≪第七九話≫ その7. No.112 ≪第七九話≫ その8.No.113
≪第七九話≫ その7. No.112
その時、脇にいた鷹の目が高喜の裾を引き、投石器の傍に土蜘蛛と呼ばれた土団子の大きな物を指差した。(あれを今度は亀城にぶつけるのか)と思うと高喜は身震いがした。蛍火が耳元で囁いた。「あ奴をあの化け物に食らわせてやりやしょう!」「良し!一度に全部は難しい。先ず近くの3台を仕留めようぞ!」と其々(それぞれ)高喜・良高・勘平が頭と成って、組で臨む構えだ。
しかし、勝負は瞬間である。例え成功してもその後の生死の保証は何もない。無論この役目を買って出た高喜始め14人の精鋭達も、死を覚悟の上である。それでも、いざと成れば、身震いするのである。高喜は出発前の俊高とのやり取りを思い出していた。
・・・「兄者!わしに行かせてくれ!必ずあの化け物を破壊してまいる!」「高喜、事を成しても十中八九生きて帰れぬぞ!それでも、良いのか!」「この戦、皆が生死を懸けている。兄者もそうであろう。この城が落ちれば総て終わりじゃろうて!」「・・・・よし!判った。高喜、これを読め。」と俊高は手文庫の中から、4年前に読んだ父と母の手紙を渡した。
高喜は、情の豊かな男である。背丈は俊高より、一回り小さいががっしりした体格で、顔はどちらかと云えば母似であった。彼は、手紙の途中から、号泣して大きく身体を震わせながら、読み続けた。
『 喜久次殿
早く逝く母を赦しておくれ。父上も私もお前様達を胸の芯から愛しています。お前は少し辛抱のない所がありますから、短気を起こさずに兄上に従いなさい。親が居なくともお前達には、私達の熱い血潮が流れているので、どんな浮世の冷たい雨風も越えて行けます。自分を大切に思い、兄上と共に稲島家を栄させておくれ。
いつもお前様達を見守っております。 母より 』
兄弟はシッカと抱き合った。情愛も共に泣いた。・・・・
突如、下の北国街道辺りから松明を振り回しながら十数頭の馬が敵の集団に乱入して来た。権坐達5人の忍び衆である。投石器の周りにいた沢山の敵方は、一斉に下で起こった騒ぎを見に足場を離れたのだ。「今だ‼」と高喜が合図すると3組になって、其々の獲物に密かに向かった。
蛍火と鷹の目は、手持ちの火薬を素早く3台の投石器の足元に振り掛けて、高喜達が持って来た大型の土蜘蛛を投石器にぶちまけた。そこに高喜達が城から持って来た油袋を破って更にあちこちに振り掛けたのだ。そして最後には、皆で傍で赤々と燃えている篝火を倒して一気に火を付けた。
ド~ンという音がして、投石器に火が付いた。木造りの怪物は、黒水と呼ばれた石油と植物油・火薬に火が付いて夜空にファイヤーストーンの火興しの様に舞上がっていた。後ろで突然起こった障害に兵士達が一斉に振り返ったが、既に3台の『城崩し』は、炎の中であった。
稲島勢は作業が終った2組が防御となり、高喜の組が4台目に取りかかろうとした時、監物に指示された兵士達が大声で「城崩しを守れ!!~」と叫びながら、進んで来た。白根・新津兵は一気に高喜達に向って攻撃を開始して来たのだ。
4台目にまだ火を付ける前に、敵の猛攻が始まってしまった。17人の稲島方は既に四方を敵方の兵士に囲まれ、このままでは玉砕あるのみであった。誰もがせめて後1台に火を付けたいと願いながら、一人、また一人と打ち捕えられて行く。良高や勘平の様な剛の者でも力の限界を感じていた。
味方の10人が倒された時、ドドド~と十数頭の馬を巧みに操りながら権坐達が駆け付けて来た。5人が三~四頭づつ馬を連れている。松明を振り回しながら、敵の軍勢の中を巧みに突入して来たのである。「高喜様!!」と朱音が持っていた松明を高喜に振り投げた。
高喜は必至でその松明を受取り、サッと投石器に付いた黒水に向って火を放った。ボ~ンと音がして4つ目の台が燃え上がった。辺りが更に明るくなった。高喜の周りには既に残り4人の稲島兵しかいなかった。
「高喜様、早くお逃げ下され‼」疾風の透太が馬を差し出した。「おう~!」と云って高喜は乗馬すると、仲間の安否を確かめながら、馬に鞭打った。11頭の馬は、敵の軍勢の中を波を掻き分ける様に権坐を先頭に闇の中を駆け抜けて行った。
≪第七九話≫ その8. No.113
亀城の物見矢倉でもある八角楼で、眼下の様子を見詰めていた俊高・常満・信政などの重臣達は、火の付いた投石器の明りの周りで繰り広げられる攻防が、如何にすさまじいものである事を知っていた。夜中であり、遠見である為、誰が何をしているかまでは判らないが、稲島の15人の決死隊と権坐の率いる忍びの者たちが使命をほぼ全うしている事は、手に取る様に見えていた。
投石機に火が付く度に、重臣達は歓喜の気勢を挙げていたが、眼下の有様を見詰めながら、俊高自身は、胸を締付けられていた。昼間の矢の傷は幸いに肩先で浅手のものであったが、その痛みより、恐らく全滅しても不思議でない状況の中で、彼らは死にもの狂いで、見事に役目を果してくれたのだ。1台は残ったが、あのまま投石を続けられれば、3日と持たなかったでろう。外堀でワ―ワ―という怒号が消え去るまで、俊高達は、安否を願って立ち続けた。東の空が少しづつ、白み始めていた。
朝になって、状況を完全に把握した監物は燃えて失った4台の『城崩し』を見詰めながら、稲島俊高という武将の執念を腹の底から感じていた。未だ20歳という若者が自分とほぼ対等に渡り合っている。一体何処で何を学んで来たのか?周りから聞く範囲では、俊高の本当の素性が判らないのだ。
昨日、今日の戦で決着が付かないとすれば、最後の攻めを行わなくてはならない。既に佐藤忠勝始め、400人を越す犠牲がでている。稲島方も百数十人が倒れたので、4回の戦としてはほぼ互角か、寧ろこちら側が少し、優勢であるが、児玉監物からみれば、既にこの戦とっくに終っていなければならなかった筈である。犠牲もこれ以上出せないし、時も後一月が限界であろう。
味方からも、更なる批判が起こる筈である。しかし、監物の自尊心から己が業績に傷を付けられた今のままでは、絶対に引き下がれない思いがあった。この戦必ず、決着をつけねばなるまいと自負していたのだ。
残った1台を調べていた兵士が、何時の間にかあちらこちらに破壊の跡があり、今のままでは使い物にならない事を告げて来た。激しい戦いの最中に、鷹の目と蛍火が壊していたのだ。監物は、長者原山の亀城を睨んで、改めて落城させる決戦の決意を胸に秘めていた。残りの策を全て投入してでもである。監物の小さな眼が打倒・俊高への執念に変わっていった。




