ラスト・オブ・モヒカン2
『えー2時間たちました、とお伝えして十……数分、依然と……あれ?』
ズーム。城壁上に人影。
画面がホワイトアウト。
『光ったーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!なになになになになになになに』
よく通る声がモヒカン達によびかけるが、聞き取れない。
画面の光量調整。
城壁上の姿はロングスカートをたなびかせている。
『まだ視界きゃ!でもこの声!光!ユエさん本人降臨!!』
200以上のプレーヤーキャラクターを見下ろし高みに屹立する少女。
視線に向けて降り注ぐ光はユニークスキルだという。
『帰ったの?いえ、あれは普段着?なら居たの?どうするモヒカン!会ってどうするモヒカン!またやられ……え!これは虐殺?ナウ!』
ユエ。
最強ギルドGGマスター。
カマル領主(イベントクリア称号)。
廃人と課金厨を足して3倍濃縮した最強プレーヤーキャラクター。
最長ログイン時間と最多課金ユーザー。
プレーヤーたちからの称号や諱を数えれば両手の指でもたりないが、ここでは一つが相応しい。
『……モヒカン狩りのユエ……』
普通は育成圏中堅エリアを行き交うPKギルド。
まあ、初心者エリア(はじまりの街あたり)にずっといれば運営から警告されるし、最前線の攻略プレーヤーキャラクターは強くて半端な数では返り討ちにされるからだが(多数対少数がPKの基本だが、PKギルドも常にフルログインしている訳ではない)。
だから、最前線に張り付いている攻略組とPKギルドは接点がない。
その例外。
それはユエの「気に障った」からだという。
何故かフル装備で集結していた300人のモヒカン。
最前線最先端攻略組の最強プレーヤーキャラクターが、自ら率いる最強ギルドメンバーを置いて、ただ一人。
300vs1。
映画のタイトル?
『また全滅したいの!この状況で?』
戦いは数。
それは真理だ。
だがそれはプレーヤーキャラクター同士のレベル差が極端にならないから。
歴史の浅いゲームでプレーヤーはほぼ同じ時間と労力を共有する。
それでも生まれるレベル差は、数で埋まる程度に過ぎない。
だがしかし。
あるプレーヤーが24時間ログインしたら?
あるプレーヤーが課金に上限をつけなかったら?
あるプレーヤーが現実の組織やコネをゲームに利用したら?
モヒカンは最後の一人まで逃げなかった。
その結末を「世紀末救世主伝説」事件と呼ぶ。
前回より人数が少ない、強行軍で消耗したモヒカン達。
ユエは平服に見えるがレアアイテムかもしれず、プレーヤーキャラクター最速のワンアクションで装備を呼び出せる。
第一、カマルはGG本拠地。絶対の忠誠を……信じがたい事にロープレではなくリアルに……誓っている七人衆(全員高レベルプレーヤーキャラクター/実話)が居るはずだ。
モヒカンに勝ち目はない。
マジで虐殺5秒前。
デスゲーム中に!
『えーとえーと、あれ』
そりゃキャラとしてレポーター(ジャーナリスト!)してる未成年者には手に余る。
モヒカンのギルドマスターが跪いた。
《我ら一同!ユエ様の軍門にくだりまする!!!!!》
『はぁーーーーー????!!!!!』
《《《《《《《《ヒャッハー!!!!!!!》》》》》》》》
モヒカン達が雄叫びを上げた。
『驚天動地!!!!!!!!!!摩訶不思議!!!!!!!!!!人生不可解!!!!!!!!!!虐殺フラグ回避ーーーーーーーーーーうぅっ良かった~良かった~怖かった~グスっ』
画面前進。回り込み、匍匐し、僅かな起伏を利用して、更にズーム。
モヒカンギルマスが跪き、釘バットを眼前に突き立てる。
『主君に拝謁する騎士……には見えませんが、趣旨は伝わります』
明るい笑い声。
斜め上から。
『おゃ!』
画面が上に、下に。
ロングスカートを翻して地面に降り立つ姿。
長身の少女は長い黒髪を背に流し、モヒカン達の前、ギルマスの背後に立つ。
《戯れ言を》
『へっ!』
ギルマスは背後から見下されたまま、振り返らず、黙して跪いている。
モヒカンの隊列内で号令。
ざわめきを鎮めた。
『なんか……緊迫感が……さすがに降伏はともかく、ぐんもん、っていうことは、傘下ギルド?たしかにそれは……』
悪名高いPKギルド。
恨まれ嫌われ厭われて。
そんなシロモノを誰が身内にしたがるだろう?
《喜べ。私の手で死ねる》
刀。
背後のモヒカンギルマス、その筋肉質な首筋。
触れるか触れなか。
《然り》
モヒカンギルドマスターは振り返らずに頷いた。
《お呼びだてした無礼。この首にて》
ズーム。
顔は真っ赤だ。
声が震えていないのが奇跡にみえた。
『え?え?』
刀が振り上げられた。
『しょ処刑!』
画面が上がった。
疾走感。
『やめー!!!ミミズだってオケラだってモヒカンだって生きてるんですよ!!やめてやめてやめてやめて!!!!!!!!!』
画面が地面に落ちた。
『なにすんですか!離して!!死んじゃう死んじゃう!!!らめぇーーーー!!!!』
画面には跪く首に振り下ろされる白刃。
『いゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ――――――――――あ?』
振り抜いた刀身が鞘に納められていた。
いつの間にか。
『ちょっと!どいて!!』
慌てて駆け寄って来る少女。
リプレイ。
ブレてわからない。
コマ送り。
高く振りかぶられた刀身はモヒカンの首筋に向かう。
特有のエフェクトがない。スキルではないようだ。
だがコマ単位で既にブレている。
ユエの愛刀「村正」がもつ補正効果と速度、おそらくはプレーヤーのスキル、急所効果補正。
即死確定。
刀身と首筋の間に影。
モヒカンの首筋が有り得ない角度に折れながら、エフェクトを振りまき、体が前に弾かれた。
村正の刃が一瞬前に首があった空を斬り、鞘に納まる。
『へ?』
ユエから、つまりもといた場所から、100mほど前方。
『……ヘル・キャット……』
ファンシーな着ぐるみ。
ネコである。
猫で寝子でキャットである。
『えーとグレてる?』
ネコ(着ぐるみ)は小瓶を下に叩きつけた。
行儀が悪い。
『また、またまた』
次々とアイテムボックスから小瓶を出して、叩きつける。
下に。
その都度エフェクト。
「青、回復……」
うつ伏せに、というより地面に上半身をめり込ませたモヒカン。
の上に立つヤサグレネコ(着ぐるみ)。
尻の上。
『治癒ポーションよね……つまりは、イジメに見えてもイジメじゃない?』
せやろか?
後回し確定。
画面がユエに向く。
『ちょっと!ユエさん!なにを考えて!ふがぁ?』
画面がまた地面に。
『さっきから!なんなんですか!押し倒して!!らんぼひゃ』
画面が持ち上がり、縛り上げられた少女が映る。
というか、なんとかならなかったのか、と。
両手両足がエビ反る形に背中にまとめられ、ボールギャグで口を塞がれ、中が映らないのが不思議なくらいスカートがまくれている。
紅潮した涙目で気丈にも睨みつける……たまんねー、という声も有るだろう……が視線は画面中央、つまりは撮影者に向いて。
『ヒャッホ、はにほっほすっ(ちょっと!なに撮ってんですか!)』
画面が反対側、モヒカンたちをとらえた。
『みひゃふあ(無視ですか!)』
モヒカンギルマスが空中を滑る。
いや、まあ、襟元に長槍の穂先のようなモノが刺さっているのだが、穂先からぶら下がっているようにもみえる。
長槍の柄は映っていない。
ワンピースの少女の前で落ちた。
ユエ、モヒカン226名を背に仁王立ち。
白いワンピース、ストレートロングの黒髪、十代半ばの少女……仁王立ち。
モヒカン達唖然。
足元で跪いたモヒカンギルマス……失神?
スフィアでの感覚は、痛み以外、かなりリアルだ。
ジェットコースターのような加速度や急制動の衝撃を楽しむプレーヤーも多い。
ネコにひっつかまれて、弾き飛ばされ、地面に叩きつけられ……すべて眼にも止まらない高速。
突然の絶叫マシンは苦手な人には辛かろう。
手足首がひしゃげてたのは置くとして。
『ひんへなひ、ひぃすおに?(死んでない、ですよね?)』
この場に居る皆の疑問。死んでない。
動いたし。
『うぐぁ、お見苦しい……ところを……』
モヒカンギルマスを見下ろすユエ。
『まはゃはぁ(まさか……)』
エフェクト。
刀がしまわれた。
轟音。
『ひゃ(?)』
カマルの門が開いた。
怒声。
『面をあげい!!!!!!!』
野太い号令。
厳つい全身鎧。
『GG筆頭さん!』
ユエを見上げるギルマス。
ユエの……笑顔?
と言うにはドスが利いている。
『貴様等の死に場所。与えてやる』
………………………………………………沈黙……………………………………………………。
『『『ヒャッハー』』』
大歓声。
マッチョでトゲトゲなモヒカン226名。
『ヘァ!もぅ!返して!!』
少女が映り、画面が手のひら。
『えーカマル門前です。PKギルド、モヒカンはギルドGGに、投降、じゃなく降伏、でもなく、とにかく下りました。同盟や協力ではありません!あ、そか、スフィア最大のPKギルドの選択は同種ギルドの動向に影響するでしょう。ユエさんが一人一人のモヒカンの首実検?して……引見しています。インタビューを試みます』
画面が堂々とユエに……急に方向転換。
『な!え?………………わかりました!わかりました!ハイハイ!ふんっだ』
モヒカン達に近づく。
『WURRRRRRRーーーーーーーー!!!!!!』
『ひゃ』
離れた。
『見えるぜ!』
勝手に近づかれた。
『俺もだ!!!!ピラミッド!!!!!』
『十字架だ!!!!!』
『俺が!』
『アタシが!』
『『『造らせるんだ!!!!』』』
画面が回る。
り中モヒカン達だ。
『なにを?造るんじゃなく?らせる?ピラミッド?なぜ?』
『『『『『『『汚物は消毒だーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』』』』』
キャー。
と、遠い声。
画面が慌てて引いて行く。
ハィテンションのモヒカン達が槍と楯を打ち鳴らし、上空に炎を打ち上げていた。
『す、スフィアたいむずゅのILB、ルーシーが!が、が、が、送りました』
ブラックアウト。
ぱちぱちぱち。
「お疲れ様でした」
にこやかに拍手する男。
中肉中背の年齢不詳。
十代ではないのは確かだ。
「どういうつもりですか!」
「言葉使い一つで相手を操作できるんですよ。コストパフォーマンス最高です」
じゃ!っとばかりに片手を挙げた。
「まちなさ……ってください」
男は肩をすくめた。
「あんな事をして何も言わない気!人を良いようにして」
「すいません」
深々。
頭を下げた。
「えーと」
年上の男性に低頭されると気圧されてしまう。
「では!」
「待ちなさい!ってください」
振り向く笑顔。なんと声をかけるか迷う。
「えーと」
「せっかく乱暴されたんですから、それを活かすべきでは」
あっ!っという気持ちが顔に出る。
「相手の罪悪感につけ込む、たいへん効果的です」
そう言われてやれるものじゃない。
「じゃあ、こうしましょう」
年齢不詳が手を叩いた。
「ご質問に答えますよ。オフレコでなら」
彼女に記録結晶を返した。
「ど!ドロボー!!!」
男は手をふり頭上のカーソルを示した。
「グリーン?なんで!」
PKはレッド、アイテムの強奪や略取はオレンジ。
行為は可能だがペナルティは受ける。
「落としたモノを拾い、装備するか、アイテムボックスに収めなければ判定されないんですね。そのまま持ち主が触れない場所にうっかり落とせば隠滅終了」
記録結晶を抱え込み、睨みつけるルーシー。
「他にご質問は?」
あわあわする。
「あ、あ、なたが黒幕ですか?」
男はくびを傾げた。
「らしくないですね」
「どういう意味ですか!」
噛みつく少女をいなす。
「貴女に相応しいのはジャーナリストよりレポーターでしょう」
激昂!
「余計なお世話です!」
「私が何かを操っている、と?」
うっ!
確かに一連の出来事を仕組んだとなれば無理がある。
攻略組が最前線カマルにいるのは当たり前。
最強プレーヤーキャラクターユエのPKを止められるのは、実力で次ぐ猫だけだから、居合わせたら割って入るのは人として必然。
人としての必然を稀な偶然にしている猫が動いたのは、飼い主……ギルドマスターの指示があったから、と考えるのが自然。
普通に考えれば
『たまたまカマル滞在中モヒカンとユエの邂逅に出くわしPKを止めた善意の第三者』
に見える。
なぜ、黒幕などと感じたのか?
「ね?」
ルーシーがそこまで考えたところで、男が声をかけた。
「ニート、さん、は無関係、だと?」
旧知の相手に向ける眼ではない。
「この目を見てください」
猫が所属するギルド『ネコカフェ』マスター。
プレーヤーキャラクター名『ニート』。
平々凡々たる笑顔は目が細く、瞳は見えなかった。