≪第六話≫ No.6-Ⅱ
≪第六話≫ No.6-Ⅱ
情愛は少し瞳の眼差しを変えて俊高の瞳の奥を見つめた。情愛がこうした目付きになると、強い意志のある俊高も少したじろいだ。
「ところで俊高様は、イエズス様に関心が御有りですか?」「うぬ、そちの話しではあるが、異国の偉人が生れといい、最後といい、不思議な生涯を送られた事、確かに心惹かれるものがある。」「そうであれば、一度、私の母・イソルデに会ってみては如何ですか?俊高様。」
「・・・・わしも一度、御挨拶せねばならぬとは思っていたが、・・・」「イエズス様の事は、誰よりも母が一番知っておりまする。」
「そうだな。わしの生い立ちの秘密もそちとの出会いからも、何か天の意志が関わっている様に思う得る。」「はい、それを確かめねばなりませぬ。」
二人は、その後も赤塚行きも含めて、倖希王丸が泣き出すまで話し合っていた。
翌朝、俊高は何時もの様に鈴を鳴らして、権坐を呼んだ。今ではその音を聞くと、近従の者が軒に朱の短冊を掲げ、更に当主館の屋根に朱色の小旗が掲げられた。暫くすると、廊下で鈴の音が鳴った。
「誰か?」と俊高が訊ねると「はっ、透太でございまする。」と耳元で囁く様に聞こえた。最近は権坐よりも息子の透太が来る事が多かった。「中に入れ。」と促すと静かに襖は開き、濃い灰色の上下の衣袴に黒い熊皮の羽織を着た透太が入ってきた。
「権坐は如何いたしておる?」「はい、御云い付け通り、新津・秋葉氏と三条・斎藤氏の動向を探っておりまする。」
「そうか、ならばお主に頼みがある。山伏・修験者の清水坊源芯を存じておるか?」「はい、何度か父とお会い致しました。」「そうか、今、御坊が近くに来て居られるが、お会いしたいと繋いでくれ。」
「はっ、どちらに御連れ致しましょうか?」
「うぬ・・・・海見寺に明日、卯の刻半に来ていただく様にお伝えせよ。」「相判り申した。直ぐに手配致しまする。」疾風の透太は、名の如く風の様に消えて行った。
しかし、夜半にやって来たのは、千春であった。情愛に挨拶すると、俊高に手文を渡した。そこには『今宵、子の刻に大杉にて、御待ち致す。 源芯』と書かれていた。
「この文を誰がそちに持参したか?」「透太殿でございまする。」「そうか。承知致したとお伝えしてくれ。」と俊高が千春に云った。
俊高は3人の近従を連れて、ほぼ完成した二の丸の裏門を通って、海見寺の裏山にある小道を通り、稲島の登山口に向かった。弥生・三月の夜道は足元が寝雪で滑り易く用心しながら、薬師堂がある大杉の前に出た。
3日前に会った命の恩人が、まさか己の実の父であるとは、思いも知れぬ事であり、先代・俊秋の長文が頭の中を巡っていた。(どの様な顔で此度は、源芯いや、俊景殿にお会いしたものか?)と闇の中の巨人の様に立っている大杉を暫く見詰めていた。
ガサッと音がして質素な祠に近い御堂の後ろから、片手に小さな松明を持った源芯が立っていた。手招きをして「俊高殿、こちらに来られよ。」と御堂の横合いにある出入口を指して云った。俊高は、3人の従者を残し、二人で御堂の中に入った。
松明の火で、御堂の中にある灯蝋に火を点けて二人は、向い合った。始め二人ともただまじまじと見詰めるだけで、言葉が出ない。
漸く、俊景が立派に成人した我が子を見詰めながら、静かに口を開けた。「久衛門の娘・千春から、経緯を聞いたと思うが、驚いたであろう!?」
「・・・まだ、上手く心が定まりませぬ。」「そうであろうな。稲島という小国に生れ、今日まで苦労させたな。許せ・・・。わしが、父・俊兼の意に添えば、弟の俊秋にも苦労は掛けなかったであろうし、お前達にも淋しい思いを掛けずに済んだであろう。許せ・・・・」雪焼けして黒ずんだ顔の奥に、瞳が濡れている事が、判ったので俊高も胸に込上げるものを感じた。