24話 仕掛け
金髪エルフを殺した後、奏は氷剣から手を離す。するとピキッと音がしてバラバラに砕け風に乗って散っていった。その氷の舞う様が気に入ったようでアリアが氷の破片を追いかけている。氷が粉々になり見えなくなると止まる。そしてもう一回やってーと言いたげにこちらを見ている。しかしこちらもこれから来るエルフの集団に対する準備をしないといけない。後でするからということで我慢してもらうことにする。アリアは中々納得いかない目をしていた様子だが我慢することに決めたようだ。その姿がなんだかいじらしくて頭を撫でると気持ちいいのか手に頭をすりすりしてくる。
「さてと、結局名前知らなかったなー。まぁいっか。別に困らないし。うまく有効活用させてもらおっと」
そう言ってアリアと二人でエルフの死体を回収する。そしてそれを目玉や鼻、手、足などある程度細かく分解する。
と、そこでようやくミユが動かないからどうしようかと考える。結局ずっと地面に座り込み、俯き、震えたまま動かない。少し呼びかけても反応が特にないため、構うのが面倒くさくなり、考えた末にアリアに糸で巻いて繭のように包み木に隠す事にした。こんな状態では突然叫ぶことがあるかもしれないからただ縛るだけはやめておいた。
後は風魔法であらゆる方向にできるだけ遠く緩やかな風を送るのみだ。そしてアリアと一緒に木の上に隠れる。可能な限り気配を隠すことに努める。アリアも何となく状況を理解してきたのか今はじっとしている。周囲は風が吹く音と風により木々が擦れ、葉が舞う音しか聞こえない。時折魔獣などの遠吠えが聞こえてくるが。ただし臭いとしては葉や花などの自然のスッキリするような臭いに混じって、血の臭いが充満している。まぁ10人以上も殺したのであるから当然ではあるが。
そしてしばらく息を潜めて待っていると、ザッ、ザッという音が聞こえてきた。奏が音の聞こえる方向へと目を向けると、そこには先ほどよりも多い数のエルフの集団であった。数は30を超えており、先ほどは見た目が20〜30代の見た目の男性エルフのみであったが、今回は年代も様々で女性も結構混じっている。音を隠すこともなくこちらへ来たのは数が多いだけではないようだった。何人かはソワソワと落ち着かない様子であったりした。しかし特に喋ったりといったこともなく、ただ黙っている。
やがてかつて仲間であったエルフ達の死体が見える位置に来ると反応は様々であった。目を見開く者、警戒を強める者、叫ぶ者、俯き涙する者。
「お前ら、周囲に気を配れ。こいつらは里でもそこそこ強かった。魔法も詠唱破棄なんかは使えなかったがそれでもハイエルフとしての強さを持っていた者達がこんなことになっている。それにミユもいるらしいからな。これをやったのは見た感じミユではないだろうが敵はそれだけ強いぞ」
と人間であれば30〜40代の見た目の男性エルフか言った。その言葉にいくらか落ち着きを取り戻したのか、周囲の警戒をするものが増えた。とそこでエルフ達に声が聞こえる。
「お、おい、誰か助けてくれ‼︎ か、体が痛えよ! 何も見えねえ‼︎」
その声は先ほどの奏が殺したはずの金髪エルフの声であった。それはエルフの集団から茂みで阻まれた場所から聞こえた。そこで何人かが警戒してゆっくり近づく。すると
「うっ!」
「これは酷いな‼︎」
などいい、吐き気を我慢している様子である。
「カロリナ、治療してやれ」
近づいたエルフの中で一番落ち着いた様子の男がそう指示すると集団の後方から弓を担いだカロリナと呼ばれた女エルフが前に出てきた。
そしてその間に男はここで何があったのか?ミユ達はどこへ行ったのか?と、尋ねているが、金髪エルフはしきりに手を、足を返してくれ!、俺の目と鼻はどこだ?などと叫んでいる。男や周囲の人は困惑しているがそれでも我慢して聞き続ける。その時金髪エルフを治療していたカロリナが疑問を口にする。
「ねえ、ハハラさん。カルロの様子が変なの。何度も聖属性の回復魔法を掛けているのにさっきから一向に回復しないの」
カロリナの言葉に先ほどの指示を出していたハハラという男は訝しむ。金髪エルフの名前はカルロというらしい。
そしてハハラはしばらくすると何か思い至ったらしく
「どういうことだ? ……そういえば先ほどからピクリとも動いていないな。まさか、カロリナ! カルロは本当に生きているのか?」
とカロリナに指示をだす。とそこでカロリナ慌ててカルロの脈をはかる。そして顔が強張る。
「みゃ、脈が、ない……」
カロリナのその言葉に周囲は騒然とする。何故ならまだカルロはブツブツと呟いているからだ。エルフ達は幻聴か?と思うが現在進行形でずっと聞こえているため意味がわからないと混乱している。カルロに回復魔法が効かないのは当然だ。死者にはいくら回復魔法を掛けても無意味であるからだ。
「……だとするとアンデッドか? いやしかし、それだとあまりにも早すぎる。アンデッドになるのに瘴気もないし、魔力も満ち溢れていない。……カロリナ、一応聖属性魔法でアンデッドか調べてくれ」
アンデッドとは瘴気や魔力で満ちた場所で放置された生物の死体がなる末路であり、聖属性魔法もしくは強力な火属性魔法でしか倒す手立てがない。土属性魔法や氷属性で動けなくすることも可能ではあるがそれでは倒したことにはならない。瘴気とはアンデッドが持つ特有の生物の忌避するオーラのようなものである。そしてアンデッドになるには瘴気や魔力の量にもよるが時間が必要である。
ハハラはそれらのことを考えつつも一応カロリナに調査を頼んだ。と言っても先ほどのアンデッドになる条件の他にアンデッドは意識や心を持たないためそれらを求めて生物を無差別に襲うと言われ、さらに例外もあるが、普通アンデッドは喋ることがないと分かっていることからカルロはアンデッドではないだろうとは思っているが。
「ハハラさん、カルロはアンデッドではありません。……これはただの死体です」
聖属性魔法の対アンデッド用の魔法はアンデッド以外には何の効果ないため、その確認を取ったカロリナはハハラに伝える。
しかしそれならば何故カルロの声が聞こえるのか?いくら考えても分からなかった。と、そこで後ろで待機している集団から悲鳴が上がった。
「ッ‼︎どうした? 何があった?」
ハハラが尋ねると若い女エルフが答える。
「と、突然空からこんなものが降ってきました」
こんなものと言ってはいるが、それを拾おうとは誰もしない。ハハラは妙に思いながら言われたものを確認する。それは白く、小さな球であった。何かと思ってそれに触れようと手を伸ばす。周りはざわつくが気にせず球状の何かにもう少しで手が届くと言った時に突然風が吹いた。そこでハハラは固まる。何故なら球状のそれと目があったからだ。
目があった?ハハラは奇妙に思いよく見てみるとそれは人の眼球であった。
「っな‼︎」
そう叫んだときに突然上からパタタッと雨が降ってきた。しかし今日は雲行きから雨が降ることはなかったはずだし、一瞬で止んだことからただの通り雨かと思おうとしたがハハラをみたエルフが驚いた顔をしていた。今度は何だと思い、雨水を指で拭う。するとヌルッとした感触がした。雨水にはない感触に疑問に思い見てみると、それは赤黒い色の血であった。
その時ドン、ドドン、ポトと何かが落ちた音がした。それは今いる場所を中心に様々な方向に落ちたようだった。このタイミングからハハラは嫌な予感しかしなかったが確認しないことには始まらないため、それぞれ数人ずつで見に行くことにした。
結論としては恐らくカルロのものだろう手足と鼻が落ちていた。しかし血の飛び散り方から恐らく落ちてきたので間違いないだろう。しかし何処から、そして何故そんなことをするのかが分からない。
そのため一度退き、話し合おうとしたとき、周囲の空気がピンと張りつめたのがわかった。それと同時に獣の唸り声が聞こえてくる。どうやら魔獣に囲まれていたらしいが、聞き耳を立てずともガサゴソと茂みをかき分け、枝を折り、近づいてくる音が聞こえる。ここまでの接近に気付かないのは普通狩りや採集で生計を立てているエルフにとって致命的であり、ここまでの人数のだれも気付かないとはおかしなことである。最初にここへ来たときに見た血の量から、指示をせずとも魔獣が近づいてくる可能性からそれへの警戒は必ずするはずである。それほどまでに基本的なことなのだから。
とりあえず気付けなかったことはさておき、ほかの者も準備整ったようだ。そしていくつかの班にわけて各個撃破を狙う。今回の敵は……飢餓鼠だと?ありえない。
ハハラは今回近づいてきた魔獣を見て目を疑った。飢餓鼠は名前の通り常に飢えており、いくら食べても飢えが止まるところを知らない。それ故体長もだいたい1.5メートルほどの毛は灰色で、前歯は長く肉や骨を抉ることができ、奥にそれらを細かく砕くためのギザギザの奥歯がある。時には仲間ですら食べてしまうこともある。しかし余程の血の臭いがしない限りは洞窟などの薄暗いところに引きこもっている。だからここにるのはおかしいのだ。確かにここの血の量が多くともここから洞窟までは普通は臭いが届かないはずである。ハハラにとって、いや、今ここにいるエルフたちにとって今回は分からないことが多すぎる。
そしてほとんどのエルフは死を覚悟することになるだろう。なんせ、先ほどカルロのものと思われる血の付いた手足や鼻を回収したからだ。それにより少しでも血の臭いが付着した。飢餓鼠は視力が低い分、嗅覚の、特に血に対する嗅覚が敏感である。そして、元々知能が低く、さらに飢えを満たそうとするあまり狂い気味であるため、自分の体がどうなろうと、動けなくなるまで襲い続ける。倒したと思って油断していると、一緒に心中なんて度々である。
飢餓鼠は連携が取れず、我先に食べようと襲い掛かってくるため確実に殲滅できている。しかしエルフたちは基本遠距離からしとめることが得意なため、こちらの数の減りは明らかに倍々となっている。ハハラも気付けば肩をだいぶ削り取られている。そしてそのまま次々と飢餓鼠が覆いかぶさり、意識が薄れていった。
 




