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31話 親心

 宿に戻ってきて奏はベッドの上で笑っていた。


 その理由としてミナリアをこちら側に引き入れられたこととギルドに帰った時の冒険者やギルド職員の顔だ。

 ミナリアを先に帰らせたため、奏が生きていることは知っていただろうが必死に隠そうとしている中ででも隠しきれていないあの悔しそうでいて予想外の強さで恐怖にとらわれた顔は爽快だった。


 下手にギルドに直接喧嘩を売ると今後が面倒くさいため今回のことで溜飲が下がり少しは満足した。


 とは言え完全に許せるというわけでもない。幸い後3日で宿の宿泊期限が来るためその後は村を出ることは考えている。


 ガチャ


 奏が考え事していると扉が開かれた。上体を起こし、視線を向けると少し疲れた様子のミユがふらふらと入ってきた。アリアは奏に飛び込むと頬ずりをする。


「うー、疲れた。お疲れ様です、カナデさん。今日は大丈夫でしたか?」

「お疲れ様、ミユ。……こっちは何とかなったよ。そっちはどうだったの?」


 奏の返答に少し安堵した表情を浮かべるミユ。


「そうですか。それは良かったです。私の方の依頼は何事もなく終わったのですが、ギルドに報告してからの勧誘がいつも以上に多くて……。断るのに苦労しました。そういえばどうしてさっき笑っていたんですか?微かですが部屋から漏れていましたよ?」

「……別に、後少しで宿(ここ)の宿泊期限がくるからやっとロッタ村(ここ)から移動できるなって。ミユのランクも十分上がったしこれで職に困ることはひとまず無いし」

「そのことでしたか。別にカナデさんが望むならここをすぐ出ても良かったんですけど。ここの人のカナデさんに対する対応はあんまりですし」


 ミユは奏の返答に疑問も持たず荷物を置きながら思ったことを口にする。


「まぁ、ここが最初に来た人のいる場所だからまだ何とも言えないけど『非民』は似たような対応されるだろうから、その非民を連れてるミユがまだランク上がれるだけマシだと思って。他だとミユまであげられない可能性もあるわけだし」

「それは……確かにそうかもしれませんね。ではここを出た後はどうしますか?」


 ミユの疑問に顎に手を当てて少し考える。


「……とりあえず、人のいないところに住むか、もしくはこのままぶらぶら旅をするか、かな。特に何をしたいっていうのも無いし」

「わかりました。その辺りはカナデさんにお任せします。……では、私は晩御飯を食べてきます」

「行ってらっしゃい」


 晩御飯を食べに行くという時のミユの表情は申し訳なさそうだった。アリアは奏たちのご飯という単語に反応し、口から糸をだし奏に引っ付けて魔力を吸う。ミユが出て行くと奏は再び身体を倒す。


「さて、どうしようかな……」


 考えることはそれほど多いわけでも無いが、早めに考えていたほうがいい。


 村を出た後どうするべきかを考えるのはもちろんのことギルドの動き次第でそれまでの間のことをどうするかも考えなければいけない。何もしないならば放置でいいが何か行動を起こすなら対策が必要だ。とは言え今回のことの殺人でギルドから何か言われることは無いだろう。ギルドにとってそこは突かれたら痛いところだろうし、何より奏が殺した証拠が無い。ミナリアが見ていたが、『声紋契約(ボイスコントラクト)』で奏を裏切ることができない。

 しかしギルドが無理矢理奏にいちゃもんをつけて罰しようとする可能性がある。


(まぁ、その時ははその時……か)




 奏たちは朝食を摂るとギルドへ向かっていた。大抵冒険者は依頼を終えた翌日は休みを取る。その理由は冒険者によって様々であるが、武器防具などの装備品の修理や買い替え、心身の休息、怪我の治療、などをするからだ。低ランクで低報酬の依頼しかできない冒険者は休まずに依頼を続けるものがいるだろうが、モンスター討伐をするならば殆どが休日とする。

 しかし奏たちにとってこの辺りのモンスターは強くない。そのためわざわざ休日を作る必要は無い。何よりミユのランクを出来るだけ上げることを目的としていたからあまり休日は設けていない。


 奏たちがギルドに到着するとそれまで騒がしかった空気が変わる。

 無視するものたちもいるが、奏を睨むものが大半でギルド職員や一部の冒険者はわずかに恐怖を浮かべている。

 奏はいつも通り入り口付近でミユが依頼を受けるのを待つ。その間周囲に耳を澄まし、情報を少しでも集める。


 しかし奏の悪口か自分たちの依頼やその後についてしか話しておらず、特に何の情報も得られなかった。

 何となく周囲を見渡すとミナリアがこちらをチラチラと見ていた。目が合うとビクッと身体を震わせ、俯く。しかしその後も奏の方をチラチラ見ている。奏としては特に用も無いので視線を外す。それから少ししてミユが戻ってきた。今回は、問題もなかったためミユもどことなく気楽そうな表情をしていた。


 奏たちがギルドを出るとギルドにいた面々は活気を取り戻す。中には大声で文句を言うものもいた。少しではあるが冒険者の中には非民である奏だけでなく、奏を庇うミユに文句を言うものもいる。ミナリアはそれを何とも言えない表情で見ていた。



 奏たちは森に入るといつものように討伐する。討伐している時は基本的に必要なこと以外あまり会話は無い。アリアも適当に討伐に参加するか奏の肩や頭、背に張り付くかぐらいだ。討伐が終わり解体する時奏が口を開いた。


「……そういえば聖竜の皮膚や骨はどうしよう?」

「急にどうしたんですか?」

「いや、昨日料理する時にふと思って。ギルドにはあまり売りたくないし。他に使い道もないからどうしようかなって」

「それなら武器や防具にする素材にすればいいのでは? 聖竜ほどの素材であればいい装備品ができますよ。もしくは……粉末状にして薬の素材にしたり食事に混ぜるとかはいかがでしょうか?」

「薬の素材とか食事に混ぜるって、大丈夫なの?」


 ミユの返答に奏は手を止め、顔をしかめる。しかしミユは気にした風もなく答える。


「ちょっとイガイガしたりするらしいですけど、別に問題はありませんよ。薬にすれば効果の高いものができますし、食事に入れれば健康にもいいらしいですし」


 骨や皮膚を食べる様子を想像したのか奏は嫌そうな顔をする。


「それは……嫌だな。やり方とか知らないし今は保留でいいや」

「無理して使う必要もありませんし、それがいいと思いますよ。きっと必要になるときも来るでしょうし。それと思った以上に早く終わりましたがどうしますか?」

「んー、別にやることもないし他のモンスターでも狩っておこうか。料理に使う食材ももう少し種類増やしたいし。食べられる野草があれば一番いいけど」


 奏たちは周囲を適当にぶらぶらする。最近は緊急の時以外などではあまり『音響定位』は使わないようにしている。あまりにそれに慣れすぎていると使えなかったときに困るからだ。『音響定位』、というか音属性の弱点は吸音、または音を伝える物質がなくなることだ。基本的に後者はあり得ないが、もし何らかの方法でその状況に陥ってしまったら、奏にとってかなり危険な状況となる。敵と向き合っている時なら他の属性魔法やスキルで何とかなるかもしれないが、索敵ができなければ不意打ちで死ぬかもしれない。『危機察知』があっても体が反応できなければ意味が無い。そのために索敵能力を上げることを目標にしている。少なくとも前者の吸音は闇魔法で可能であるとミユから教わった。


 もともと索敵が必要な環境で育ったわけでもなく、『始まりの終わり』では生きることを最優先で考えていたことからほとんど常に『音響定位』を使用していた。そのため、あまり上手くいっていない。しかし、奏自身気長にやるしかないと考えているため特に焦りはない。


 本来、解体する時には1人で討伐している冒険者ならまだしも、複数人の冒険者パーティならば最低1人は周囲の警戒に当たるべきであるが、奏たちもそれをしている。


 警戒をすることは索敵能力を上げる練習にもなるからと奏が警戒役をしている。しかし、まだまだ未熟なため、ミユは解体しながら警戒もしている。エルフ故かミユにとって森で過ごすことに何の気苦労もなく、相手が同じく森で過ごしてきたエルフや知性のある高位の魔獣などでなければ基本的に片手間で索敵ができる。奏は1度早く上達させるコツは無いのか尋ねたところ、森にいればいつの間にか索敵能力が上がるという何とも言えない答えをもらったのもなかなか索敵が上手くいかない理由の一つでもある。


 奏にとって頼りになるのは職業ゆえの聴覚の良さと、スキル『音解析』であり索敵はできるが視覚はふつうであり五感に優れているミユからしたらアンデッド系のゴーストタイプのモンスター相手には音がしない場合が多く、目が頼りになるから視覚をもっと鍛えないと危ないと言われた。


 ……スキルがなくても五感強化系は魔力を込めれば上がることを奏は知らず、ミユは奏が知らないことを知っていたが、あえて黙っていた。




「奴が出ていく日が近い。奴をあの時殺せなかったのは予想外だが、今回は権力もある。さすがに法律には従わざるをえんだろうな。エルフ様も何も言えまい」

「そうですな。……いや、しかしエルフ様もおかわいそうに。非民なんぞの甘言に騙されてしまっているのでしょうな。我々が救って差し上げるからには大丈夫ですがやはり許せませんな」

「ああ。奴には生まれたことを悔やむほどの苦痛を与えねばな」

「本当に非民ていうのは嫌になるね」


 ミユとアリアがギルドに依頼報告した後冒険者ギルドロッタ村支部のギルド長室ではギルド長と村長、一部の職員が集まっていた。


 奏たちは地元冒険者でもなくロッタ村を死に場所と決めたわけでもないため、当然ロッタ村を離れる。ロッタ村に留まるわけでもなくそれ以降ロッタ村とは縁もないだろうから彼等が奏にこだわる必要はない。

 ではなぜ彼らはそこまでこだわるのか?


 答えは簡単だ。ただの自己満足。非民を悪とみなし世間に疎いエルフが騙されているから救うことを自分たちの使命と思うことで満たされる気持ち、快楽。


「明日になれば非民は本性を出すでしょう。そうすれば高貴なエルフ様も真実に気づき私たちに感謝するでしょう。父上」

「うむ。そうだな。卑しい非民ももっと身の程をわきまえれば長生きできたかもしれないが。さて、細かいところをもっと詰めていくか」


 外が暗くなった後もしばらくは話は続いた。




 奏たちが朝部屋から出ると珍しく宿屋の女将が立っていた。奏は部屋の外に女将がいたのは気づいていたがなぜいたのかまではわからなかった。その眼にはいつも以上の侮蔑と強い怒りが込められていた。


「あんたに来客だよ、この屑が!!」


 突然の女将の暴言に奏もミユも目をぱちくりさせる。


「あ、あの急になんですか?会って突然失礼だと思いますけど!」


 ミユは女将に反論するが女将はミユに一瞥するだけで


「あんたは何も知らないようだけど、こいつはそれだけのことをやったんだよ。こんなやつ泊めるんじゃなかったよ」


 そして下へと降りていく。奏たちは顔を合わせると仕方なく付いていく。一階には宿屋の家族とグルーダ、ギルドで見た冒険者が3人そして見知らぬ男が2人いた。


「カナデ=コトブキ、我々についてきてもらおうか。先に言っておくがお前に拒否権はない」


 見知らぬ男のうち体のがっしりした男が奏に言うと周囲にいた冒険者は奏を拘束しに来た。


「これはどういうこと?というかあなた誰?」


 奏が指示を出していた男に尋ねる。


「そうか、私のことを知らなかったのか。私は冒険者ギルドロッタ村支部のギルド長グラーダだ。君については色々と聞いているよ。なぜこうなっているかは……言わなければわからないか?」

「そりゃ、急に拘束されてもね。正当な理由がなきゃ流石に。そういう趣味があるわけでもないし」


 奏が笑いながら答えるとグラーダは目を見開き、顔を真っ赤にして怒鳴り出す。


「お前、自分が何をしたのかわかっているのか!?殺人をしておいてよくもそんなことを言えるな!」

「ちょっとカナデさんが殺人ってどういうことですか!?」

「……それは今から説明させていただきます」


 ミユが話に割って入ったことでグラーダは一度咳払いをして落ち着きを取り戻す。

 そして彼は説明を始めた。

 ギルドが指名依頼を出した日、あるパーティが森で討伐依頼を受けた。それは1日で終わるそれほど難しくないものであったが帰ってこなかった。翌日の昼まで待ったが帰ってこなかったため、調査に行ったところ、モンスターに食い荒らされた状態で見つかった。しかしどう見ても付近のモンスターにはその冒険者パーティを殺すだけの力は無く、調べてみると、奏が受けた依頼がすぐ近くで行える場所であったことから奏が疑われることとなった。


「……証拠は?まさか、たったそれだけで犯人なんて馬鹿げたこと言わないよね?何か決定的なものがあるんだよね?」

「死体には所々不自然な傷があった。だから人が殺した可能性が高い」

「ふーん、じゃあ死体見せてよ」

「し、死体は……」


 思った以上に冷静な奏の態度とお願いに対してグラーダは狼狽える。死体なんてあるわけない。あったとしても時間の経過状態から普通は不自然な傷があることなど分からない状態のはずだ。それはもはや奏を陥れる罠であると言っているようなものだがそこにもう1人の見知らぬ男が口を挟む。


「残念ながら死体は遺族の者に引き渡して火葬も済ました。だからそのことについてはもうどうすることもできないのだが……。しかしお前が殺人犯である証拠はある。答えはお前が否定しなかっことだ。冷静で入られたのも答えを考えていたからだろう」


 男がそこまで言うとグラーダは助かったという表情を浮かべていた。それに対して奏はウンザリした顔で


「馬鹿らし。肯定したならまだしも否定しなかったから犯人なんてどのご時世のミステリー小説でも使われないよ。そんなことで犯人扱いなんて迷惑だ。言いがかりも甚だしい」

「そうです。そんな事でカナデさんを犯罪者扱いしないでください」


 奏の言葉に分からないことも含まれていたが、気にせずミユが奏とともに反論するが相手は聞き耳持たず連行しようとする。そして拘束された奏は外に出される。


 宿の外には村人や冒険者たちが集まっており、奏を憎らしげに見ていた。


 奏はそれらに気にかけることもなく一点のみを見ていた。奏の視線の先には処刑道具『ギロチン』があった。


「ろくに取り調べもせずにいきなり処刑なんて」


 ボソッ呟いた言葉は周囲の野次にかき消された。ギロチンの前まで来ると先ほどグラーダを庇った男が前に出て観衆に両手を挙げた。


「これからロッタ村村長であるニカサ=ロッタの名の下に罪人カナデ=コトブキの処刑を行う」


 その言葉に観衆は大声をあげる。どうやらグラーダをフォローした男は村長であったようだ。しかしそこにミユが反論しようとするが近くにいた冒険者たちに羽交い締めにされて身動きが取れない。

そして奏が無理矢理ギロチンの下に首を出すためにしゃがまされたとき僅かな地鳴りが響いた。同時に門番をしていた兵の1人が息を切らせながら走ってきた。


「き、緊急事態です。モンスターの大群が押し寄せてきました!!」


 その言葉に村人がいち早く反応する。彼らは慌てて混乱を引き起こしている。それに対して冒険者はゆったりしていた。付近のモンスターは弱く、群れできても大丈夫という余裕からくるものだろう。

しかしその余裕もすぐに消える。兵士の走ってきた方向へ視線を向けると門いっぱいにモンスターが群がっていたからだ。村の柵が軋んでいることから、モンスターが見えているだけではないということがわかった。


 門に扉が付いていないため村へ押し寄せるのはすぐだと感じた冒険者たちは急いで自分の家に帰って装備を準備する。普段からつけているものなので時間はかからないが今はその時間だけでも村にとっては危険だ。


 奏はその様子を立ったまま見ていた。村人たちはパニックに陥っていたが、村長や、ギルド長指示で落ち着きを取り戻し、家に篭っていった。準備が終わった冒険者が出てきたが、彼らが最初に感じたのは疑問だった。


 何故モンスターは未だに村に入ってきていないのか、と。モンスターはまるで誰が先に入るか争うように門でぎゅうぎゅうになっている。これをチャンスと見た冒険者たちは一斉に門に駆け寄った。そして門に詰まっているモンスターの対処をしている兵士とともに殺そうとしたところで突然バキッと何かが割れる音がした。門が壊れ、、モンスターの波が押し寄せてくる。門とともに柵も壊れて、村を守るものはなくなってしまった。


 そこからは地獄だった。冒険者は大抵モンスター相手には地力が違うことから複数で役割を持って戦う。弱いモンスター相手には1人で無双なんてこともするが今回は質も量も話が違う。村にはDランクが最高の冒険者しかいない。加えてほとんどの村もパーティを組んでいればソロで討伐は経験しない。それに対してモンスターは弱いものばかりとはいえ数が100を超えている。小さな村の冒険者は20もいればいいところだ。圧倒的な人手不足。冒険者も絶望の色が顔に浮かぶ。だがグラーダを筆頭に村の防衛のために覚悟を決めてモンスターと対峙する。


 しかし彼らは妙なことに気が付いた。モンスターが人里を襲う時に違う種で争うことはあるが、同じ種で争うことなどほぼ0に等しい。それなのに今回モンスターは同じ種でも争っている場面が見受けられる。さらにモンスターの中には冒険者や逃げ遅れた村人を無視して村の中を動き回るといった奇妙な動きをしているのも少なくない。


 冒険者は疑問に思うもののチャンスだと思い、討伐数を増やしていく。とはいえ数が多いこともありけがを負って動けなくなる冒険者も出てくる。そうしてボロボロになりながらも戦うことしばらくして、突然民家のドアが開いた。近くにいた冒険者は気づき、隠れてろと指示する。しかし冒険者たちは目の前の敵に集中するのが精いっぱいでドアには目もくれない。


 キャン、キャン

 キュー


 鳴き声が聞こえた。その声は非常に弱弱しく、か細い。喧噪のなかで耳に届いた冒険者はいない。

 冒険者たちは声を張り上げ、自分、仲間たちを奮起する。お互いがピンチになったときフォローしあう。今も背中から尖った歯牙で噛みつこうとした灰狼を巨漢の冒険者が拳で殴り飛ばした。顔を見合わせ、うなずき、体に鞭打ち、新たな標的を定めようとした瞬間、巨漢の冒険者の首から上が消えた。巨漢の冒険者に助けられた若い冒険者は呆然とした。目の前には先ほど自分を助けてくれた恩人が首から勢いよく血を流し直立で立っていた。しかし力がなくなったのかその場に崩れ落ちた。


 若い冒険者が視線をさまよわせると巨漢の冒険者のものであろう頭部を口に含んだ先ほどよりも一回りは大きい灰狼がいた。冒険者は怒りで灰狼を殺そうとしたが、灰狼の眼を見て足がすくんだ。その眼には怒りと憎悪、そして明確な殺意が見て取れた。

 そこからモンスターの勢いは増していった。




 村から少し離れた丘の上で二つの人影が村の様子を見ていた。二人のうち背の低いほうは恐怖で涙を流し、今にも崩れ落ちそうである。それをもう一人が支える形で何とか立っていられる状態だ。背の高い支えているほうは村の様子を見て、悲しみと悔しさの混ざった顔で妹を抱きかかえる手に力が入ってしまう。強く握りすぎても妹のフラムはそちらへ回す考えがないといったようでじっと村を見ている。


 ミナリアは先日あったことを思い出していた。


 

 奏たちは日暮れまで狩猟および採集をして村まで戻っていた。いつもならミユとともにギルドまで一緒についていく奏だがこの日はアリアを預けて途中で別れた。

奏は来た道を引き返し、誰にも見られないように森へ戻ってきた。しばらく歩くと木の後ろから影が飛び出る。


「ちゃんと来たんだ。偉い偉い」


 奏が茶化すように言った先には口を噛んだミナリアがいた。


「……家に妹が待っているから早くして」


 腕で体を抱き、小さな声でミナリアは言う。


「へえ、まさかそんなこと言われるとは思わなかったよ。その粗末な命は誰のものなのかよく考えてから喋ってほしいね。ま、そんなことはどうでもいいや。結局ギルドは何か動くのかな? あと、この村についても聞きたいな」

「? ……ギルドはあなたに殺人の容疑をかけて殺そうと考えているわ。あなたが殺した冒険者パーティがあそこで依頼を受けていたと依頼書を偽装してあなたが殺人したって。皮肉なことにほとんど事実だけどね。証拠は……どうするかは知らないわ」


 しばらく話を聞いて分かったのはロッタ村はランデル王国でも端にあり、基本的に税などの徴収もなく放置されている村らしい。そのかわりモンスターが溢れて村の壊滅の危機といった状況以外などではたとえ天候不良で食糧が少なくても手助けしないという変わった取り決めがあるらしい。ロッタ村の面々は裕福ではないから税を払うのは厳しく、めったに食糧危機などは起こらないからと喜んで受け入れたらしい。それ故ロッタ村の兵は村の冒険者上がりの者が務めている。周辺のモンスターは弱いため、兵の質ももちろん低い。小さな村の冒険者も一定の依頼を成功させればある程度のランクまでは上がるため都市の冒険者と同ランクであっても、比べれば大きな差ができる。


 つまりモンスターが溢れた場合は兵や冒険者では太刀打ちできず、助けが来るのを待っても国端であることが災いして遅れてしまう可能性も高いということだ。奏としては今までされてきたことからもし仮に(・・・・)そんなことが起こってしまっても助ける義理はない。


 ふむ、と話を最後まで聞いた奏は腕を組み、少し思案する。そして鼻で笑うと


「ギルドも……何もしなければ放置にしようと思っていたけど。はぁ、まさか本当に難癖つけて犯罪者にしようとするとは。予防線が無駄にならないとは思ってもいなかったよ」

「ッ!! ……予防線って!? 何をするつもりなの?」

「何って? ただ単にギルドにちゃーんと自分たちの仕事を思い出してもらうだけだよ。冒険者がどういった原因で死ぬのが最も多いのかも、ね。思い出せなかったら、まあ、地図が一部修正されるだけだ」


 それだけで十分だったようでミナリアは顔を真っ青にしていた。


「っな! あなたモンスターをけしかけるっていうの? そんなことすればどれだけ死ぬかわかっているの?」

「? 変なことを言うね。自分が殺されないための自己防衛だよ。それに僕はこの世界に特に何も思うことはない。……いや一つだけ、(アリア)だけは愛おしいって思うかな」


 キョトンとした顔で首を傾げるさまは年相応で少し幼く見え、その後のアリアを思う頬を紅潮させた表情は恋する乙女のようで一瞬ミナリアは可愛いと思ってしまったが、すぐに首を振り反論する。


「く、狂ってる! おかしいわよ、あなた!!」

「僕を狂わせたのはこの世界だよ。おかしいのも当然だよ、生きてきた世界が違うんだ。同じ常識で測らないでほしいね。全く、主観で常識を語って煩わしいなことこの上ない。じゃあ今日の用事は終わったし、もう帰ろうかな。」


 ミナリアがペタンと座り込み震えるのも構わず奏は村へと帰って行った。


「どうしよう……。このままだと村が……。でも、私にはどうすることもできない。どうすれば、どうすればいいの?お父さんお母さん」


 ミナリアは今は亡き両親に尋ねるが答えが返ってくることはなかった。



 ミナリアは最初奏がどうやってモンスターをけしかけるのか深くは考えていなかった。モンスターをけしかけるとしたらモンスターを村までトレインするくらいだろうと思っていた。しかし、実際はそれよりもひどい方法だった。

 奏はモンスターの幼体や卵を村に持ってきてほとんどボロボロにした。例外はあれど親であれば子が何より大切だ。何に変えても守りたいし、傷つけたもの、殺したものを許しはしない。それはモンスターにもいえることだ。いや、過酷な環境で生き、仲間を大事にするモンスターのほうがむしろその気持ちは強い。

 奏はその思いを利用した。それゆえモンスターは最初、かわいいわが子を探すため命の危険を冒してまで冒険者たちを無視した。しかしひどい状態で見つかり、復讐に移行した。

子供を失った親の暴走を止められるものはもはやいなかった。

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