≪第三五話≫ No.37-Ⅱ
≪第三五話≫ No.37-Ⅱ
勝重と呼ばれた斎藤家【黒騎隊】騎馬隊長・黒江勝重は、当主の座に一礼をして、話始めた。「身共は、今月20日に、栃尾城主・五十嵐信親の手勢1200が、国境を再び脅かした為、命を受けて手勢500を連れて上ノ山支城に赴きましたが、五十嵐方は2度程攻め寄せると2里程後退し、待時した後、二日前に退陣致しましたので、城兵200と我が隊200を残して我らも帰還致した所存。
栃尾の狙いは、何時でも隙あらば攻め寄せるぞと云う牽制で有ったと思われまする。」
「恐らくそうであろうな。」と黒江勝重の言葉に、義政は頷いた。「勝重、稲島の騎馬隊をどう観る。」義政の問いに勝重は、少し俯いて言葉を選んで慎重に答えた。
「義興様のお話では、稲島軍の騎馬隊は、可成り隊列が取れ、騎馬の動きも細やかで有り、昨年の我が黒騎隊との戰に破れてその後、陸奥・相馬辺りの調教師と馬を呼んでこの半年、平沢平で、訓練を重ねた様で有りまする。
まだ、実戦を観ておりませぬ故、正しくは言えませぬが短期ながらも、良く揃えたかと思えまする。されど騎馬軍団は、歩兵と違い、戦場の戦仕様により、瞬時に隊を入れ替わらねば成りませんので、一朝一夕には行きませぬ。身共も今日まで、20年掛かり申した。」
「ならば、まだ其方の軍団に対抗するのは、時が掛かるな。勝重!」「はっ、御意にござる。大殿!」
「されば、此度の戦模様を良く吟味せねばなるまいぞ。義兼殿。」ここで義政はまた暫く沈黙した。
「これより、稲島合戦の評定を進める。芳時、評定を進めよ。」「はっ、お館様。されば、此度の稲島勢の動き、いかなる策と見られるか、忌憚無き御意見を伺いたい。田上行政殿、如何か?」
田上行政は田上城主で、斎藤家とは姻戚関係を保ってきた言わば外戚の譜代であった。小柄ながらガッチリとした風体で言葉に力を込めて喋った。 「わしの推察は、白根城を落しめ我が方と新津殿との分断に有ると観ておりまする。本来、稲島俊高は先度の戦に勝ち、直ぐ様白根城を攻略したかったに相違ござらん。それを大殿の策により、白根城を先に占領され、また天神山城の反乱も有り、更に黒江殿の騎馬軍団に叩かれた事も有って、今までの勝ち戦を帳消しとされて、ここで武功を立てて、家臣団に威光を示したい思いが有ったと見ております。
奇才と呼ばれてもまだ、22才の若輩者、ここはじっくりと構えて、攻めて来るのであれば叩けば良いと思われまする」田上行政は、厳つい顔に似合わず立て板に水の如く、持論を捲し立てた。
「大場殿は、如何に観ておられるか?」と石田芳時が、實春を指した。小顔で40を越えている割には、清素な面立ちで余り表情を表に出さない様な實春が、今回の大役に少し頬を赤らめて、話し出した。
「私共 秋葉家一党は、長者原城の戦に稲島俊高と正に雌雄を決して戦い申した。あの戦で多くを失い手痛い負け戦を味わい申した。身共の実父も撃たれ、名だたる武将を数多く失い申した。
されど、稲島俊高と云う男、まだ身共如きでは掴めぬが事実でござる。
此度の動きも、真意はまだ掴めず田上殿が云われた如く、我が秋葉家と斎藤家を分断する狙いが大きいかと思われまするが、それだけで、勢力の差がまだ大きいこの時に、然程の数でも無く修復中とは言え、果敢に攻め込んで来る背後の狙いが有る様に思えておりまする。」
「その狙いとは、如何なる事とお考えか?」と義兼が覗く様に聞く。「・・・・しかと断言出来ませねが、周到な罠を仕掛ける様な・・・・」
「罠とな⁈どんな罠か?」義兼は重ねて聞いた。
「まだ、身共にも推察出来申さんが・・・俊高の今までの戦振りを観ておりますれば、2重3重と策を巡らして来ております故。」
義興が、凛とした声で話しをし出した。「わしは今の情勢から観て、俊高は間違いなく、時を稼いでいると観る。昨年の籠城戦でかなりの兵力と財を失って間がない。先日の戦も白根城攻略にしてはあっさりと退陣した。
確かに、わしも思わぬ奇襲に多少の狼狽があって、敵に翻弄されたが、實春殿が云われた如く、城落しにしては兵が少なすぎる。
今、俊高が一番の願いは、我が黒騎隊に対抗すべき騎馬軍団の育成に有るはず。しかし、黒江も先程申した様に一朝一夕では、我が騎馬軍団には、勝てまいぞ。しからば、黒江軍団がいない折を利用し、稲島軍の騎馬隊が、其れなりの力が有る様を我らに見せ付けたかったと云う俊高の小賢しい戦略じゃとわしは観た。
俊高の狙いは、今一時 時を稼いで軍備を整える事じゃ。わしは、初めからこの戦、稲島が力を蓄えぬ内に、叩くべしと申しておる。俊高が出てこねば、一つづつ敵の城を落して行けば良いのだ。また、それが今の俊高にとり、一番嫌な戦法で有るはず。大殿!如何がでしょうか?」評定の采果を仰ぐ様に義興は、義政に采配を願った。