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≪第八十一話≫  その5.No.130 ≪第八十一話≫  その6. No.131

≪第八十一話≫  その5.  No.130

 決断の集いが終わった後、俊高は弟の高喜を連れて、まだ嫁を貰っていない者たちを集め、暫し酒盛りをした。敵に気付かれない様に騒ぐ事は出来ないが、共に来た戦友たちである。

「権助、佐吉、与平よ。皆此処までよう頑張ったすけ。もう一泡、白根・秋葉勢に食わせてやるぞ!!…良いな」暫しの時を終えて、一時程、皆を休ませた。

 二人が奥の間に移ろうとした時、「高喜様」と小さな声がして、二人は柱の陰に目をやった。そこにじっと高喜を見据える芳葉がいた。俊高は高喜を見て、ほほ()んだが後は二人に任せて自分は情愛の待つ当主の間に帰って行った。

 高喜を慕っていた朱音は、既に五ヶ浜の待機所に向かって、夜半の奇襲を伝えに城を出ていたのだ。

 俊高が部屋に戻ると、情愛が胸に飛び込んできた。腹が膨れていたが、以前にも増して大人びた堀の深い美しい面顔を蝋燭(ろうそく)の灯りの中に浮かばせて、俊高を見上げていた。二人は何も云わず、唯静かに抱き合っていた。「心配致すな。必ず勝利して戻る。情愛よ」「武運を天に祈っておりまする。」情愛の言葉を聞きながら、俊高は(しゅうと)の英郷がどうか、間に合ってくれと心で叫んでいた。

 二日前、常満達が出立する少し後に、疾風の透太を赤塚の草日部家に密使として送っていた。透太の足ではもうとっくに帰って来ていなければならなかったが、音沙汰(おとさた)がない。念の為、使いの者を出したかったが、これ以上戦力を失いたくない思いがあったし、透太が難しければ、他の誰が行っても難しいのである。

 赤塚の地理に詳しい情愛の側近である菅田須衛門と楓でもと思案したが、身重の情愛を護る者もいなければならないと思い、俊高にしては、決断を遅らせていたが、主力がいなくなった後、100人程で、城を守らねばならないが、万一、敵が乱入した時、僅かな兵では一溜(ひとたま)りもないであろう!?と懸念していたからである。

 その時、情愛が俊高の目の奥を見つめる様に、「俊高様、赤塚に再度、使いを送って下さい。本来なら、私が行きたい所ですが、身重の身。疾風の透太の知らせが未だ着かないのであれば、父上に再度出陣を伝えねばなりません。

 此度は、寧ろ男よりも女子(おなご)が良いと思われまする。変装して、裏道を抜ければ何とかなりまする。(かつ)てこの稲島に21日通ったこの身でございまする。」「女子とは、誰か?」「(かえで)でございまする。」「楓はならぬ!万が一城が落ちれば、そなたを赤塚に連れ戻さねばならぬ。腹の子も守れ!!」「ならば、(よし)()殿しかおりませぬ。」

「芳葉!?」たった今、二人を後にして別れて来た所だ。あの二人を裂くのか!?と思うと戦の非情さに胸を突き刺す思いであった。

 「あの方ならやり遂げまする。」情愛の言葉に俊高の方が少し押されていた。柿島親子の顔も浮かんだ。「何故にそう思うのか?」と俊高が情愛の顔をまじまじと見つめた。「あの方は、愛する者の為には、命を惜しみませぬ。・・・」情愛のはっきりした言葉が胸を打った。「・・・そちに任す・・・」と俊高は小さく頷いた。

≪第八十一話≫  その6.  No.131

 7月21日の深夜、穏やかだった夏の夜が南西風(なんせいふう)に乗って、次第に生温かい風が強さを増して行った。更に俊高が出陣と決めた(うし)の刻には激しい雨風に成っていた。強い風が亀城をガタガタ揺さぶった。(有難や!!)と思わず俊高は天に手を合わせ叫んでいた。

 最後に残った秘密の通路は、城の裏側にある空堀の北側隅に(たく)みに造られた通路に出れる隠し門であった。外から見れば、ただの土壁であったが、中から押しやると土砂が崩れ、大人二人が通れる通用門となった。そこに木橋を渡し、空堀の反対側の土壁も崩していくと、隠し扉が現れて、裏山に繋がる短いトンネルが通じていた。

 そこから、稲島軍の主力400人が一気に出陣した。外は嵐の闇の中である。裏山を守っていた敵兵は、すでに朱音の連絡により、清水寅之(とらの)助良(すけよし)(たか)率いる五ヶ浜の錬成(れんせい)予備隊200人によって討取られていたので、合流した本隊と合わせ、600人の奇襲隊は直ぐに一端長者原山の中腹まで登り、向きを変えて、一気に八幡神社にいる秋葉時(とき)(もり)の本陣に(さか)()としで、総攻撃を開始した。

 今で云う台風7号がこの一帯を襲っていた。935ヘクトパスカルの大型台風であった。風速40mの風が恐ろしい怪物のように木々を揺さぶらせながら吹きまくった。先頭の3本の松明だけが頼りの稲島軍は、地形に明るいと云うだけで唯ひたすら、前進していた。眼下に風に揺れる敵方の篝火が見え、敵の大群が嵐の中で眠っている筈であった。

 闇の中、体制が整うまで一端時を待って、()の刻(午前4時過ぎ)に総攻めを懸ける。仕損じは許されないので、夜明け近くの薄明かりの中を敵本陣に突入しなければならない。雨風は容赦なく吹きまくり、時折、稲妻が大きな雷鳴(らいめい)と共に山に落ちた。

 600人の兵士がゆっくり、山間を滑る様に降りていた。揺れる木々の中に、稲島家の守護神社である八幡様の本殿屋根が見えて来た。俊高は、左右にいる柿島親子と清水良高・朱音・錬成隊の面々を確認して、大刀を抜き「行くぞ!! 者殿 懸かれ!!」と号令を懸けて一気に突進した。子供の頃、この境内周辺でもよく遊んだものだ。見慣れた山間を走りながら、周辺に誰もいない事に気付いた。

 境内には、暴風で飛ばされていた陣幕と風に(なび)く篝火だけが残っていた。敵の本陣は、(もぬけ)の殻であった。雨風で顔をびしょ濡れにした信政が「俊高殿、(はか)られたな!!」と顔を寄せた。俊高は、唇を噛んで「監物は我らが出てくるのを心得ていたのだ。」「どう致すか? 引き返されるか?」「・・・いや、それは出来ぬ。このまま、平澤城に進んで、先ずは笹川行(ゆき)(さだ)軍を打って、真島(ましま)高兼(たかかね)と合流致す。敵も我らがどの様に動くかは、見切っておるまい。」「良し、相判った!!」 

 夏の日の夜明けは早い。既に周りは明るくなっていた。俊高は、念の為に朱音に命じて、目印を点ける大杉の所に行かせた。そして、時を開ける事無く、直ぐに山を下りて支城の平澤城に向かって進軍を開始した。しかし、そこに児玉監物の周到な罠が仕掛けられていたのだ。


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