6 異世界という事実
この話は主人公がこの世界を観察中のため展開は遅いです。
あれ……?ここはどこだろう……?
理性は深い闇の中でまたイレギュラーな場所にいる感覚に襲われた。しかし、今は記憶が一時的に喪失、ということはない。ちゃんと多代崎の前から成仏したところまで覚えている。成仏とはこんな感覚なんだと初めてかつ最後?に知った。手術の際に使う麻酔を打たれて目を閉じれば、もう意識が消えて時間があっという間に過ぎ、目が覚めるとそこは自分の病室という過程。今の状況はそれと大差ないと思う。
忘れていた……。みんなにも刻印が刻まれている。私は交通事故で死んだ。もし、あれが死亡原因で成り立っているのなら……。
考えたくない。多代崎が自殺なんて……。想像するだけで辛い。でも自分は幽霊で病室にいた多代崎を目撃している。あの精神状態ならおかしくない。自分の後を追って……。あれは死因じゃない。絶対に。でも、もしもそれが本当になったら……。
多代崎は本当は自分に好意を持っていたという結論に至ることになる。だとすれば自分の死は彼の精神に大ダメージを与えたことは必至だ。考え過ぎかな?というより……。
この場所がどこなのか把握しないと、安心して考え事も出来るかどうかも不鮮明だ。てっきり天国か地獄に着いてすぐに何かされるかと予想していたが案外暗闇の状態が続く。それにしては長過ぎるけど。死んだ事実に変わりはない。
あれ……。そう言えば私、何で目を閉じているんだろう?瞼が重い……。だからいつまで経っても目の前が真っ暗だったんだ。それにこの感覚……倒れているの?重力の方向が背中を向いている。
おかしい。理性は目を見開いた。目覚めたばかりでぼやけた視界に映ったのは高くそびえ立つ木々。更に先にあるのは夜の大地を照らす青白い月。自分が元いた世界のものとは違う。掌には柔らかい土と生い茂る雑草が当たってくすぐったい。耳を澄ませば様々な虫、動物の鳴き声が聞こえてくる。狼の遠吠えも遠くでしたが、特に目立つのは蛙。水場が近くにあるのだろう。しかし鳴き声は初めて聴く独特のリズム感を持つ。
ここは……森の中?理性は倒れたまま、そう思った。でも、ここは天国だろうと地獄だろうと異世界には変わりない。これからはこの世界が自分のいるべき世界になる。元いた世界に、帰る場所は失われた。
右手を上げて刻印を再び見つめ返してみる。別段驚くものではない。当たり前な内容。事実は裏切らない。
008
Traffic accident
Completed
完了という宣告。もうこれも変わらないんだね……。少し何か変化を期待していたが見当違いだったようだ。他の刻印は私の交通事故より酷くない筈。
その決定的な違いは死と生の差。
理性は腹筋に力を入れて上半身を起こした。そこでようやく初めて自分の立つ世界を水平から眺められるようになった。目を凝らして倒れていた周りを見渡す。
森は日本風とも西洋風ともいえるような木々が並ぶものだった。例を挙げると針葉樹の杉があると思えば、隣にはヤシの木が生えているといった具合に混在する状態。中にはそこら中に幹を放射状に伸ばすおかしなもの(元いた世界にあったとしても知らない)、その反対の生え方をするもの、直立した幹から黄緑のツタが直接飛び出して本体の木に巻き付いて白の斑点がついた黒い花を咲かせるものもある。挙げればきりがない。ごちゃごちゃなことは確かだけど。雑草は割愛。
理性は周囲の世界をまじまじと観察した。地図などないから場所など何の話?っという認識で取り敢えず行動する。
まずは泉が近くにあったのでここを拠点として調べるようにしよう……。と湿気満載の泉へと近づく。夏の風物詩と一緒についてくる嫌なもの……蚊がいないこと、温度が丁度いいことから今の場所の季節は春だと思われる。夏だったらそこら中刺されまくられて目覚めた筈だから。
泉は大体10×20m程の大きさだった。水面は自分のいた街とは比べるにはあまりに透き通る清らかさだ。水深が浅いので底が見え、中にいるメダカっぽい小魚が泳いでいるのが分かった。水面には浮草が生えて一部を覆い、泉から顔を出す石にはびっしりと緑色の苔がくっつく。ちなみにさっきから鳴く蛙はそこにちょこんと居座ってこちらをじっと見つめている。その色はアマガエルに近い。
ここはとんでもなく自然たっぷりないいところ……過ぎる。理性の街は田舎としても街だから村のようにすぐ傍に森はない。そのため人のギャップより、こっちの方が新鮮っぽい感じ。
はぁ~。理性は眺めるのに飽きてその場にしゃがんで水面に映る自分の姿を何気なく目を落とした。そこには当然の如く自分の落ち込んだ表情が覗く。服装は死んだ時そのままの状態を保っていた。
死んだという実感が湧かない……。天国とか地獄とか本で読んだような世界に連れていかれると考えて事実を受け入れたけど今はそのどちらにも当てはまらない。
考えうる可能性は一つ。天国、地獄以外の異世界に転移した、ということ。
原因はちゃんと私の腕の中に刻まれている。多分この刻印のせい。一度死を体験するのは許し難いが、もう終わった話。それに刻印がまだ残ることは転生ではなくいわば生と死の間の宙ぶらりんな立場に立っている。
理性にとっては苦痛に思えた。友達との死別を自分の病室でさせられ、夢を砕かれ、何もかも失ったというのにどうして運命は自分を生かそうとするのか。このままずっと悲しみにどっぷりと浸かりながら一人で生きろといっているの!!
理性は怒り地面に添えていた右手で土を抉り取った。そんなの……理不尽過ぎるよ……。それくらいなら死んだ方がマシ……。
そう思い、泉の中へ入水自殺を図ろうと足を前へ踏み出そうとした。もう一度死んだら今度こそ天国か地獄に行ける筈……。
“そんなことで諦めるのか?”
ふと、多代崎の声が頭の中に響きその足が止まる。そんなこと?この武器一つで壊された理不尽な事実がそんなことで片付けられるの?
「ふざけないで!!」
今この場にいない多代崎に向かって叫んだ。生きている身の上でそんな偉そうな言葉をかけるな!!感情のコントロールができずに暴走した。しかし頭の中の言葉はまだ続く。容赦なく。
“まだ可能性はある。刻印と異世界の意味を考えよ”
聞こえたのは知らない人の声。声は低く、年配の男性のもの。はるか上からこちらを見下ろすようなその声は理性の感情をそこで押し留め、理性を働かせた。喚く理性に対して怒りを露に説教している感覚。もしくは呆れて嘲笑うかのような感覚と両方に聞き取れる言い文だ。
誰……?
理性は知らない存在に恐怖感を覚えながらも冷静に心の中に問いただした。自分に尋ねるのはおかしいが、実際に声の主は自分の心の中にいる。刻印と異世界の意味ってどういうこと?可能性って?疑問符に思考が埋め尽くされる。
“自分で考えよ”
答えたのはそれきりだった。
以降は何度も聞き返すも返事がなかった。周りの音に溶け込んで聞こえたからただの幻聴だろうか?でも明らかに意味がこめられている。多代崎の言葉を補佐するように。
異世界と刻印の意味、可能性……。改めて今いる世界を見渡した。さっき見た景色と何ら変わりないが、よく注意してみると泉から離れたところの雑草群の中に小さく光る存在があることを発見した。月の光で見分けがつかなかったのだ。
不思議とそれに惹かれ無意識に立ち上がり、そこに近づいていく。
そこには炎のように発光する紫色の斑点がついた青い花が咲いていた。どういう仕組みかはわからないが、乱雑に生える雑草群の中で一際ひとつだけ発光することが神秘的に見える。自然が生み出す明かりはほのかに周囲を照らす。
綺麗……。目の前まで近づいて観察した彼女は思わずそんな言葉を呟いた。異世界だから何があっても不思議じゃないよね。
何があっても不思議じゃない。なら刻印だってもしかして……。
それ思い付いたとき、小さな希望だと初めは鼻で笑った。この世界にみんながいる可能性を。思えば自分で推理したじゃない。二行目は原因だと。共通が死因ではなく、この世界に送られる原因だとしたら?
今の幻聴はそれを言いたかったんだ、と勝手に解釈した。本で異世界ものを読んだ時もそうだ。異世界には無限大の可能性を秘めている……と自分で思った。だからファンタジー系が好きで憧れ読みふけった。
ここまで理解できたのは奇しくも現代で溝が深かったギャップのお陰だろう。何かに特化することがここで報われた。
信じてみよう。その希望を。また多代崎達に会えるのなら努力を厭わない!!
理性はその花を優しく摘み取った。これも無意識。やってしまった……。と後悔するもこれだって事実は変えられない。できるのはこれからのこと。
とにかく今できることをしよう。右手に未だ光る花。を持ち、左手で拳を握りしめて決意を露にした、が……。
ググゥゥゥ……。
いきなりその雰囲気をぶち壊しにする音が理性のお腹から響いた。どうしてこんな時に限って……。抗議するのなら仕方ない。でもタイミングが悪過ぎる。強い決意が……削がれていく。これが現実かぁ。だけどこれも笑えることじゃないけど。
理性はため息をつく。今できることが唐突に決まった。つまり食料確保。しかしこれは最初にしては重要な難関だった。腹が減っては戦はできぬ、とことわざではよく言ったものだ。
三度目の観察。二度目までは鑑賞。だけど辺りは森だらけ。故に人影などない。道すらその手掛かり……ゼロ。あったとして泉のミネラルウォーター……。これはDrinkか。でも取り敢えず水分補給しておこう。なんだかんだでよく旅人が水不足で行き倒れなんてこの世界ならあり得そう。
理性は泉の水に両手を伸ばしてすくおうとしたが、手が止まった。
大丈夫だろうか?こんな天然過ぎる水を私が口にして。現代なら飲む行為は無謀と映る。それこそ取水場から浄水場で……はぁ~想像するのが疲れる。段階を踏んで浄化された水を飲んでいた。果たしてここの水は綺麗か?
ここでまたプツリと理性が切れる。ええい!!飲んでしまえ。そんな贅沢いってられるか!!死活問題に安全もクソもない!!!
理性は目をつむって思いきって泉の水をゴクリと飲んだ。無論味などない。ただの水だ。ミネラルウォーターである。栄養なんて考えない。生きることだけを第一に。……一度死んだけど。
存分に喉を潤し、忘れず決意した拍子に抜いてしまった絶滅危惧種らしい花(他に同じ花を見かけないから)に水をやって(ただの自己満足。そのうち枯れる)立ち上がった。腹一杯を飲んで空腹を紛らわしても意味はあるのか知らないが。
とにかく、人を見つけないと……探す前に倒れる。
森への進入歴0年の理性は泉の場所を覚えておきながら水分補給場所をあとにしてどこまで続くか不鮮明の深い森に踏み込んだ。
あの二人目の幻聴……。あれは本当に誰だったんだろう……?異世界は何があっても不思議じゃないなら声の主は人間じゃない……?発想が飛び過ぎかな?でも無限大の可能性なら会えるかも。
なるべく更新の間を狭める努力をしていますがどうしても一日で小説を書けないのが現状です。