
そんなギルド。
ネコカフェ、と聞いて誰もが思い浮かべるメンバーがそろった瞬間だった。