≪第八十一話≫ その7.No.132 ≪第八十一話≫ その8,No.133 ≪第八十一話≫ その9.No.134
≪第八十一話≫ その7. No.132
俊高らが出陣した直ぐ後に、情愛は奥の間に菅田須衛門・楓・芳葉そして、高喜も呼んだ。「皆の方、お屋形様が出陣の前に、私に託していかれた事をお伝え申します。御承知の様に既に3日前に成りまするが、疾風の透太を我が実家の草日部家に援軍要請の密使として行かせました。されど何か有ったのか、透太からの知らせが届きませぬ。
父上には、既に援軍の要請が届いてるやもしれませぬが、万が一、此度の決戦に間に合わねば、お屋形様達は、窮地に陥るのは必至。
再度、赤塚に使いを送らねばなりませぬ。しかし、これ以上 城の戦力を裂く事が出来ず、お屋形様も苦悶致しておられました。そこで、私がお話をして、此度は女子を送られれば宜しいのではと、提言致しますと、そちに任すと仰せになりました。・・・・
そこで、一番の適任は、道にも詳しく、父上の信頼も厚い我が侍女・楓がと思いましたが、この城の守りも大きなお役目で有りまするから、思案した上く、芳葉様にお願い致したいと思いまする。如何です?」
「姉上、芳葉殿は云わば、客人。柿島家の大事な姫五是でもございまする。芳葉殿が行かれるのであれば、この身が行き申す。」
「高喜殿、貴方様はお屋形様の代理、云わば副大将であられます。また、お身体も未だ完治致しておりませぬ。」
「情愛様、私は参りとうございまする。是非行かせて下さいませ。」と芳葉は少し高喜の横顔を見ながら、きっぱりと言い放った。「そうですか。行ってくれますか。」「はい。総ての皆様が命懸けのこの時、分け隔ては有りませぬ。」「判りました。高喜殿、宜しいですね。」と情愛は芳葉の決意に促されて、高喜に目をやった。
ほんの少し前、お互いの心根を確かめ合った二人であったので、高喜の方が寧ろ動揺を隠せなかったのだ。「相判った。・・・」と男気を出して高喜は云い放った。「楓、そちは国境まで無事に芳葉様をお送り申せ。任が終れば直ぐに戻るのじゃ。」「はい、承知仕りました。」「須衛門、賄いのお洋に申して、百姓の衣服を芳葉様に用意致せ。」「はっ。畏まってそうろう。」
情愛は芳葉に父宛ての書状を渡し、「無事に着けば、戦が終るまで、赤塚城にて待っていて下され。」と芳葉の手をしっかりと握った。傍にいた高喜は「芳葉殿、命を粗末にしては成りませぬぞ。」と心配そうに見つめていた。
芳葉と楓は、第一の抜け道がまだ使えたので、夜陰を縫って抜け出し、夏の雑草が生い茂っている湯の腰の隠れ道を使って何とか上手く脱出する事が出来た。楓と別れた芳葉はこれも幸いした嵐の中を、教わった間道を慎重に赤塚城目指して突き進んで行った。
≪第八十一話≫ その8. No.133
三日前になるが、密命を受けた疾風の透太は、素早く城を抜け出し、敵の目を盗んで、持ち前の早駆けであっと云う間に、稲島と草日部の国境まで来ていた。後は、新津・秋葉軍に見つからない様に二里半(約10km)の道のりをこなせば良いので、普通であれば、透太に取り、朝飯前の仕事であった。しかし、月夜の明るい夜道を走りながら、自分とほぼ同じ速さで動く幾つかの殺気を左右に感じ出していた。
透太が飛んで来る十字手裏剣を躱わしながら、気が付けば7,8人の忍びの群れが囲んでいた。その輪が次第に狭まってきた瞬時、彼は大きく跳躍して、木の上に逃げたが、伊賀者の投げた分銅の付いた麻紐に片足を取られ、身体のバランスを崩して大地に転がった。それでも小刀で紐を切って逃れようとした時、太腿に痛みを感じた。ほぼ同時に二本の手裏剣が左足に刺さっていたのだ。
その後、必死で近くの佐潟湖の湖底に身を沈めて敵の散策を逃れたが、手裏剣に毒が塗って有ったらしく何時の間にか意識を失って行った。
草日部英郷は、稲島の戦模様を其れなりに斥候(偵察する者)を通して知っていたが、俊高からの出陣要請が来なければ、下手に出て、国境の秋葉勢と稲島に出兵している白根・秋葉軍の挟み撃ちを受けて、敢無くやられてしまう破目になるであろう。
梅雨が明け掛けている今、双方とも勝負の時期に来ている事は、判っていた。児玉監物もそう長くは陣形を留めまい。この一両日に決戦があると見ていた。しかし、俊高からは、何の要請も来ていない。
そんな思いの21日の朝方、家老の本田益丈が慌てて廊下を駆けて来た。「お屋形様、来ましたぞ。稲島の使いの者でござる。」と云って後ろから兵士に抱えられた百姓姿の芳葉が息を弾ませながら、英郷の前に連れて来られた。
「こ、これ、、、を・・・情愛様から、の、書状で、ご、ござい、、ます、る。・・」夜通し駆けて来たのであろう、吐く息も途切れがちで、今にも失神しそうな芳葉の姿であった。
「よう、頑張ったのう・・・」書状を受けた英郷は、書状の筆跡が我が子・情愛のものと確認して、短い文面を一気に読んだ。
『 お父上様
三日前に、俊高様が密使を送りました。 既にご出陣かも知れませぬが、
もし、まだであれば、本日、丑の刻に俊高様以下、総勢600人の者が、
敵将 秋葉時盛・本陣に奇襲を懸けるつもりです。
≪第八十一話≫ その9. No.134
草日部家も直ぐに御出陣下さいます様にお願い申し上げまする。
また、岩室の高野和久ご夫婦にも、笹川殿が救出に行っておられます。
敵側も恐らく、今朝、総攻撃を仕掛けて参りましょう。
父上様のご出陣に此度の勝敗が掛かっていると、我が夫・俊高は、初めから申しておりました。
この戦、負ければ赤塚領も無くなるでしょう。
この書状を持参した者は、柿島家の姫で、芳葉殿と申されます。何卒、戦、終わるまで、お匿い下さいます様に。
お父上の武運をゼウス(神のギリシャ名)様にお祈り致しておりまする。 アーメン
稲島情愛 』
文面を読みながら、自分の娘が既に他家に嫁いだ当主の奥方になっている頼もしさと淋しさを感じる英郷であった。
「益丈、出陣じゃっ 準備致せ!!」「はっ、心得てそうろう‼」
21日朝(午前7時)、草日部軍は北国街道を西に向かって進撃した。ところが、それを待っていた様に、新津・秋葉軍の国境守備隊が三方から、襲って来た。これも、児玉監物の手配であったが、草日部軍は、殆んど応戦せず、赤塚城に引上げ、城から激しく矢を射かけたので、秋葉軍もまた直ぐに引上げて行った。
しかし、この出陣は草日部英郷の策であって、国境にいる秋葉軍を惹きつける囮であった。
本隊320人は、民兵で武装した偽の本隊が出陣した直ぐ後に、裏門から密かに抜け出し、海沿いに通ずる間道を、亀城に向かって進んでいたのだ。強い風はあったが、雨は殆んど止んでいた。
俊高達は、長者原山の中腹を使い、100人一組となって、隊列を組み、平澤城に向かう所であった。雨は大分止んだが山嵐(台風)の影響で強い風は渦を巻くように吹いていた。
夏の朝で普段なら涼しい時間帯であったが、この嵐の影響で雑草の中を進めば、噎せ返る様な湿気と温度があって、重い甲冑を着けていれば、汗が滝の様に流れていた。少し進んで、俊高は2番隊にいたが、清水良高が率いる1番隊の兵たちに動揺が起こって来た。
兵を掻き分け、先頭に出ると前方に待ち伏せの敵兵がザッと300人は見えた。「こなくそ!!」と突き破ろうとしたが、今度は左手方面からやはり、300人近い兵力が押し寄せて来た。(ここでは、不味い!)と判断して、1番隊、2番隊で其々、槍衾を作らせ、3番隊以下を元の八幡神社に退去させた。実践の場は、その状況、状況に刻一刻と変化していく事に瞬時、対応せねばならない。俊高は、敵の包囲網の中にいる事を肌で感じていた。