≪第三八話≫ No.40-Ⅱ
≪第三八話≫ No.40-Ⅱ
戦の勝敗は、敵の弱い部分と反対に強い所が突き所である事を俊高は孫子の兵法に限らず、本能的に知っていた。敵が数倍多い時は、その数の多さが仇となる。兵力に差が有ると自然に将兵共に油断となり易い。また、児玉監物の様な卓越的な策士がいれば、皆が彼に頼り切るし、又、彼自身も自信過剰に成って、策に溺れる事然りである。
天神山城を攻めた時も、難攻不落の城自身が盲点となり、城方は隙を作ったので有る。此度の戦の鍵は、敵も味方も知っている黒江軍団の存在である。これが、戦の勝敗を分ける大きい鍵で有り、分岐点であるのだ。
しかし、この度 俊高が立てた策は、敵の優位な所を匠に利用するが、しかしその機会は、ほんの一瞬を突いて敵の中心部を叩く戦略で有る為に、有る意味に於いて磐石の準備が必要で有り、狙いが狂えば味方が大打撃を受ける怖れがある、言わば大博打でも有るのだ。
先ず手始めの白根城攻めは、其れなりに事を成した。白根城攻めは、こちら側が時間稼ぎと思わせる策でもあったので、次は三条勢が我が領内に出兵してくれれば、計略の7割りは、遂げた事に成るのだが・・・・と俊高は考えを巡らしていた。
ほぼこの地方の米の刈り入れが終った9月27日、朱鷺の権坐と疾風の透太親子が、夜も深けた子の刻にいつもの鈴の音と共に忍んできた。
俊高は祈念の間で、斎藤勢との合戦の仕様をここ数日夜深けまで、思案していたので、鈴の音が聞こえると、二人を部屋に入れた。権坐は虚無僧姿で、透太は木こりの姿で、膝まづいた。
「親子二人で来るのは、久しぶりだの。二人共、忙しそうだな。」と丸で人ごとの様に話して俊高は、自分で微笑した。
「いえ、何、 私共の主が、人使いが荒いもので苦労致しまする。」と透太が澄まし顔で答えたので、三人は声を殺して笑った。
「どちらから先に話すか?」と二人に俊高が尋ねると、権坐が「私目が先にご報告致しまする。・・・斎藤方の動向を鷹の目と探っておりましたが、間違い無く、戦支度を致しておりまする。それも可成りの人数が動く様で、兵糧や弓矢の準備が始っておりまする。一両日には、出兵すると思われまする。」
「おお、そうか!!それは吉報ぞ。」と俊高が膝を打って喜びを表したので、権坐親子は思わず顔を見合わせた。それを見て「良いのだ。わしは、斎藤勢の出兵を待っていたのだ。透太、お主の報告を聞こうぞ。」
疾風の透太は己が命じられた任を報告した。「主命により、児玉監物の動向を探っておりましたが、・・・」
「おお、監物の居住まいは見つかったか⁈ 透太。」「はい。探り出しました。」「うん、何処に居たか?」と次の吉報に俊高は、顔を崩した。
「国上山の中腹に小さな庵を造って住まいとしておりまする。」「うっ、監物は一人で居たか?」「いえ、月沙めと云う忍びの者と暮らしておりまする。」「ほう、そうか。」
「どうやら、この忍びの者に一命を助けられた様にございます。監物は、あの戦の後、深手を負い、暫し動けなかった様でございまする。今でも、片方の脚を引きながら歩んでおります。」
「動向はどうか?」「はい、決まって5日毎に三条の白木屋に行って半日を過しまする。」「誰かと会っているのか?」「いえ、私目が張っている折は、誰とも会っておりません。月沙めが向いに来ると宿屋を後にして、庵に帰りまする。」「ふ〜ん。そうか。」
「お屋形様、私目は児玉監物を切りとうございます。頭から、命を受けた時は、耳を疑いまいた。探していた敵の軍師、散々痛い目に会わされ申した。お屋形様も、大切な重臣やご家来衆を殺されたではありませぬか。我らも、頭の片腕で有り、俺の兄貴分でもあった石目が殺られました。一言、お命じになれば、直ぐにでも撃って彼奴の首をお持ち致しまする。」