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前科 交通事故の死神   作者: エントラル
第2章 物語はゆっくりと動き出す
20/54

17 狩猟

昔の住民の方が優秀なのだろうか?by 多代崎 翔

それから20分後……。ラウネンと理性は外の母屋の前に立っていた。


理性は昨日着替えた服装を変えず(元々動きやすいという理由から)、手にはボウガンと小刀(サバイバルナイフと言っても良い)。


一方でラウネンは藍色や茶色の服装に身を包んで森に紛れ易いようにしている。手には弓矢。背中に大量の矢が入った矢筒。そして腰には刀身一メートル以上の剣を下げ戦闘態勢万全を期していて理性は驚く。


「その……重武装は何?」


「これくらいの用意がないと狩りなんて成功しない」


さっきとは違い、厳しい口調で言う。本気で自分のことを心配しているのが分かった。


「それより、君が考えた方法って何か教えて欲しい」


その質問に理性は口をつぐんだ。言えない。あの不思議な力を。明らかに世界の常識から外れている。


「それは……言えないわ。どうしても」


「秘策は最後まで隠して結果だけを見せるつもりか?」


「そういうこと」


両腕を後ろに組んではっきりと答える。


「……分かった。なら行くぞ」


いつもより真剣そうな目付きに変わり、ラウネンが先頭に立って家の門を開けて外の大地に足を踏み入れる。理性はその後に続いた。


頼んだよ。私の刻印……。


理性は右肘に刻まれた刻印の大鎌を左手で擦りながら心の内で呟いた。


家には既に帰ってきた父親の為に“理性と一緒に狩猟に出掛けています。範囲は次の通りです。”と簡略した地図を書いて範囲を示しておいた。


しかし、その地図は後に別の人物が目撃し、別の用途に使われることになった。





森の中に入ってから約2時間後……。二人は未だこれといった獲物に会えずにたださ迷っていた。周囲の音に耳を澄まして足音を、視覚では地面についた足跡を探した。しかし足跡が見つかるが肝心の本体が発見出来ない。そうして時間だけが過ぎていった。


理性は何度か彼の目を盗んで、大鎌を出そうとしたがすぐに離れていることに気づいてこちらに戻って来てしまう。


「理性、さっきから行動がおかしいぞ。一体何を考えているの?」


何度か試しているうちに疑われ始めた。故意であると段々思い、尋ねてくる。


「それは……距離を離した方が獲物が見つかり易いかなって……」


「駄目だよ。僕ならまだしも理性が一人で行動したらすぐに迷う。一応この辺は僕のテリトリーだとしても」


ラウネンは頑として譲らないらしい。確かに今だって東西南北の方向感覚が狂っている。この世界の地図を目にしても修正できていない。その原因は森にある。


理性は頭上を見上げた。森の中からは上空に浮かぶ白い雲どころか、太陽光すら木々によって遮断されて断片のみだけしか見えない。何故なら森の木が普通よりも高く、目測で約5階建ての建物に相当するからだ。おかげで地面に生える雑草は少なく、断片的な日光を奪い合っていて、後は大地に伸ばした大木の根がほとんどを占めている。


こんな場所で獲物が見つかるの?時間の経過はラウネンの信用の方へ注目が向かう。安全を重視して閑散とした場所を選んだのでは?と疑問が浮かぶ。


「ねぇ、休憩しない?」


「良いけど……どうして?」


「獲物が見つからないから……。このままだと体力を消耗するだけだと思うんだけど」


“獲物が見つからない”という言葉に少年はビクッと反応して一瞬だけ沈黙してしまったがすぐに立ち直る。


「……分かったよ。ならあそこの木の根元で休憩するか」


ラウネンは約100メートル先の他よりも際立って成長したせいで周りに日光が降り注ぐ大木を指した。


「じゃあ、その後は交代制にして休憩しながら続行しよう。効率が上がると思うから」


「君はどうしても一人になりたいのか」


こっちの意図を見透かしていると言いたいのか釘を刺してきた。


「悪い?」


敢えて鋭い視線で睨みつけてみた。いわゆるその反応でこれから一人になりたいときに使えるかどうかの実験として。


「うっ……。そんなに気に触るのか……。ごめん、言及して悪かったよ」


自分の表情なんて判らないが少なくともラウネンを気圧してしまう程の怖い目を見せつけたらしく、問題の大木に着くと縮こまってしまった。


「一人でどうしてもやってみたいの。だからお願い」


今の実験にはごめんなさい、と心の中で謝罪しながら純粋に頼み込んだ。


「……はい。そんなにやりたいならどうぞ。でも、あまり遠くに行かないで。それに……人食い系の動物には気をつけてよ。僕でも手こずる相手だから」


私はその人食い系に一度勝っているんです。と自慢したいが、正体を看破されかねないので止めておく。まぁ、あんな目に遭うのはもうごめんだけどね。


ラウネンは大木の根元に腰掛けて座ると、剣を隣に一緒に立て掛けた。そして弓は手元で握る。


「じゃあ、君の秘策で捕獲をよろしく。期待してるから。ちなみに交代は大体1時間くらいでよろしく」


「1時間って……」


長い……。1時間この森の中を歩き、標的を探し続けると。でもそれくらい必要か、とプラス思考に考える。


「どうかした?もっと時間が欲しいの?」


「1時間で十分よ」


2時間以上だったら途中で諦めそう……。と未来のモチベーションを想像して即行でその提案を断った。


「じゃあよろしく頼むよ。君が森の中を奔走している間にこっちは体力を回復させてるからね」


「分かったわ」


私だって……何も出来ない駄目人間とは思われたくない。助けてもらうだけじゃなくて、こっちからも……。と密かに闘魂を燃やしていた。


「残酷なことをもう一度言うけど狩猟ってそんな簡単に出来るものじゃないから」


「警告は一度でいいわ。そんなこと百も承知よ。モチベーション下げないで」


理性はボウガンを手に獣道を睨む。この森の中にどんな動物がいるのか……。


「じゃあ行くわ」


ラウネンに背中を向けてそう言うと静かに歩いて森の中に消えて行った。しかしヤル気だけは剥き出しで。


「あれで本当に大丈夫かな?勢いが竜頭蛇尾にならないといいけど……」





「この辺りでいいよね」


理性はラウネンから約100メートル程離れた木の陰に寄りかかって周囲の様子を確かめ、考えていたことを実行に移した。


ボウガンを地面に置き、シャツの袖口近くの刻印に目をやってちゃんと大鎌のマークに手を当てる。刻印の文字はそのまま変わらず、交通事故で死んだ前科が今も刻まれている。


(出てきてよ……。私の大鎌……)


右手を軽く開け、目を閉じて強い意思で念じた。超能力者のスプーン曲げと同じ要領で。魔法があるならそうやったって……。


右肘にヒリヒリとした痒い感覚がして、それが徐々に強くなる。恐らくこれが……。


目を開けると久しぶりの黒い光が右手を包み込んだ。どす黒い不気味な光は明るい時だとかなり目立つ。まるで光を吸い込んでいるみたいだ。


そして漆黒の光が塊になって大鎌を形成し、あらかじめ開いていた理性の右手にすっぽりと収まった。


ここまで10秒。この前はもっと早かったような気がする。今は気持ちに余裕があるから、つまりはメンタルに影響しているのかな?


「さて……と」


理性は独り言を呟きながら異常に軽い大鎌をブンブン振り回す。持ちごたえは悪くない。ただ身体が鈍っているので妙に動きが納得いかない。


この大鎌……。ふと疑問になってそれを下に下ろした。全てが漆黒に染まった大鎌は太陽の光を暗く反射する。刃が綺麗に磨かれているのか自分の顔が見えた。


一体これの正体は何なの?鎌をゆらゆらと動かして様々な角度から観察する。この武器のせいで自分は刻印を身体に刻まれ、異世界に無理矢理送られた。しかも交通事故という定められたきっかけで。そしてあの能力……。

人食い狼を一撃で仕留めたあの不可解な力。狼の身体を一閃した時に正体不明の中身を切り裂いて絶命させたあの感覚……。


その瞬間がフラッシュバックしてきて理性は小さく身震いした。あれは戦うとかそんな次元じゃない。まるで一方的に虐殺したような理不尽な作業に等しい。これじゃ……本当に死神みたいな……。


頭を激しく降ってネガティブな思考を打ち消した。そして大鎌を肩に掛けて前だけを見据える。今は……出来ることをするだけ!!


理性は自分を殺した元凶であり、現在は頼みの綱としているそれを手に(片手にはボウガン。流石に忘れない)狩猟を開始する。


基本は静かに行動して周囲の音と目で確かめながら獲物を探すらしい。なので理性もラウネンのやり方に習った。


しかし未来世代故に視覚聴覚では劣る(視力だって聴力だってラウネンは確実にAランクだろう)ので苦労は付き物だった。


例を挙げればすぐそこにいた小鳥の存在に気付かなかったり(保護色のせい)、鳴く虫を足で踏み潰してしまったり(数が多くて聞き分け出来ないから)ときりがない。


そして何より……。40分後……。


「肝心の獲物が見つからない……」


これは一番辛い現実だった。ラウネンの懸念は残念ながら的中した。いくら元気があっても見つけなければ意味がない。つまりは狩猟というものは辛抱強さ、忍耐力、気の長い性格の人が出来ることである。


理性は未来世代。すぐに食糧が手に入るのが当たり前かつ便利が定着してしまった世代。そんな料理の材料を一から自分で調達などやらない。だから……。


(何か生きるっていう意味が解りそうな……これだと倫理寄りの悟りが開けるわね)


水筒の水で水分補給して挫けずに再開。あと10分……。脳裏にやっぱりな、と呆れ顔をするラウネンが映る。


折角大鎌出して出番を今か今かと粘ってみたけど……無駄骨だったのかな?と諦めかけてラウネンの待つ大木に戻ろうとした。


ガサッ。


「!!」


背後で草を踏み潰す大きな音。とっさに振り返ると10メートル先の木の陰から現れたのは茶色い体毛にグレーの斑模様の鹿。体長は一メートルといったところか。


いた。私の獲物……。


嬉しさにブルーの瞳を大きく目を見開く。一方で相手はいきなり敵が現れて黒目を同じく見開く。そして踵を返して逃走開始。


逃がさないわよ!!


理性もボウガンの矢を乱射して追跡を開始する。しかし矢は簡単には当たらない。知らぬ間矢は尽きる。


だからボウガンを棄てて大鎌片手に走る。するとあり得ない現象が起こった。


今まで野生の鹿の脚力には敵わずに距離を離されていたのに急に足が速くなった。いや、実際地面を蹴って跳ぶように走っている。


何なのコレ……?と当然疑問が沸くが後回しにして目の前の獲物に集中する。


みるみる距離が狭まってきて鹿の後ろ姿を捉え、次にはあと1メートルにまで迫った。


私の一撃を食らいなさい!!


心の中で咆哮し、大鎌を構えて右手一本で鹿の身体を一閃する。目標は完全に捉えていてもう逃げられない。あとは……。


また一撃で血もなく絶命するだろう、と理性は考えあの嫌な感覚を覚悟した。


しかし、結果は予想を大きく裏切った。


ザンッ。ブシャァ!!


グロテスクな音と一緒に鹿の首がスパッと吹き飛び、頭を失った身体が力なく倒れた。そして赤い血飛沫がべっとりと理性にかかる。


えっ……?


理性は立ち止まり、予想外のことに思考が停止してしまう。目の前には首のない鹿の死骸があった。


そんな……あの時みたいになる筈じゃ……。あり得ない、こんな……。



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


返り血を浴びた理性は身体を震わせ、理性を失い悲鳴を上げた。

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