≪第七十話≫ No.88 ≪第七一話≫ No.89
≪第七十話≫ No.88
俊高はじっと照美の顔を見詰めていたが、ふと我に返った様に常満の真似をしてか、膝をポ~ンと打って、「有難や、有難や、これにて高野家の合力の意を得て、来春に備えられる。本日は我らの都合があり、皆様方には遅くまで評定して頂いた。今宵はゆっくりお休み頂いて、明日朝、細かな事柄を打合せて、解散致そうと存ずる。・・・冬の内にいろいろ準備しておかなければならぬ事がござるのでな・・・・。」少し間をおいて「宜しゅうござるか?」と会衆に問うた。一同頷いて「宜しゅうござる!」とその日の会合は終了した。
時は亥の刻(午後11時)になっていた。当主の館に柿島親子と常満を迎え、高野・草日部の客人は佐野久衛門が屋敷に泊った。その夜に俊高ら若手三人衆が夜遅くまで談義した。・・・・翌朝、一時(2時間)程、戦の準備や敵方の出方などの対策を確認して其々は引き返して行った。
後に俊高・常満・久衛門が亀城の奥の間に残っていた。「何とか評定は終ったが、あれで良ったのか?俊高殿。」と常満が俊高を覗き込んだ。「うむ~・・・・」と下を向いたので久衛門が補った。「常満様、やはり問題は高野家でありまするな。あの男、父親譲りの強かな御仁じゃ。我らの意図を見抜いて上手く芝居を打ちましたな!・・・されどお屋形様の演技も大したものでしたぞ。はははっは~」と珍しく久衛門が声を高めて笑った。
「久衛門、笑い事では無いぞ。常満殿が良く繕ってくれたので、わしも大真似をしたのじゃ。可笑しうはないぞ!」と俊高が笑いながら久衛門を諌めた。「なに、あれは俊高殿の芝居か?いや~大したものだ!あの様な仕草が出来るとは益々気に入り申した。うん、うん。」
「二人共もう良いわ。・・・わしは年が明けたならば赤塚の義父上に会いに行く。此度の盟約を御自身から決断して頂く為にな。」「あの文だけでは、足りませぬか?」と久衛門が尋ねた。「次の戦、何が起こるか判らぬ。一度心底から話し合ってみたい。・・・この戦、長引くやに思える。その時、我らの切り札に英郷殿がなるはずじゃ。」
「此度は籠城になさいまするか!?お屋形様」と久衛門が聞く。「そうじゃ、此の亀城で半年は持ち堪えたい。」「ならば、いっそ柿島一族もここに立込もらせたが良いぞ。味方は多い程有利じゃ。」と常満が提案したが「領土を捨ててここに来ようか?」と俊高は懸念した。
「わしが行く。わしが行ってあの親子を説き伏せて見せよう。・・・そうじゃ、久衛門殿、お主も来られよ。俊高殿の軍略やこの亀城の強さをお主が一番良く知っておろう。どうじゃ。」「判り申した。ご一緒に行き申す。」
三人は評定の間で云えない事柄も確めて昼には其々が動き出した
≪第七一話≫ No.89
岩室の荒田照美が戻って直ぐに惣衛門に報告していた。「父上、只今戻りました。」「おゝ、戻ったか。して評定は如何で有った?」濁った眼を更に突き出して惣衛門は息子の顔を見た。「父上が云われた通り、皆、異口同音、声を揃えて盟約の死守を誓っておりました。」「うむ、そうか。笹川や柿島は判るが草日部はどの様に対していた。詳しく申せ。」
「はい、草日部家からは、筆頭家老の本田益丈が来ましたが、先ず当主・英郷の口上を認めた文を読み上げまいた。
『娘を嫁がせ、親としては子の幸せを第一義に願い、今後、稲島家との盟約をわが身に代えてもお守り申す。五家とも合一し難敵に臨む覚悟を持っておる次第。』と読み上げ、本田本人も『大国の横暴是あり、無理難題を科せる事頻り、此の度の稲島様の見事な働き、家臣一同も感服致しており、小国と云えども一つになれば、敵なしと思っておるので、盟約の契り変わる事なし。』と力強く宣言致しました。」
「・・・う~ん。そうか・・・そこまで申したか。」
「はい、その後に身共が話したのですから、それはもう、苦労致し申した。・・・しかし、父上からご指示が有りましたので、精一杯芝居をして参りましたぞ。
『皆様方のお話をお聞きして、正直申せば、白根・新津の大国の脅威に、真に我らが対抗出来うるのかと疑問でござった。五家合わせれば3万石を越え、総兵力が3,000に近く、新津の秋葉氏と肩を並べる所に来ているのも確か。されど、此の度の笹川家の内紛に動揺も致した。
しかし、今日参って観て、皆様方の誠に強いお心と決意をお聞きして我が高野家も改めて合力致す所存。この旨、帰りましたら当主・和久は勿論の事、我が父にも皆様方の心根をお伝え致しまする。」と胸張り、堂々と答えてやり申した。」「おゝ、そうか。それは祝着。彼奴らの反応は如何であったか?」
「はい、笹川常満などは、『いや~あ、照美殿,良くぞ申された。これで五家揃い踏みでござるな。』と膝を打って喜びましたぞ。周りの者達も安堵しておりました。」
「あの小倅はどうじゃった?」「俊高も常満の真似をして膝を打ち、『有難や、有難や、これにて高野家の合力の意を得て、来春に備えられる。』と大いに喜んでおりましたよ。はははは~」「待てっ、照美!それは彼奴の芝居じゃわ。お前の心根を読んで芝居したのじゃ。」「父上、それは真でしょうか?」
「あ奴、年は若いが油断のならぬ男じゃな。甘く見ればシッペ返しを受けるぞ!!」