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30話 ギルドの依頼

お久ぶりです!

夏休みはずっと布団にもぐっていましたw

次からはできれば2週間更新にしていきたいです。

 あれからは変わり映えしない日々が続いた。宿屋では自分で調理し、冒険者ギルドで依頼を受けて報酬は貰っても相変わらずランクは上がらない。ミユはすでにEランクにまで上がったというのに。

 しかし、ミユは自分だけランクが上がることに対してギルドに抗議して昇格を拒もうとしていた。だけど、奏が少しでも高い方が色々と得するからと止めたら渋々了承した。


 村人の態度もギルドと同じような感じであり、中でも商売をしている人は計算ができないのだろうとでも思っているのか、売るときにふっかけてきたりもした。訂正すると舌打ち交じりに正しい値段で売ってはいるが、気分のいいものではない。奏のストレスは高まる一方である。


 変わったことといえば聖竜の肉を食べているおかげだろうがレベルが上がることなく、魔力量や筋力が上昇していたことくらいだ。


 ギルド内では相変わらず奏にちょっかいをかけようとする輩もいるものの、厄介ごとが起こらないように奏自身が距離を散るようにしている。


 いつものように採取と討伐の依頼をミユと受けようとしたときにそれは起こった。


「どういうことですか?」


 いつもならミユが掲示板から依頼を見繕って受付に持って行ってすぐに終わるのだが、今日はいつもより時間がかかっていた。そして珍しくミユが抗議の声を上げていた。どうしたのだろうと思い視線を向けると顔をわずかに紅潮させて受付のエルカと言い争っていた。耳にわずかに魔力を集めて聴力強化を強め、音解析で周りの雑音をカットして2人の会話に集中する。するとミユが、


「どうして勝手に依頼があるんですか? 強制依頼ならともかく、この、ギルドが用意した指名依頼なんて私じゃなくても誰でもできるじゃないですか! しかも奏さんを連れて行ってはいけないなんて!」

「そうは言われましても、何分急なものでして。私としましても上の決断には逆らえないんですよ」

「じゃあ上の人に合わせてください! 奏さんを連れていくことだけでも認めさせます!!」

「い、いえ、上の者は何かと忙しいので時間が取れません。それに彼とあなたではランクが違いますので。今回の依頼は同ランク以上の方とのみ依頼を受けることができますので」

「そんなの理不尽です! あなたたちが奏さんのランクを上げないだけじゃないですか!! ふざけたことばかり言わないでください!」

「……で、ですが規則は規則ですので」


 どうやら面倒なことになっているらしい。

 明らかにギルド側がおかしいためエルカが押されているが、諦めるつもりはないようだ。冒険者たちは周囲で様子を見ているか我関せずといった感じで自分のことをしている。


 これ以上言い争っても平行線で時間の無駄だろうと思い奏は2人の会話に割り込む。


「どうしたの? 何か問題でもあった?」


 せっかく間に入ってミユを落ち着かせようとしたのにエルカは奏に感謝することもなく話しかけるなとでもいうように睨み付ける。それをみて少し後悔する奏。


「奏さん! 聞いてください。ギルドが指名依頼を出したんですがこれに奏さんを連れて行くなと言うんですよ。ギルドがわざと奏さんのランクを上げないのにおかしいと思いませんか!?」

「とりあえず少し落ち着いて。……たしか指名依頼なら断ることも可能だから無理してする必要もないよ。そうだよね?」


 そう言ってエルカのほうへ向くととエルカは気まずそうな顔をするがすぐに元に戻し、


「で、ですが指名依頼は普段よりも多い報酬が得られますよ」

「報酬なんていつもの量で充分です!」

「う、で、では……」


 どうやらどうにもできないと思ったのかエルカは黙った。


「では受けなかったら罰則を与えましょうか」


 突然そんな言葉が聞こえた。奏たちは声のほうへ目を向けるとそこにはいつもエルカの隣で受付をしていた中年の男性職員がいた。エルカはそれを見て助かったとばかりに安堵の表情をしていた。


「ああ、これは失礼。私の名前はグルーダ=ドウマンと言います」

「どういうこと? ギルドがそんなに簡単にルールを変えていいの? それもただの支部のただの受け付け職員ごときが」

「ええ、私は冒険者ギルド・ロッタ村支部のギルド長の息子ですから。多少の無茶なら何とかなりますよ」

「……多少どころの話じゃないと思うんだけどね。……もし受けなかったらどんな罰が?」

「降格に賠償、そしてこれからは依頼及びパーティはギルドの指定とさせていただきましょう。もし今回これを受けずに他の場所へ行こうとしても他のギルドへ連絡しますので無駄ですよ」


 無茶苦茶だ。そして面倒だ。最初に聞いた感想はそれだ。だが受けずにここを出て他の場所に移ろうとして果たして他のギルドがここと同じ措置を取るのかは分からないが今のところこの世界ではいい扱いは全然されていないから可能性はないとは言い切れないし、ここまでふざけたことを言うくらいだから他の罪でも着せる可能性もある。奏は非民だから弁明が聞き入れられるかどうかも怪しいし。


 そこまで考えて結局は受けるしか無いという結論に至った。


(まぁ、気になることもあるしたぶん今回はそれが狙いなんだろうから受けるかな)


「わかりました。ミユはその依頼を受けますが条件として一人で受ける、またアリアを連れて行くことです」

「な! じゃあ奏さんはどうするんですか?」

「僕はいつも通り普通の依頼でもこなすよ。アリアは冒険者じゃないから別にルールは破ってもいない。これでいいよね? ここまで譲歩したんだから次はそっちの番だよ」

「フン、非民ごときが。……仕方ありませんね。ええ、それで構いませんよ」


 一瞬グルーダは考え、その後笑顔で答えたため無事交渉は成立となった。


 その後、奏は掲示板の中で自分が受けられるものの手近にあったモンスター討伐の依頼を受注した。グルーダやエルカがニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているのに対してもっと隠せばいいのにと思う奏だが特に何も言わなかった。


 そして奏はミユやアリアと別れた。最後まで心配そうな顔をするミユだが結局は折れて気をつけてくださいねと言ってアリアと依頼を受けに行った。

 いつものように森の方まで歩いていく。

 しかしいつもと違って1人で行動しているためか周囲の村人からの反応が顕著に表れている。思いっきり睨んできたり、悪口を隠そうともしていない。中には石を投げてくるものまでいる。


 だが奏に石は当たらない。当たる瞬間に歩く速度を調節して避けていく。村人たちのほとんどはそのことに気づかない。

 おかしいなと思うものもいるがそれも何がおかしいかまではわかっていない。


(正直予想以上だな。ミユがいないだけでここまであからさまに変わるなんて思っていなかった)


 ようやく村から出て森に辿り着いた。今回は周辺の灰狼(グレーウルフ)やフォレストキャットの討伐だ。灰狼はあまり強くはないが群れを作り、危険になったら仲間を呼ぶため、厄介な魔獣である。


 今までの依頼で大体の生息地は覚えたため、今回は『音響定位』を使わずに移動する。


 いつも通り薬草や毒草は回収し魔物や魔獣は無視して進む。


 フォレストキャットは比較的近い場所におり、すぐに終わった。灰狼は川の近くで水を飲んでいる群れを発見した。茂みから出る機会をうかがっていると一番近くにいた灰狼が鼻をヒクヒクさせ、奏のほうを向くと唸り始めた。それに合わせて他の灰狼も奏に気づいたようで警戒して陣形を作っていた。


 奏は隠れても無駄だと思い、『魔法造形』で氷属性のナイフを作ると投擲する。


 ナイフが当たった灰狼の内数匹はそれにより傷つくか、絶命するかだが、残りは無傷で生き残っていた。灰狼の厄介な体質の一つで灰狼は必ず一つの魔法属性耐性を持っており、しかもそれは個体によって様々だ。そのため魔法使いが挑めば生存率が低く、必ずパーティで受けることをギルドで勧められる。

 ……当然ながら奏にそんなアドバイスは一度もないが。


 氷属性でも生きていた灰狼に対し、奏は『鬼啜り』を抜く。後は剣のみでも勝てる数だ。そして何より灰狼は狼ゆえに速さがある。奏にとって『リズム支配』のいい練習になる。


 生物の行動には必ずリズムが存在する。例を挙げるとするならば歩く速度、痒いところを搔く速度、食事の速度、呼吸の速度などだ。


 『リズム支配』は相手のリズム、例えば攻撃するタイミングや攻撃が当たるタイミング、攻撃する速度などを簡単に読み取れる。そして自分の攻撃速度やタイミングなど自由に操作できるというものだ。いずれ熟達していけば、相手のリズムを操作することも可能である。


 奏は『リズム支配』を使いつつ次々と敵を屠っていく。斬りつけ、時には横へ移動し、刃先を灰狼の進行方向へ置くだけで串刺しにしてどんどん倒していく。


 灰狼は連携をとって戦おうとするも奏に攻撃が掠ることすら叶わない。残り5匹になったところで完全に勝てないと悟ったのか、3匹が後退し、2匹が前に出る。そしてそのまま2匹は奏に襲い掛かり、3匹はその間に向きを変えて逃げていった。奏も最低討伐数以上倒したため、後を追うこともしなかった。


 そのまま素材を剥ぎ取ると少し遅い昼食に取り掛かる。昼食は肉を煮込んでそれに薬草やらをまとめて混ぜた簡素なスープだ。簡単ゆえに味も無難だ。2人以上いる場合はもう少し手の込んだ料理にしたものだが、1人の時は突然モンスターが襲ってくる場合もあるのでそういったものは作らない。


 昼食後にまったりしていると音響定位で幾つかの反応があった。


「やっと動き出したか」


 奏が立ち上がりズボンの砂を払うと6つの反応が奏のすぐ側まで来ていた。そのほとんどは奏の背後からであり、近づき方からして非友好的なのが伝わってくる。


 ヒュン。


「チッ!」


 後ろから矢が飛んできて、軽くステップを踏んで避けると舌打ちが聞こえた。


「どういうつもりですか? こんなことして、ねぇ先輩方?」


 奏が矢が飛んできたであろう方角の方へ声をかけると茂みから革の鎧を着た男たちが5人(・・)出てきた。


 奏は彼らがギルドで何度か酒を飲んでいるのを見かけており、奏がギルドを出てから後ろをずっと付いてきていた。……いや、何も今日だけではなかった。ここ2日ほどギルドでは奏たちに度々視線を向け、依頼を受けるたびに後ろを引っ付いてきていた。だがそれでも距離を保っており、奏も無理に近づこうとは思っていなかった。たまたま目がいっただけとかたまたま依頼場所が近かっただけなどと言い訳されるのが分かっていたからだ。


「フン、よく避けたな。それだけは褒めてやる。だがな、冒険者ならちゃんと周りに気を配らないとダメだぜ。こんな風に突然襲われるかもしれないんだからな。……ああ、ギルドに報告なんてしようとしても無駄だぜ? これはギルドからの正式な依頼だからな。報告しても虚偽の報告としてお前が罰を受けるからな。その前にお前はここで死ぬから報告なんてできないけどな」


 そこで仲間たちと大笑いする男たち。


「いやー、しかしお前を囲んで殺すだけっていう簡単な依頼が指名できたからホントありがたいぜ。Eランクにしては報酬も多いしお前には感謝だな」


 奏が詳しく聞く前に勝手に情報を提供してくれた。いくら自分たちが勝つと信じていても情報が大事な冒険者にとってこれはまずいと思うが、男たちはあまり気にした様子はない。


「さて、お喋りもこの辺にしてさっさと仕事するか」


 急に真面目な顔になって武器を構える。しかしランクや人数の差から生まれる余裕からなのか完全に笑みを消すことはできていない。


 そしてその言葉と同時に魔法が飛んでくる。


 どうやらしっかり打ち合わせはしていたらしく、少し広範囲に渡って魔法を展開していた。特に後ろと横を多く、前を少なくして避けた時のことまで考えていたらしい。


 思ったより考えなしというわけではないみたいだ。


 奏も早く終わらせるために魔法の展開の薄い前方へ進む。奏が前に進むと相手の前衛3人が前に出てきた。3人は剣が2人、斧が1人であり、剣士のうち1人が腰に下げた小槌を手に取り、投擲してきた。


 奏もそれなりのスピードで接近していたため、当たる、もしくは避けたとしてもバランスを崩すと思っていたのか、しかし、当たる直前に奏の動きが不自然に遅くなり、そのまま小槌を難なく避け、手に取った。そして2つに折り投げ返す。


 まさかバランスを崩さないとは思ってもおらず、ましてや武器として使われるとは全く考えていなかったため狙われた剣士2人は脳が追いつかず、体が硬直する。そしてそのまま1人は小槌がぶつかり後ろへ倒れるがもう1人は反射によって弾くことで直撃は避けることができたが大きな隙ができてしまう。奏がそこを狙おうとすると奏とバランスを崩した男との間に矢及び魔法が割り込む。さらに幾つかは奏目掛けて近づいてくる。奏はそこで止まり、飛んでくる矢を掴む。毒が塗ってある可能性も考えたが、『毒耐性』スキルを持っているし、仲間に当たる可能性があることから使用しないだろうと予想を立てた。


 魔法に関しては数が少なくほとんどが奏たちの間だったため無視できた。


 相手もその隙に体制を整えたようで、警戒したようにこちらを見ていた。


「おい、聞いていた以上に厄介なやつじゃねえか。油断するんじゃねえぞ」

「分かっているさ」

「次はヘマしねえよ」


 話をしている間に弓使いが矢筒を変え弓に番えていた。

 そして先程と同じように何本も奏を狙って向かってくる。


 奏もそれに向かって先程の矢を投げる。向かってくる矢は奏が投げた矢の矢尻や()にぶつかって軌道を変える。


 相手もそのような矢の避け方をするとは思っていなかったようでまたしても目を見開くが、先程のこともあり、立ち直りが早かった。残っている前衛2人が奏に斬りかかる。


 奏は剣士の顔を裏拳で殴り気絶させるがもう1人の斧使いの斬撃を右肩で受けてしまう。


 受ける瞬間斧使いはニヤリと笑い、内心で終わったと思った。

 しかし次の瞬間パキンという音がして斧使いはあり得ないという表情で奏を見ていた。


 他の者たちが何が起こったのかよく見ようと目を凝らすと、斧は確かに刃が奏の皮膚に当たっていた。だが奏の皮膚は血を1滴も垂らすことなく綺麗なままであり、逆に斧の方がひびが入っていた。


「て、てめえ、一体何しやがったんだ?身体強化じゃこんなことはできねえ」


 震える声で斧使いが問いかけると奏はポツリと一言、


「『皮膚硬化』」


 斧使いがそれに返答する前に奏の蹴りが胸に炸裂し、口から血を流した。見たところ既に死んだようだった。


 奏が前方に視線を向けると弓使いと魔法使いがたじろいだ。


「……あと3人(・・)


 言葉と共に今度は奏から攻めていく。奏が動くと弓使いが先に反応し、腰につけた採取用ナイフで応戦しようとするが、奏が腕を下から上へ振るうだけで、弓使いの腕ごと空へ舞った。何が起きたか最初は分からず呆然としていたが、だんだん理解すると痛みがこみ上げてきたのか、叫びだした。


 奏は無視して魔法使いへ向き直るとちょうど魔法を放つところだった。奏はそれを見て笑うと、すぐ近くで転がっていた弓使いを盾にした。魔法は弓使いに直撃し、弓使いはそれを受けて、絶命してしまった。


 奏は弓使いを持つ左手を降ろすと右手を少し上げて、


「ひどいなぁ。仲間に魔法を当てるなんて。そのせいで死んじゃったじゃないか。可哀想に」

「ふ、ふふふざけるな‼︎ て、てめえのせいで! ガントが‼︎ ……くっそ、どういうことだ。明らかに強さが違うじゃねえか。」


 弓使い、ガントを盾にしたのは奏だが、近くにいるときに魔法を打ったのはあちらな為、完全な逆ギレだ。


「くっ、だがお前はさっきから風属性の魔法を使っている。魔力を感じないのはどういうことか知らないが、ガントの腕を飛ばしたのやレイツの斧を壊したのはそれくらいしか思いつかねえ。だけど、俺のこのローブは風属性耐性が付いている。少し値が張ったが、それなりにいいものだ。お前の魔法はあまり効かねえよ。仇は取らせてもらうぜ」


 魔法使いはそう意気込むが、選択肢を間違えた。もし奏が魔法を使っていたとして、人の腕を斬るほどの魔法行使で魔力を感じないのであればそれはレベルの高い魔法使いとなる。魔力を感じられなかった時点で勝てるはずもなく、逃げることを考えるべきだった。次に武器の使用を考慮しなかったことだ。ワイヤーで腕切断などは可能である。だが、これは基本ワイヤーで斧の刃の破壊は不可能な為これが考え付かないのも仕方ない。


 しかし奏が使ったのはどちらでもない。奏が腕を断つ時に使ったのは『皮膚硬化』と同じく聖竜の肉を食べたことにより得られた『爪術』である。


 魔法使いが風属性耐性のローブを着ていようが所詮は布。全くと言っていいほど効果はない。


 そして既に4人の仲間が奏に傷つけることなくやられている時点で魔法使いが奏を殺すことは難しい。逃げること自体厳しいかもしれないが、そちらに全力を注ぐべきであった。


 奏はそんな魔法使いに遠慮することなく接近し首を爪で切る。魔法使いは何もすることもできずに首から鮮血が噴き出し、呆気なく死んだ。しかし最後に言葉を吐く。


「ロニヤ、まか、せ……」

「よし、取り敢えず見えているのは終わった。……ごめんね。こちらに先回りしていた1人は先に死んでもらっていたよ。……あとはあれ(・・)だけだ」


 そう言って腕を振るい、血を飛ばすと歩いて行った。その後冒険者パーティの死体のすぐ近くの木からバラバラの死体が落ちてきた。




(何よあれは?おかしい。Gランクがいとも簡単にEランク6人に勝つなんて。ギルドでの扱いからGランクより上であってもおかしくはないけどこれは幾ら何でも有り得ない)

 

 女は木の上から奏たちの様子を『遠見』スキルを使って観察していた。

 彼女はギルドから指名依頼を受けたもう一人の冒険者だ。女性の冒険者は少なくとも村などでは多くないため、いつも一人で行動している。それでもEランクまで上り詰めており、装備もいいとは言えない辺境ではその実力はすごいと言えるだろう。彼女は職業が暗殺者(アサシン)であるため、今回ギルドから任務遂行の見届けを任されていた。もしも何らかの事態が発生して冒険者パーティが壊滅した場合は彼女が奏の始末をすることになっていた。


 今回は遠くから見届けるだけなため余裕を持っていた。だが来てみると現実は全く異なり、冒険者パーティは6人いたにも関わらず歯牙にもかけず無傷で終わっていた。


 彼女は自分の職業の性質上奏に正面から勝つのは難しいと考え、ギルドに戻って報告することにした。暗殺を諦めたのは不意打ちを与えるために先回りして隠れていた1人をどうやってか殺していたためだ。

 ここで無理しなければ生きられないというわけではないため、命を大事にすることを選択した。


 すぐに行動を開始する。奏の方も依頼の最低討伐数を終えたようでこちらに向かって戻ってきている。


 幸いなことに奏と村の間で彼女は監視していたため、普通に考えて奏より遅く村に着くことはない。彼女はそのこともあって急ぎつつもモンスターに気をつけつつ移動していた。


 しかし彼女は移動中奏のことで頭がいっぱいで気づかなかった。それは彼女の職業を考えれば決して犯してはならないミスであるだろう。彼女が走っていると突然足元が不安定になって転んだ。彼女は立ち上がってすぐさま駆けようとするも、また転んでしまう。しかし今度は特に足元が不安定になった感覚はなかった。何故?と思いつつ足元をみると彼女の片足には本来あるべきものがなかった。


 彼女の右足は刃物か何かで切ったように綺麗に脛から先が無かった。そして代わりに赤々とした綺麗な血が流れている。


 認識したらすぐに激痛が頭を支配した。

 

「うあああぁぁぁ! 痛い。痛いよー‼︎ どうして? 助けて、誰か助けてー‼︎」


 近くに誰もいないとわかっていても助けを求めてしまう。普段ここまでの傷を負うとなると死ぬことに直結するため、ここまでの怪我に耐性がなく、泣きわめく。

 顔は涙と鼻水、ヨダレでぐちゃぐちゃになっている。


「こうも簡単に罠に引っかかってくれるとは思わなかったよ。それもモンスター用に仕掛けていたのにまさか人が引っかかるなんて」


 ザリッという音とともに声がして彼女は人だと思い助けを求めようとした。声の主が言っていること頭に入っておらず助けて欲しいという考えしかない。


「お願い、誰かわからないけどたす……。あ、あぁ……」


 声のした方に顔を向けるとそこにはあくびをしている奏がいた。


「ずっと僕と冒険者たちの様子を見ていたみたいだけど、あなたもギルドから依頼でも受けた人?」

「あぅあ、い、嫌……。お願いします。い、命だけ、は、助けてください」


 顔を青くして震える声で奏に懇願する。


「心当たりはあるみたいだね。……そうは言っても命狙われている時にただ見てただけだったし」

「お、お願いします。何でもしますから。命だけは‼︎」

「……本当に?」

「ほ、本当です! ですのでお願いですから殺さないでください」


 そこで奏は笑う。


「フフ。わかった。殺さないであげる。ついでに傷も塞いであげるよ。死なれたら困るし。“声紋契約(ボイスコントラクト)”」


声紋契約(ボイスコントラクト)』は音属性魔法の一つであり、話した内容がそのまま契約として結ばれるものとなる。場合によっては奴隷契約すらも可能とする。破った場合の罰は契約主の自由である。しかし契約主への罰も最低限のものがあるため自由に破れるというものでもない。


「さて、早く契約通りに傷を治さないと。“水の浄化(クリア・ウォーター)”、“水の癒し(キュア・ウォーター)”。……よしこれでとりあえず大丈夫かな。でも足を再生させるのは無理だし。ミユなら義肢を作れるかもしれないけど。取り敢えず糸で足とくっつけて応急処置しておくか」


 奏が一人淡々と話を進めていると、女冒険者は話に追いつけないようでぽかんと口を開けている。奏は足を糸でくっつけると話を再開する。


「さてと、そろそろ惚けてないで名前を教えてくれる? 名前も知らないのは不便だし。……。聞いてる?」


 顔の前で手をかざす奏。それでハッとして奏に尋ねる。


「……どうして助けてくれたんですか? それに傷まで……?」

「そういう契約でしょう? 何でもするって言ってたしね。それよりさ、名前をいい加減教えてくれる?」

「あ、名前はミナリア、です。……あの、何でもするって言いましたが何をさせようと……?」


 ミナリアは萎縮して震える声で尋ねるがだんだん声が小さくなっていく。


「簡単なことだよ。僕を裏切らず、ギルドの動きをただ教えて欲しいだけだよ。こんなことが何回もあっても面倒だし」


 話を聞いたミナリアは目を見開く。


「もちろんこれがバレたらあなたは死ぬだろうね。死にたくなければバレないように頑張ってね。嫌なら自由に破ってね。でも、無事でいられるとは思えないけど。」


 笑顔で話しかける奏にミナリアは言葉が出ない。それもそうだ。もしもバレたらギルドから処分が下るし、ここは閉鎖的な村だ。本人だけでなく、家族にまで影響は及ぶ可能性も高い。

 しかし奏のいう契約も気になる。今までこんな何も使わない契約方法なんて聞いたことないが、確かに何か魔法にかけられたという感覚があった。だから無視することはできない。もしかしたら単なる付与魔法の類の可能性もあるがミナリアに調べる手段は無い。


 結局ミナリアに選択肢はなかった。どうしても生きたいという思いが勝ってしまった。


 ミナリアは力無くフラフラと村まで戻っていき、奏はそれを見えなくなるまで見送った。

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