26話 新たな同行者
だいぶ遅くなってしまいました。大体は4月に出来上がっていたのですが細かいところが……
気付けば100万PV超えていました。これも読者の皆様の応援のおかげです。ありがとうございます!
「〝薔薇庭園”」
そう確かに聞こえた気がした。モンスターが騒ぎ立てる中で静かにだがなぜか耳にいつまでも残るような声だった。そしてその直後に何かが刺さり貫くような音とともにモンスターの悲鳴が聞こえる。しかしそれもすぐに途切れてしまい、死を覚悟して目を閉じていた奏は何が起こったのか確認するためにゆっくりと目を開く。
目を開いたその先には植物の蔓や根がモンスターの体に絡みつき刺し貫いていた。そして周囲には赤々とおびただしい量の血が流れている。それはさながら薔薇の花が咲いたような光景だった。正直何が起こったのか奏にはわからなかったが誰かが魔法を使ったのだけは理解できた。
「そろそろ降りてきたらどうですか?」
下から声をかけられた奏は自分が今いる場所が相手に知られていると知り、警戒しつつ声をかけた相手へと視線を向ける。その時奏は目を見開き体が硬直した。
「な、何で生きているの? 確かに死んだはず……」
下ではその言葉に複雑そうな顔をしたミユが立っていた。だけどそれも一瞬ですぐに笑顔になる。
「モンスターはいませんし、痛みなども引いてますよね? とりあえず話をするために降りてきませんか?」
奏はその言葉に戸惑ってしまう。周囲の音を聞けば確かにモンスターは死んでいるし念のため音響定位を使っても奏、アリア、ミユ以外はいない。そしてミユの言うとおりいつの間にか奏を苦しめていた痛みや熱がきれいさっぱり引いていた。
しかしなぜそれをミユが知っているのか、そう思ったがすぐに答えは出た。
「主従契約……」
ぽつりとつぶやいたそれが先ほど自分を苦しめた正体であると知った。これがある限りこれからミユに縛られることになるのだろう。もしそうなれば自分は人形のように扱われるのだろう。そうなることを避けるために今回ミユを殺すことにしたのにできなかった。
そんなことを考えていると奏の服がクイクイと引っ張られた。見るとアリアがどうするのーというように首を傾げている。正直奏としてはこのまま逃げたかったが、今の心身の状態ではすぐに倒れる可能性が高い。そして結局ミユの強さがわからないため、すぐに捕まるだろう。諦めて下に降りるしか道はないのか、だけど降りて行ったら殺される可能性もある。そのため奏はなかなか降りれずにいた。
そんな奏の考えを察したのかミユがまた声をかけてきた。
「大丈夫です。別に降りてきて殺そうなんて考えてませんよ。何より話し合いをしたいので殺してしまってはどうしようもないですし」
軽やかにそう告げる彼女に奏は嘘をついているかどうか判断できなかった。ミユの声、心拍数などを慎重に聞いても変化がなかったからだ。普通ならばそれである程度信用できるものだがいかんせん、奏はミユを殺そうとした。相手が人を騙すのが上手くて奏すらも気づけないという考えが頭の中をどうしても占めてしまう。かといってここで何もせずにいるのは相手がどうするか読めない時点で危険なことには変わりない。もし戦闘になってもこんな足場の悪い木の上よりも地面に降りたほうが逃走も楽かもしれない。そこまで自分を思い込ませてやっと奏は地面に降りる気になった。
体力がかなり削られ、精神も疲弊している状態ではあるものの、それでもできるだけの警戒をして木から降りていく奏。その間ミユは微笑みを浮かべて待っていた。
「……」
下へ降りても二人とも押し黙ったままだ。と言っても奏の場合は警戒やこれからどうするかを考えるためではあるのだが。対するミユはどう切り出そうか考えているためである。
そのため風の吹く音、こすれ合う木々の音が嫌に大きい気がする。
「……それではそろそろ話をしましょうか」
沈黙を破ったのはそんなミユの軽やかな一言だった。そのままミユは奏たちにゆっくりと近づくが5メートルほどの距離で立ち止まる。まるでこれが今の奏とミユの互いに許された距離であるとでも言うように。
「それでは、まずは何から話しましょうか。……あ、何か聞きたいことがあれば聞いてもいいですよ」
笑顔でそんなことを言うミユに奏は人知れず恐怖を覚えた。先ほどまでは取り乱し震え、しかも目の前の男に殺されかけたのに何故こうも落ち着いて話ができるようになっているのか。そこでつい何かあると警戒してしまうため言葉を発することができない。
恐怖と疲労で体が動かず逃げることはできないとわかってはいてもつい逃げられないか考えてしまう。それほどまでに今奏の中ではミユという存在は気味の悪い存在として映っていた。
「………さっきまで震えるだけで全く動けなかったのに一体、どういうつもり?どうして生きてるの?あのとき確かに体が原型を留めないほどに死んだはず!?」
ミユを睨みつつできるだけ相手を威圧しながら言う。が、声が震えており、相手に威圧させるにはほど遠かったが。
「ひとつひとつ答えていきますね。まず先ほどは気持ちが動揺してしまい体が動きませんでした。また、どういうつもりかについてですが、これは先ほども言った通り話がしたいからです。最初に言いましたが私は行くあてがありませんのであなたについていきたいです。次に生きていることについてですが……、聞きますが何故エルフたちは私を殺すのではなく封印したと思いますか?」
ゆっくりと諭すように話すミユに苛立ちを覚える奏だが、何故エルフたちはミユを殺すのではなく封印したのかについては疑問に感じていたためミユを警戒するのを忘れずに理由を考える。
単純に考えて殺さずに封印したのは何らかの理由があって殺そうとしても死なないからだ。だが、エルフは不死の能力は持っていない。もし持っていたとしてもそれならば聖属性魔法を使えばいいはずだ。エルフの里なのだから一人もいないということはないだろう。ではユニークスキルの類なのだろうか?スキルに何があるのかはまだ完全に分かっていない。ましてユニークスキルは持っている人は多くはなく、どのような条件でもてるのか解明されていないのがほとんどだ。中には手の内を隠すために情報を一切語らない者もいる。しかし先ほど飢餓鼠に食べられていたのは夢ではないはず。
10分ほど思案する奏だがどうしてなのか全くわからなかった。とりあえず考えたことをいうだけ言ってみることにした。
「……殺さなかったのは死なないから。封印にしたのは誰も封印を解かないと思っていたらしいし。死なないのはユニークスキルあたりだと思うけど。幻覚とかで死んだように見せたとか? ……僕に考え付くのはこんなところだよ。というか皆こんなことしか思いつかないと思うけど」
クスリと笑いながらミユは口を開く。その際左手を右肘の下に置き、右手は頬に添えられた。その笑みは見る人を魅了するほどの笑みであったが状況が状況なだけに奏は特に感じることはなかった。
「驚きました。ここまでわかっているなんて。……ほとんどは正解です。ですが、幻覚は一切使っていません。私が使ったのは木属性のユニークスキル『生長』です。これは体がどんな状態になっても死ぬことはなく、失った部位も木が何度切られても枝を伸ばすように部位も元通りになるという効果です。ある意味不死といっても間違いはありませんね。基本的に私は寿命でしか死ぬことはないです。ただこれは病気には全く効きませんし、呪いの中にも解呪しないと効かないのもあると思いますから万能というわけではありませんね」
そこまで言ってからミユは周囲を見渡し、近くに落ちていた剣を拾うと突然腕を切り落とした。そのとき少しうめき、顔をしかめたが、すぐに表情を戻した。そして奏が視線を切り落とされた腕へと向けると落とされた場所から徐々に植物が育っていくように腕が元通りになっていく。それに目を見開いて見ているとミユが微笑んでいるのが見えておそらく予想通りの反応をしてしまったことに少しイラっとした。
「なるほど。つまりあなたはいくら殺そうとしても死ぬことはないってことか。それなら元々僕に選択肢なんてあってないようなものじゃないか」
「そのことには申し訳なく思います。ですが私としても行く場所はありませんし、もう一人は嫌なんです。ですので何度も言ってますが、私を旅に連れていってください」
そこで奏は目を閉じて思案する。しばらくして右手を腰に持ってきて左手で頭を掻きながらハァーと息を吐く。いつかは人と関わらないといけなかっただろうし、人が仲間になることもあっただろうからこれはこれでいい機会なのかもしれない。少し早すぎる気がするけど。
「……分かったよ。もはや僕たちは詰んでるような状況だし、一応さっき僕たちをモンスターから助けてくれたわけだし」
「い、いいのですか?」
「何? 嫌なの? なら別に一緒じゃなくていいけど」
「い、いえ。嫌なわけじゃないですけど……。ここまですんなり行くと思っていなかったもので」
旅の同行の許可をもらえたことに対して戸惑い、目をパシパシさせるミユ。奏はそれを気にせず話を続ける。
「それでこれからどうするの? ご主人様。とりあえずここから離れたほうがいいと思うけど」
「そうですね、血の臭いでモンスターが寄ってくるでしょうから移動し……、あの、い、今なんて言いましたか? 私の聞き間違いでなければご主人様と聞こえた気がしたんですが」
「うん、そうだよ。だってあなたは主従契約で主の立場だし、さっき僕は死にそうだったのを助けてもらったし。もしあなたがいなければ僕は死んでいたってことだよ。だからある意味第二の人生みたいなものかな。それで僕はあなたに仕えるってことだけど」
「えぇっと、でも〜、私も助けてもらった立場ですし、私が居なければあなたは苦しんでモンスター相手に死にかけることもなかったと思うんですが……。それにできれば私としてはある程度対等な方がいいんですが」
奏のサラッと言った言葉にミユは口を尖らせる。しかし奏はそれを特に気にもしない。ひたすらミユが文句を言ってくるため遂には奏が折れる。アリアを撫でながらめんどくさそうに
「はいはい、分かった。普段はできるだけ名前で呼ぶようにするよ。でもミユも敬語だよね」
その言葉に満足そうな笑みを浮かべるミユ。しかし対等な関係でいるとは言われていないことには気づいていない。
「私のは癖ですから。……とりあえずここから離れましょう。どこか行きたい場所はありますか?」
「……んー、特に無いかな。どこへ行っても大して変わらないだろうし」
そう答えた奏の表情がミユには印象的に映った。だけど聞こうとしてもなんだか聞いてはいけない様に思えた。
「? どうかしたの?」
「っ! いや、何でもありませんよ。とりあえず私はここからはできる限り離れたいと考えているんですけど北はディストリア国がありますし、東へと進むのはどうでしょうか?」
ミユはすぐに話を切り替えたが、奏にはそれがバレバレであったがその理由は分からなかったため、血の臭いでモンスターが寄ってくることのほかには、ここ、エルフの里がミユの故郷ではあるのだが嫌な思い出があることとまた見つかれば危険な目に合うからだろうからミユは早く離れたいと言ったのだろうと推測した。かく言う奏もあまり長い時間留まりたいとは思えない。未だにここのエルフを許していない。もし会ったなら殺してしまう自信しかない。だから早く移動するのは賛成だ。というか里長というエルフを殺してしまいたいという思いが強い。少しでもここに残るのが長引けば我慢できないだろう。
北のディストリア国は謎の霧によって国内に入れないため、東側にあるランデル国を目指すのは当然といえる。ランデル国はリエラ王国の南西にあるが、距離は結構あり、間に複数の国や山脈、河川が存在している。つまり奏にとってもリエラ王国と関わることはほぼないから進路に対して文句はない。
進路を決めると奏、アリア、ミユはすぐさま出発した。