≪第四八話≫ No.66 ≪第四九話≫ No.67
≪第四八話≫ No.66
草日部英郷の文は柔らかな筆質であったがしっかりとした文面で人柄が伺える内容であった。
『初にお便りいたし候
何度かの文を頂き、御返事が遅れました事 御詫び申しあげ候
貴殿のご活躍、唯々感服致し申す
三度に亘る勝利は甚だ見事であり、昨今耳にした事がなく、
天地の御加護と貴殿の采配の見事さ故と存じ候
中之口の大家(佐藤家)も退いて候
さて、数度に亘り、丁重な文を頂き
我が娘、輿入れの儀、親として、また今の情勢を鑑み、御返事が遅れ申した
されど、此の度の御縁、我身は勿論の事
愛児・情愛の貴公への哀願があり、種々考慮の末 輿入れを決め候
格なる上は、我が娘とのご縁により、両家の和平が永久に続く事を願い奉る
草日部 兵庫守 英郷 』
俊高は読みがら、心を押さえるのに苦慮したほどだ。誰もいなければ、雪の中で転げ廻っても良かった程である。
情愛姫とは不思議な縁である。出会いも奇妙ながら、もし佐藤家との戦に勝てなければ、笹川・柿島、無論、高野氏と盟約が結ばれなければ、更に佐藤氏と秋葉氏が接近しなければ、この様に事は運ばなんだと思えた。
佐野久衛門が俊高の顔色を見ながら、ニヤニヤして聞いた「お屋形様、どうやら、良い御返事でござったような・・・・」俊高は英郷の手紙を久衛門に見せた。
「おお、これで三条や新津と渡り合える力を得ましたな。有難い事じゃ!」と佐野久衛門らしからぬ本音の言葉が飛び出した。
「しかし、草日部家は新津の秋葉家に与力されている立場、良く英郷殿がご決断なされたのう・・・」
久衛門の言葉を聞いて、菅田須衛門が口を開いた。「この儀はお屋形様に情愛姫様が滾々(こんこん)と稲島様と手を結ばれる事の利を父上様に説かれたからでござる。」
「はい、姫様はあの薬師堂の件より、俊高様に大層ご関心が御有りで今日までのお働きを備にお屋形様へお伝え致しておられました。」と侍女の楓もここぞとばかり声を高めた。
聞いていた本田益丈も「いや~、なんとも不思議な縁、今の世、婚姻は殆どが双方の意を伝えず、親の云いなりと云うに、稲島様と我が姫五是は天の計らいのような婚姻でござるな。はははは~」と笑ったので皆釣られて大笑いした。
その夜は遅くまで今後の日程などを打合せして三人は早朝戻って行った。
≪第四九話≫ No.67
輿入れは七月四日に決った。赤塚の草日部家では、3月に入り、徐々に婚礼の支度が始まった。情愛は10月1日の生まれであったので、まだ17歳であった。この時代、武家の女子は赤子の時から許婚が決まり、7,8歳で嫁ぐなど常であったので、情愛の輿入れは寧ろ遅い方で有ったかも知れない。
実は、情愛の輿入れ話しは以前にもあった。草日部氏は、越後守護争動の折、守護側の新津・秋葉家に付いたので、父の英郷は13歳の時、秋葉氏の先代・時房の娘・鼓寄姫を貰った。しかし、この二人の間柄は険悪で子は出来ず、情愛の母は別の女性であった。(その経緯は、後で記したい。)
その為、秋葉氏は草日部氏と縁を更に強める為、娘の情愛が生まれると直ぐ、時房の縁筋の男子と許婚の契りを交わさせていた。
しかし、情勢の変化により時房が10年前に44歳で亡くなり、15歳の時盛が家督を相続して以来、秋葉氏の反映も陰りを見せていた。そして、この西蒲原方面の形勢が稲島家の台頭により、大きく変わっていたのである。
輿入れの日が来た。梅雨の間であったが、爽やかな晴れた日で情愛姫の行列は辰の刻(午前7時過ぎ)に赤塚城を出て、北国街道を西に向った。お付きの者は、男女合わせて45名であった。輿に揺られながら、情愛は昨夜、父・英郷から云われた事を思い出していた。
「のう、情愛。何度か申したが、稲島家に嫁げば何かと苦労を重ねると思うぞ。若い当主の正室になるのじゃ。・・・・俊高殿は立派な若武者の様だが、二親も既になく、あの小国を切り盛りしていかねばなるぬ。父としては、やはり、心配でならぬ。」
「父上、苦労はどの家に嫁いでも同じでございまする。父上にもお伝えした様に、俊高様は並みの方ではございませぬ。嫁ぐのは恋慕の想いと云うよりは、何か不思議な天の宿命を感じました。あの方も大きな使命をお持ちの様に感じておりまする。」
「そうかも知れぬ。・・・何時かはこの乱世も誰かが終らせるだろう。・・・わしが生きている内は難しいだろうが、お前達の子供が大きく成る頃には、それが成すかもしれんな。・・・情愛、兎に角夫婦仲良く、良い子を沢山産め。また身体を厭えよ。」
「父上、今生の別れの様でございまするね。隣国へ嫁ぐのですから、また何時でもお会いできまする。それでは、義母上様(鼓寄の方)に宜しゅうお伝え下しいませ。」
赤塚から、松野尾の佐潟付近に行列が近づいた時、突然、左右から弓矢の雨が降り注いだ。「うわ~」と先頭の何人かが倒れた。そして、その後、数十人の野党の集団が四方から跳び出して来たのだ。




