≪第三話≫ No.3-Ⅱ
≪第三話≫ No.3-Ⅱ
その日から2日後、新しく築城されつつある長者原城の中に、西の丸と呼ばれた当主館に、戦死した佐野久衛門の娘で、今は佐野家を継いだ真島高兼の妻である千春が、夜遅く俊高を訪ねて来た。「遅くのお目見え、申し訳ござりませぬ。」
年の頃、三十路に近づいていたが、器量の良さよりも立ち振る舞いに父親似の落ち着きが有り、余り人前に出ぬが久衛門自慢の一人娘であった。5年前に、嫁いだ先との不和から出戻っていたが、この度の戦で佐野家が絶えてしまう事を案じた俊高が、妻を病で亡くしていた高兼と千春を結ばせ、佐野家の跡取りと成り、稲島家の筆頭家老になって俊高を補佐していた。
「お屋形様、亡くなった父が出来るだけ、人目を避けてお会いする様にとの遺言でしたので、こんな夜分にお伺い致しました。申し訳ござりませぬ。」と深く頭を下げた。
「久衛門が、そちに遺言を託していたのか?」「はい、大変大切な事ゆえ、くれぐれも内密にと・・・・」「・・・そうか。奥も倖希王丸と既に休んでいるので、気兼ねのう話すがよい。」千春は、頷いて少し膝を進めた。「御警護の衆は?・・・」と後ろを振り向いた。「・・・うん・・・誰かおるか~」と俊高が呼ぶと襖越しに「はっ!」と2人の近従の声がしたので、「暫く、下がっていよ!!」と指示する。
「お屋形様、これは父・久衛門俊種からの文でございまする。あの最後の合戦の二日前に認めたものでございまする。」と風呂敷を解いて俊高に見せた。俊高は、文を貰いながら、戦死した久衛門の顔と幾つかの振れ合いを思い出して、胸にぐっと込上げるものを押さえられなかった。俊高の様子を見て、千春も肩を震わせていた。
『お屋形様、恐らくこの戦、最後は双方激しい斬り合いと相成りましょう。
城にも雪崩込むは、必定。
私目も、この命を御捧げ致す覚悟でござる。』読みながら、声が詰まった。
『もう少し早くに、お屋形様にお伝えすべき事で有りましたが、今日この日になって仕舞いました。お許し下され。この戦の最中でまだ勝敗は着かぬままでござるが、お屋形様の武運を信じておりまする。もし、戦に勝利しても私目が討死致しますれば、この書状を娘の千春に託しますれば、くれぐれも御心静かにお読み下さいます様にお願い奉りまする。
亡き御父上・先代の俊秋様が貴方様に残された密書でござりまする。』
ここまで読んで、俊高は顔を上げた。「父の密書とな・・・・」「はい、ここに携えて居りまする。」と千春が答えながら、俊高に別の文を渡した。俊高は受け取りながら、以前読んだ父・俊秋の文の中に、稲島家の秘密を佐野久衛門より、折が有らば聞く様に云われていた事がこれの事かと推察した。
俊高は文を開き、読んで行く内に顔が青ざめ手が震え出していた。「こ、これは・・・・」長い父・俊秋の手紙であったがさすがの俊高も最後まで読み終えて、愕然としたまま声が出なかった。
「・・・・・千春、この事を他の誰が知っておるのだ。」俊高の強張った顔に千春も少したじろいだが「い、いえ、父・久衛門と私のみでございまする。」「そうか。この事、何人にも漏らしてはならぬ。夜も遅い。今宵は館に帰るが良い。」「はい、畏まりました。」千春は静かに座敷を去って行った。
俊高はその後、父・俊秋の文をもう一度読み直して瞑想に耽った。夜の帳が館を包んでいた。静かに襖が開いて、情愛が顔を出した。「お屋形様、まだ起きて居られましたか?」「情愛、倖希王丸は休んで居るか?」「先程、乳を飲ませましたので暫く眠るでしょう。」「ならば、少し話をせねばなるまい。」二人は部屋を出て、『祈念の間』と呼ばれた稲島家代々の位牌が祭られている部屋に入った。




