34 検索
少し固有名詞があるのでそこには補足単語を入れています。また、よく読むと小さな発見があるかもしれません。
作者はこの情報屋で色々な意味で迷子になっていました。
年越し蕎麦は美味じゃ!! by 白庄 天海
「それにしても……この膨大な資料、一体どこから集めているの?」
理性は本棚から該当する書物がないか、梯子で上段の本の背文字を見てランプを片手に端から調べながら真下にいるラウネンに尋ねた。真下といっても、彼は床にいるため姿が小さく見える。
「だいたいは人が見聞きした話、または情報屋の構成員が独自に調べた調査記録だよ。まぁ中には国家の書庫からくすねた資料も混ざっているけど」
彼は真下で反対側の本棚から調べているが、その検索のペースはやはり情報屋の関係者ということで自分より倍だった。持ち前の経験からどれが要るかどうか知っているようだ。
「ねぇ、ラウネン」
ふとある疑問が浮かんだ。
「何?」
「ソルークはこのことを知っていたの?あなたが……」
私にはこのことを秘密にしていた。いきなりこの世界に来た人間だから仕方ないとも言えるが、なら親には明かしているのか?
「知らないよ。最後まで話さなかった」
さして理性はもう驚かない。もしかすると、という予測の範囲内だった。
「情報屋の素性は無闇に明かすのは避けるべき……だから?」
「そう。それが例え自分の親だとしてもね」
最後の言葉は少しだけ重かった。それには自分の素性の秘匿を強いられたことに対する辛さ、親に真実を話すことがかなわなかった後悔が含まれている。どんな嘘でもやはり最後には明かしたい。自分だって……。
「どうして情報屋に入ったの?その……きっかけは」
次々と彼に対する疑問点が浮かび、理性は更に深く追求しようとする。理由は……単に気になるから。
「理性、ちゃんと調べてよ。そういった質問は後で答えるから。夜までにスクレーンのいる宿屋へ帰らないと」
ここでラウネンは釘を刺した。そうなって自分がいつの間にか資料をめくる手が止まっていることに気付く。話に頭がいって情報屋での本題を疎かにしていたようだ。
「あっ……ごめん。つい……」
いけない。そう思い、軽く右の掌でパチンと自分の頬を叩いて自らに喝を入れると集中力を込めて検索を再開する。
「もうここからは私語厳禁。さっさと調べて引き上げるよ」
自分の下にいるラウネンも本気モードに入ったのか、そう宣言するとさっきよりもページをめくる音が早く、また本や紙を出し入れする音の間隔が短く聞こえてきた。どうしたらそんなに効率良く調べられるのか、非常に気になる。
理性も彼同様気を取り直して検索を開始した。今目を通していた本は関係が薄かったので少し読んだところで本棚に戻した。
ラウネンには仲間についての情報はまず、本名と容姿、性格(自分で見たところの)、傾向(主に白庄対象)を教えた。かなり特異な点である死神道具については、教えたいとは思ったが真実を明かす訳にもいかず、ただそれぞれ特定の武器を持っているとだけ伝えた。
これは自分なりの妥協である。綱渡りのような決断だが、一番見つかりやすい特徴を秘匿していては手がかりが見つからなくなってしまう。
理性はもう一度本棚の背を凝視する。ここはクロモスクの場所だ。どれも百科事典の如く分厚い。見えた本の題名は以下の通り。
クロモスク情勢記録総覧 1675年(今年であり、暦はこの世界で換算)
クロモスク情勢記録 表取引の項目 1675年
クロモスク情勢記録 裏取引の項目 1675年
クロモスク情勢記録 犯罪の項目 1675年
……
まずは近くから……ということで理性はクロモスク周辺での情報に目を通した。恐らく多代崎達が何年も前に現れていたとかの時間軸のズレはないだろう。そう見込んで二人の捜索範囲は今年で、しかもここ最近の出来事だけに集中して調べた。
しかし、情報は最新だからこそ少なかった。世界は広い。だから情報の発信源がクロモスクから遠ざかっていくにつれて最新が一ヶ月前、世界の果てぐらいの場所だと平気で一年前の日付がついていた。
この世界での情勢など……と言いたいが、もしかしたら彼らがあの特殊能力を生かし、目立っている可能性もあるので一応調べる。初めに総覧から調べよう……。
クロモスク調査記録総覧 3月45日(一ヶ月は60日らしい&昨日の記録)
収集地点:クロモスク支部
未確認情報 0件
表取引 35712件(推定)詳細は表取引の項目 …ページへ
裏取引 7件 詳細は裏取引の項目 …ページへ
犯罪件数 12件 詳細は犯罪の項目 …ページへ
人間関係変化 107件 詳細は人脈の項目 …ページへ
物損 23件 詳細は物損の項目 …ページへ
人口変化 324人 詳細は人口変化の項目 …ページへ
………
細かい……。
総覧に綴じられたレポートを見て最初にそう思った。まるで警察の取り締まりの記録簿(実際に見たことはない)のようだ。そこで人口変化が気になったため“クロモスク情勢記録 人口変化の項目”を手に取る。
クロモスク調査記録 人口変化の項目 3月45日 流入人数 324人
詳細(推定も含む)
収集地点:クロモスク支部
責任者:アウトン・クロノット
クトッカ・シムナル 詳細はマルガナ情勢記録 人脈の項目 …ページへ
サムウェル・シグマ 詳細はソルケット情勢記録 人脈の項目 …ページへ
ライザート・スバイル(偽名の可能性)詳細はクロモスク情勢記録 正体不明人物の項目 …ページへ
カイナ・エベッシン 詳細はペレニード情勢記録 人脈の項目 …ページへ
ランデス・ヒーストライト(偽名の可能性)以下同文 …ページへ
……
これだけ見れば誰がどこで、何を、どうしたのかさえ判ってしまうだろう。一日に一体どれだけの情報を集め、管理しているのか……。今は人が少ないが、動いている人数は並ではないはず。ラウネンもその一人。
結局人口変化の項目にそれらしい名前はなかった。当たり前か。異世界転移者だから。だから正体不明人物総覧の項を探る。情報屋だから容易には誤魔化すことは出来ないはず。恐らくはこの中に……。
クロモスク調査記録 正体不明人物の項目 3月45日付 クロモスク 総計4人
収集地点:クロモスク支部
責任者:アウトン・クロノット
・ライザート・スバイル(有力情報なし)
・ランデス・ヒーストライト(有力情報なし)
・ヒルクラット・ソナー(有力情報なし)
・ミタケ・コガワラ(有力情報なし)
……
「……!!」
思わず驚いて固まってしまう。これは昨日の記録だ。真下で白紙にされている今日の項目にはここにはっきりと自分の名前が並べられているだろう。そして昨日の時点でここに日本名の正体不明人物がいた。しかも堂々と本名を使って。(理性の仮説として、ここに記されるのは一度でもクロモスクで名前を言えば人を介して知られるのではないか、というものが浮かんだ)
ミタケ・コガワラ。実際にはコガワラ・ミタケであろう人物。この世界でこんな名前を持つ人物などそういない。つまり、消去法で考えれば自分と同じ異世界転移者の可能性が非常に高いのだ。ここに有雪の証言を入れれば相手が”死神”ということもあり得る。
「……」
それを裏付けるものはある。さっき、情報屋に入る前に理性は殺気を感じた。しかもはっきりと。それを思い出すと段々推測が受け入れがたい事実に結びついていきそうな予感がし、背中が冷たくなる。
まさか……アレがそうじゃないわよね?
昼のラーメンを作った異世界転移者の類ならまだいい。だが死神道具を持つ異世界転移者なら有雪同様に戦いを求め、自分に襲い掛かってくる。そうなれば必然的に……。
「あっ……理性。また手が止まってるよ」
血の気が半ば引きかけたタイミングで、何も知らないラウネンが指摘する。梯子の下からなのでこちらの顔面蒼白な顔は逆行になって見えない。それが幸運なのか不幸なのか……。
「ひっ……!!」
一方で理性は彼の声に驚き、思わず息を呑んでしまった。言い忘れていたがここは地下である。またランプが主流のこの世界に蛍光灯のような明るさを期待してはいけない。若干ホラーハウスに近い明るさだから不気味さは抜群だった。
「大丈夫?」
あまりに大きなリアクションをした理性に対し、ラウネンは至って冷静に彼女に心配の言葉を掛ける。今度は驚く反応を見せるので尚更である。
「だ……大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけ」
「考え事のようにはとても見えないけど……」
彼の追及の言葉に理性はヒヤッとしてどう嘘をつこうかと模索したが、どうやらそれは独り言としての言葉だったらしく、しばらく黙ると再び調べるときの音が聞こえてきた。
危ない……。
この件に至ってはもうラウネンは関わって欲しくないし関わらせることも出来ない。自分で確かめ、自分で解決策を考えて実行しないと……。そして十分に警戒する必要がある。今日の記録で相手がこの街を出て行ったという報告がない限り。
死神滞在疑惑で悩むのはここまでにして、また本題の仲間探しに戻る。しかし、あの正体不明人物情報の他、これだという情報は皆無だった。見つかる情報はどれもありきたりなものばかり。
つまり、クロモスクには書類上多代崎達はクロモスク周辺にはいないということになる。
「ラウネン、そっちは見つかった?」
クロモスク周辺という大きな枠を調べ終え、休憩を取ろうと梯子を一度下りたついでに彼に尋ねた。流石に梯子の上でずっといるのは肉体的にも精神的にも辛い。ふらついて何メートルも下の硬い石の地面に激突なんてシャレにならない。
「一応炙り出してはいるんだけど……。そっちは?」
「だめ。それらしいものは見つからなかった」
「そっか……。なら理性、これお願い」
そう言って調べる手を止め、本棚の背の上に二、三冊選抜された本を片手で指さした。それらは自分が見ていた情勢記録の他地域版のものだった。
「あれ?見つかったの?」
その資料を目にし、暗く沈んでいた心に明るい光が差したような眼差しでラウネンを見た。
「怪しいと思われるものは一応。あとは君が確かめて」
ラウネンはプロ?らしく、理性にそれだけ言うと更なる情報を集めるためにまた検索を再開する。その読む速さは機械でいうスキャナに近く、情報処理能力は自分を遥かに上回っているのは間違いない。よく見ればさっき調べた始めた最下段の端からもう反対側までに到達している。(ちなみに一つの本棚の長さは10メートル程)
「分かった」
理性は頷くと休憩のつもりで詳細情報の絞り込みと自身の情報との照合を始める。現代の書籍検索方法のないため、頼れるのは自分の目と目標を投げ出さない精神だけだった。絶対にこの世界で生き残っている、という無を信じるような曖昧な精神が。
仲間の情報に当たることを願ってしおりに示された本のページを開いた。そして中身を見て思わず息を呑んでしまう。内容は以下の通り。
スノゲファム調査記録 未確認情報の項 3月32日付 総計2件
収集地点:スノゲファム支部
責任者:ルビア・プルースト
ReportNo.1:
Title:豪雪地帯での害獣討伐を引き受けた謎の人物について
Text:スノゲファムより北の小さな村(約50jwの地点にある)、スペルネラント村は既存調査記録(詳細はスノゲファム調査記録 気候の項目を参照)の通りこの空間スタールテランでも屈指の豪雪地帯であり、日々の食糧さえ鹿などの狩猟と町からの搬入に頼る林業村である。そして毎年売り物の大木ムロを害獣イーベルヒルパス(現代補正*ライオン)に幹を傷つけられる被害が後を絶たない場所でもある。その対策は年々されてはいるが、それでも効果は思わしくない。そんな中、何もない北方より来たという旅人がその駆除を名乗り出た。村民はそんなことは不可能だとすぐに断定したが、その次の日に旅人は例の巨大獣を倒したと称して証拠の首を提示。また討伐された害獣を確認したために真実と判断される。討伐方法は不明。人間の5倍の大きさの害獣を仕留める方法に疑問点があるため、彼の身元を探ると同時に魔法討伐の可能性を含め調査を開始する。
情報解析難度:S
証拠数ランク:X
不可解事項ランク:A
現在ある証拠:呼び名はショウ。
「翔……」
理性は久しぶりにその名前を呟いた。頭の中の記憶が急速に遡り、自分が元の世界にいたときのことを思い出す。本人と断定されたわけではないが、恐らくは病院で別れた多代崎 翔本人だと思う。いや、思いたい。彼は困った人に対しては自身のことを顧みず助けに向かう性格だから。どんな状況だろうと……。
だが、この資料が提供されたスノゲファムという場所はクロモスクから海を越えた遠く、辺境の土地らしい。例えるなら日本とアメリカ。
それでもいい。生きてさえいれば可能性は決してゼロにはならない。これは希望の情報の一つだ。
たった一つ。だがその一つは大きい。
ようやく他の主要登場人物パートが執筆出来るきっかけの文章を投稿することができました。
感想、意見があれば可能な限りお答えするつもりです。また、今年も宜しくお願いします。
ということで話を始めようか。 by 多代崎 翔




