≪第八十一話≫ その3. No.128 ≪第八十一話≫ その4. No.129
≪第八十一話≫ その3. No.128
昼を過ぎて夏の日差しがぎらぎらと益々降り注ぐ中、亀城を囲む敵兵たちは、真夏に働く蟻の様にセコセコと動き廻った。亀城内の兵士たちの誰の目にも敵の総攻めが近いと判ったが、意外にもそれ程、動揺する者がいなかった。
100日に及ぶ攻防戦の慣れもあったが、やれる事はやったと云う自負心にも似た心構えが、自然に出来ていたのだ。「人は何時かは死ぬるもの」と覚悟が出来たのかも知れないと、城中を柿島信政と周りながら兵士達の顔を見つつ、俊高は共に闘って来てくれた家族にも思える者たちを心底誇り(ほこ)に思えた。
兵たちを励まし、声を掛けながら俊高は、心の内で『天』に心願していた。(今宵、決戦の火蓋を開け申す。願わくば、天運を齎しめ、雨風吹き荒れてそうらえ!!)この戦が己の一生の中で大きな分け目の瞬時であろうと定め、5年間片時も忘れずに祈願してきた己が宿命に、『天』が如何に応えてくれようか、最後は委ねるしかないが、この一時に機会を貰えるのであるのなら、今しかないと感じ取っていたのだ。
【嵐よ、来い!!】と呟くと、傍にいた信政が俊高の横顔を思わず、覗き込んだ。「俊高殿、何と云われた!?」 俊高は、念仏でも唱える様に、【嵐よ、来い!! この山を覆え!!】と更に唱えていた。
俊高は、ただ神憑りに唱えていたのではなく、例年梅雨の明けるこの時期には、大雨が降る事を知っていた。事実、今日では環境異変が有り、中々予測は難しいが、以前は梅雨前線が明ける頃、インド洋に出た「タイフーン」による暖められた熱帯気圧が、季節風に乗って上昇して、ヒマラヤ山脈を通過して、ジェット気流に乗り、中国大陸を横断して、日本列島に流れ込む気候の経緯があったのだ。それが例年、この時期、大雨を呼んだ。
梅雨が明けて、大雨が降ると俊高は、直感していたが、しかし、今宵、我らの都合に合わせ、天空が動くだろうか?とさすがに祈願せざるをえなかったのだ。その日は、夕暮に一時、夕立めいた雨は降ったが、直ぐに止み、天候が崩れるとは、誰もが思えなかった。
俊高は夜の出陣の為に信政に命じて、最後の準備を急がせた。自らは八角楼に登った。敵方の動きを確認する事は無論だが、実は岩室からの合図を待っていた。
八角楼に登ると稲島のあの大杉の天辺が見える。そこに成功であれば、朱色の小旗を、失敗であれば、青の小旗を、まだ継続中であれば、白色の小旗を掲げる手筈であった。
しかし、日が沈むまで何の印も掲げられなかった。俊高は(何か手違いがあったか?)と思案したが、眼下の敵兵たちは、相変わらず、せっせと任務に励んでいた。(やはり、明日、総攻撃だな!!)と、全体を見渡して確認した。ほぼ同じ時刻、山を盾にしながら、沈み行く夕陽の赤い光を受けた亀城に向かい、児玉監物がじっと見詰めていた。
≪第八十一話≫ その4. No.129
監物は100日を越える攻城戦を振り返りながら、真っ赤な夕陽の血の色で染められた亀城を見詰めながら、明日、天候に大きな崩れが無い限り最後の決戦の図式を描いていた。
既に大型の『城崩し』3台も配置できた。また失った兵力を埋めるために、秋葉・笹川の後詰の軍200人も既に到着している。300人の高野軍も明日の早朝には、やって来る。そして、留めとなる必殺の『山崩し』も完成した。
監物は、少し薄笑いをしながら(・・・小天狗よ!!必ず城から出て来い!! お主の気性であれば、この状況で、きっと出陣するであろう!! 奇襲はお主の得意技故な・・・)と一人ほくそ笑みながら呟いていた。
戌の刻(午後8時)に城内の者、総てを馬場に集め、俊高が皆の前に立った。情愛を始め女達もいた。戦で怪我を負った者達もいる。戦前に入城した者たちは、4度の闘いと病などで、合せて163人亡くなっていたが、今ここに総勢548人が集まっていた。体中傷だらけの者もいたし、年が60を越えている職人達もいた。勿論、情愛を始め26人の生き残った女達も皆、決戦の集いと知っていた。
俊高は高台に立ち、共に闘って来た面々を見渡しながら、涙が出る思いであった。己の一念で皆を此処まで来させた思いと、信念を曲げずに来れた思いが交差していた。
「皆々、今日まで良くぞ、戦い抜いてくれた。礼を申すぞ。今宵、丑の刻(午前2時)に城を出て、敵の本陣に総攻め致す。白根・秋葉軍は明朝にでも総攻めしてくるであろう。我らは、奇襲を持って勝負を懸ける。」
俊高の凛とした声が城内に響いた。「わしはあの仁箇山合戦の後、16歳の誕生の日に、長者原山で天の声を聴いた。『乱れし今の世を治めよ!!』と何度も身体の中を響き渡った。
父母を亡くし、若輩者のこの身が大きな後ろ盾もない稲島の如き小さき国を治めて、僅か5年足らずで、この西蒲原の一大勢力になろうとは、誰が予想したであろうか。
笹川御一党や柿島殿一族の合力が有り、我が妻・情愛との婚姻もこれ天の導きで有り、その実家の草日部家との国情を越えた盟約も奇跡と云えよう。
また、今まで進めて来た諸改革も、悉く功を奏して参った。此度の戦にこれらのどれが欠けてもここまで戦えなんだはず。
各々方、この戦に勝利した者がこの周囲の覇者と成る。敵方も其れを知っている故に、勝負に拘っておるのじゃ。援軍はまだ定かでは無いが、この戦、必ずや天が我らに味方されるであろう!!
刻限までの暫しの時を、各々貴重に用いよ!この杯は別れの杯に非ず。再会の勝利の杯である!!勝ち栗と一緒に飲み干さん!!」と焼き栗を3個苞って清酒を飲み干した。一同も習って飲み干した。




