≪第三九話≫ No.41-Ⅱ
≪第三九話≫ No.41-Ⅱ
「透太、いや其方達の思いも良く心得ている。しかし、今は待て。あやつの真意を確かめねばならぬ。時が来れば、その時は俺が命じる。・・・・
だがな、透太よ。戦は双方に言い分が有って、善し悪しで簡単に見極め出来ぬものぞ。増して、児玉監物は佐藤家に抱えられての仕業じゃ。稲島や其方達に遺恨が有っての戦振りではなかったはずぞ。」
俊高は話ながら、親子の顔を見つめていた。「透太、お屋形様には、わしらが判らぬ深い想いがお有りなのじゃ。任に私情は禁物ぞ。」と下を見ながら、涙ぐんでる息子を権坐は諌めた。
「権坐、三条の動きは鷹の目に任せ、忍び衆を集めよ。戦の準備をせねばならぬ。」「はっ、畏まりました。」
「所で朱音は如何している。守備良く潜らせたか。」と権挫に聞く。
「はい、秋葉家のお女中となり、既にひと月になりまする。」「そうか、何か知らせて来たか。」
「は、この23日に筆頭家老・大場實春とその嫡男・實敏が三条の評定に加わって翌日帰城した事、その他はまだ知らせがございません。城中の監視が厳しい様で、多くの伝言を送れない様でござる。」
「そうか。しかし朱音には暫く辛抱して貰わなくてはならないな。あの女、何をしでかすか、判らぬ恐ろしい女だ。・・・」と俊高が云った、あの女とは鼓寄改め、筆頭家老・大場實春と強引に結ばれた結衣の方である。
斎藤家の情報は、勿論であるが秋葉家の動向がある意味で、勝敗の鍵を握っている、と俊高は考えていた。
権坐親子が次の指示を受け、挨拶して去った後、俊高は暫く祭壇に向って瞑想した。次の戦の事よりも、透太が伝えてきた児玉監物の知らせが、心の中を巡っていた。俊高にとっても、あの監物との死闘は、胆を寒からしめた。
その監物が生きて、何かを模索している。まだ、真相は判らないが、警戒せねばならない男である。その夜、俊高は祈念の間で夜を明かした。
翌日、常の政務を終えた後、完成した長者原上の西丸・桐の間と呼ばれた奥間に稲島家の重臣たちが集められていた。真新しい畳を引いた16畳の小部屋であった。
上座に当主の俊高が座り、左右に4人づつ並んだ。右側に笹川常満・柿島信政・永島公英・清水雅兼、左側に譜代の重臣として、弟で今は天神山城主の稲島高喜・筆頭家老の佐野高兼・侍大将の真島良高・勘定方の遠藤佳臣が向かいあった。
俊高はここで初めて此度の斎藤・秋葉両軍との対戦略の全貌を皆に打ち明けた。8人の重臣はじっと黙って今までの経緯と今後俊高が進める戦法を聞いていた。白根城攻めの狙い、敵の本隊のおびき寄せ、そしてなんとしても、鎧潟に敵の本隊を誘き出す事、その後の奇襲策を話し終えた時、一同は其々の思いの中で模索していた。
信政が静かな口調で口を開いた。「緻密な策でありまするな。斎藤方の出陣まではこちらの思う壺でござるが、最後まで乗っかってくれればよいが・・・・一歩、誤てば大打撃を喰らう、大きな賭けにござるな。・・・」
信政の言葉は、ほぼ全員の意に叶い、誰もが「う~ん・・・・」と横一文字に口を結んだ。その時、弟の高喜が声を上げた。「わしは此度の戦法は、兄者、いや御屋形様の初陣の策の折を思い出していた。あの折も、仁箇山に陣取り、瓢箪陣を作って敵をおびき寄せたのだ。
御屋形様の戦術は、周りの地の利や人の心の彩を読み込んだ技ぞ。その都度、臨機応変に順ずる謂わば自然応法よ。此度も御屋形様にお任せいたそうぞ。皆の衆。」
「自然応法とな。喜高殿は、上手い事を云うものだ。のう、信政。」と常満が信政に顔を向けた。信政は「・・・・」無言のまま苦笑いをして、高喜を見た。
「いや、実を云えば、わしの言葉でなく、御屋形様の受け売りで云ったまでの事。御屋形様がわしは自然の流れの中で、戦に臨むと以前、わしに云われた事を表現したまででござる。・・・・」と云いながら頭を掻いた。。
高喜達の会話を聞きながら、俊高が付加えた。「斎藤氏との戦い、主戦はまだ後になろう。我らの騎馬隊が、黒江軍団に対抗するのに、後2年は必定。それまで、時を稼ぎたい。それが、わしの願いじゃ。」
「それならば、無闇に動かず、様子を見られるのが、上策と思われますが・・・・」と勘定方で、まだ30になったばかりの遠藤佳臣が、慎重論を述べた。
「それは、出来ぬな。斎藤方は我らが黒江騎馬団を恐れて、対抗の為の騎馬軍団を強化している事を知っておる故な。
白根城や鵜ノ森城を強固にして、必ず攻めて来よう。我らが出てくれば、黒江騎馬軍団で叩けば良いのだからな。」と俊高が云えば、一同は俊高が立てた策が、ある意味で今が一番理に適っている事が判って来ていた。
「御屋形様、やりましょうぞ!! 我らは一体にござる。御屋形様の下知の元、如何なる戦も成してみせましょうぞ!!」と笹川常満が力強く発すると、一同大きく頷いて参議は決まった。