2 ギャップ集団
第一話はプロローグのつもりで書いたので短かったかもしれませんが、ここから出来るだけ長くいきます。
荒杉は坂追と何気ない会話を繰り返して学校の門を一緒にくぐると二人はそれぞれの意志に従って自然と別れた。これは私達が作った決まりである。ギャップによってお互いが意見対立するのを避ける為だ。坂追と別れた理性は教室に入ると自分の机に突っ伏す。ちなみに朝のストーカーは同じクラス向こうには何かすることが存在するのかここにいない。理性はミイラ化した精神を潤そうと目を閉じた。
しばらくして暗い視界の向こうから声が掛けられる。そして目の前の椅子に座る音。
「お早う」
古典の教科書本文にでそうな挨拶が聞こえる。もう誰かは確定。こんな違和感のある挨拶をする人間はただ一人しかいない。
「おはよう、白庄」
一方で荒杉は現代語で返答。
「そのげっそり感、また例のアウトレンジ男のせい?」
目を開けて顔を上げるとそこには黒髪中髪で紫の瞳孔の女子生徒。彼女の名前は白庄 天海。彼女ともギャップが存在する。
「ご明察です。多分一キロ程後ろから追われてた。日常茶飯事とはいえ、夏休みまで元気だとは。予想外よ」
伏せた頭を横に降ってげっそり感をアピールする。慣れていても、正直精神が付いていけないのだ。
「あさましきこと。されど、その光景いと面白し」
片手を口元に当ててフフッと小さく笑う。紫式部と並んで笑っても違和感がない笑い方だ。こいつの世界観はどうやら二千年は離れてるか、国が違うみたいだ。扇子を持たせればどれ程マッチすることか。
「人の不幸が趣深いって表現するな~!!」
理性は歯を噛みしめて怒った。しかしちゃんと和訳して応酬する。この女とのギャップ、それは言葉遣いに古語又は英語が混ざっていること。どちらかと言えば古語好きか。稀に英語と古語がコラボするらしいがそんな台詞聞いたことがない。しかも使い方が下手である。いちいち考えさせられるから厄介だ。
「そのご様子いと苦しゅう様でありましょう。さしずめ宿題を無理して片付けた成れの果てでしょうに」
「そういうそなたこそ終わりましたの?白庄さん?」
嫌味を込めて理性は古典風の質問をした。
「く…。わたくしめに向かってそのような口振り……くぅぅ」
この言葉は理性に圧倒的アドバンテージが存在することに対する悔しさと返す言葉を古語、英語に変えることに苦悩しているの二つの意味があった。
日本語って難しい……。と荒杉は思う。
「悔しかったら貴方も宿題をさっさと7月中に終わらせれば良かったのに。フッ……私の勝ちね」
勝ち誇った顔を白庄に見せた。それを人は嫌味という。
白庄は話の墓穴を掘り、勝手に自滅して言い返すことができず、一瞬うつむいたが、せめてもの負け惜しみか理性に言う。
「貴方は早く終わらせたからミイラ化して坂追に追いかけられただけでこの有り様ではないですか。これならむしろ私はこちらで助かりました」
勝った……。理性は心の中でガッツポーズした。しかし…。
「未だに坂追を気にして慣れないとは貴方は本当に順応が遅いお人。情けなし」
不意な箇所を突いてきた。
「何ですって!!」
荒杉は険しい目つきで白庄と額をぶつける。そして本格的に口論戦に持ち込もうと口を開いた時。
「宿題でダウンしたのはともかく、坂追はいつも通りのことだろ?いい加減慣れれば?」
また違う声が後ろから聞こえた。振り返って見ると白髪緑目男子生徒。彼は多代崎 翔。私達のグループ最後の四人目。最もギャップが浅く、でも謎が多い男子。特徴は坂追が目がいい、ならば多代崎は聴力が人間離れしていた。それだけではない。2年間四人で行動してきたが、それでもまだ全てを知らない。
「あれがあいつの個性だ。許容してもいいじゃないか?俺の見解だけど、あいつはただ単にお前とちゃんと話したい一心で遠くから追いかけたんじゃないか?俺ら皆ギャップ持ちの集まりだからそう考えてるかもしれないぞ」
多代崎はため息をついてポンッと私の肩を軽く叩いた。遠慮のないその行動に理性はビクッと体を震わせた。
「なっ……何よ。ギャップっていったってあれは一般常識からして型破り過ぎるのに……」
ドギマギしながら反論する。耐えられずに発した真面目意見。
「俺達のグループは常に常識から外れてる。むしろ新鮮だとは考える気はないのか?確かに一般的に見ればストーカーだが、それが彼なりのスキンシップと見てもいいと思うけど」
多代崎は坂追を擁護して言う。
「もう…。理性は頭がいと硬過ぐるんだから」
白庄は古語の文法を崩壊させ言葉はぐちゃぐちゃだった。ストレートに暴露すると彼女は古語を常には使わない。ただ自分の言葉を古語に置き換えできる部分だけ使う。今回はその失敗例。
「柔軟に対応できる方がどうかしてると思うけど」
理性はふんっと鼻で笑った。
「とりあえず仲間外れ同士、心を広く接して行こうか。このグループが友達関係の最低ラインだから。荒杉、お前は特に。自分の意見を一方的に押し付けるな」
多代崎は荒杉に釘を指して締めくくると二人の元を離れて今朝の自覚なしのストーカー男の席へ歩いていった。一体、坂追に何を話すつもりなのか。
「ねぇ、白庄」
「何用か?」
「一回現代語で話そうか」
白庄はガックリと視線が下を向いたが、むしろ冷静になった。
「そうだね」
自分でもこの振る舞いはおかしいと自覚しているのだ。おふざけの言葉でも普通では理解されないことを。
「多代崎って思いやりがあるよね。私達の中で一番仲間思いで」
理性は多代崎の方を向いて話す。視線の先では多代崎が今朝理性からあまりいい反応がなくて学校に来て早々落ち込む坂追を元気付けようと声を掛けていた。坂追はああ見えてメンタルはデリケートなのだ。
「だってこのグループを作ったの、多代崎だから。ギャップを埋められなくて苦しんでいた私達のことを聞き入れて友達になってくれた。彼は仲間を見捨てない」
白庄は遠くを見るような口調で呟いた。
「私の心が狭いのかな……」
彼らとのやり取りを目の当たりにするとそう思える。事実、このグループの中で友達関係が上手くいかないのは理性自身だから。
「貴方のギャップはとても純粋なものだからね。本当だったら友達がいてもおかしくないのに」
「真面目だけじゃ駄目……だよね……」
苦しそうに呟いた。本当はそれでいい筈なのに正しいとは言えないなんて何か複雑な気分だった。
「駄目じゃないけど今は実力と幅広い人脈が求められる時代だから」
白庄は周りで笑いながら会話を交わす他の生徒に目をやった。会話で交わされる内容はある特定の人物のこと、今のトレンド、過去の話。挙げればきりがない。白庄はただ言葉遣いにこだわりがあるだけ。会話なら古語混じりを使わず自分なりに集めたトレンド情報を提示すれば会話の輪の中に入れる。
しかし理性は提示できる共通した情報がない。もっと言えばコミュニケーション能力が欠落している。持っている情報は最近のニュース、ライトノベル以外の分厚いファンタジー小説。その他はその場にあるものから即席で作り出す。致命的なのは価値観の隔たり。それらのギャップはグループ屈指だった。
「でも……私はこのままでいいかな。だって今はこうして仲間がいて、話ができて……。今が一番幸せ」
荒杉は小さく笑う。最低限のものさえ守っていれば何とか自分を保っていられると思う。今まで友達がいなかったからこその発言だった。
しかし白庄はそんな無欲な彼女の答えにため息をついた。
「このグループが友達関係の最低ラインってことを忘れないでよ。私はみんなのギャップを埋めようと頑張ってるんだから」
白庄は私達の集団の中で、常人の考え方トレンド情報の収集と共にこれ以上ギャップを広げないための抑止力を司る役目を持つ。それはみんなで乗り切ることを目的に。
そしてテスト前の着席のチャイムが威勢よく高校内に響き渡った。
「もうテストか…」
会話を途中で打ち切られることを名残惜しく理性は言葉を口にする。
「貴方はいいじゃない。一番辛い時間を楽しむことができるから。荒杉の王道が今日も発動するわね」
白庄は椅子から立ち上がった。
「勉強で私達をサポートしてね」
そう言い残し前の方にある自分の席に戻っていった。
「私の王道か……」
荒杉は家で勉強したテスト範囲内の単語を心の中で暗唱した。一時限は英語。いきなりの切り札科目。もはや攻略済み。問題ではない。
しばらくして、教室に先生が入ってきた。騒がしかった生徒が一瞬にして静まり、個々の椅子に着席した。教室内に緊張した雰囲気が一気に漂い始めた。
「ではこれより英語のテストを始めるーー」
一時限は難なくクリア。たぶん90点くらいか。
二時限目、国語。本をよく読むからその経験と宿題テキストを攻略したから…。英語と同じくらいかな。
そして三時限目、数学。たとえ真面目優秀な理性でも数学は苦手だった。しかも理系にもかかわらず。思考回路は文系、しかし将来の夢は理系。アンバランスな状態で挑んだところ…。問題は序盤はクリア。
しかし…後方の問題で固まる。何コレ…っと。暗記科目は大丈夫としてそれ以外に弱い。不幸なことに、配点が高い。範囲内の問題は一応解けたが、今回目の前に立ちはだかるはその応用。つまり天敵問題。
御主、図ったな!!うわぁぁぁぁ!!
結果、70点程だと思う。普通の生徒なら満足だろう。しかし勉強しか取り柄のない理性にとっては嘆くレベルである。
キーンコーンカーンコーン……。終わりのチャイムは非情に鳴り響いた。
「テストやめ。ペンを置いて後ろから回収して下さい」
わっ……私の王道が……。
数学のテスト用紙が回収されると朝よりどんよりと机に突っ伏した。今回のテストはこれで終了……。宿題をいち早く出したおかげで先生に誉められたが…。心の中ではムンクの叫び……。
「理性、どうした?」
学生鞄片手に坂追が机の前に立っていた。コンコンと指一本で小さな拳?を作って机上を軽く叩く。余談だが坂追は理系科目なら無敵である。恐らく……。
「おい、元気出せ。今度のテストで巻き返せばいいじゃないか」
朝のストーカーは元気づけようと声をかける。相変わらず自分の行動に疑問を抱いて欲しいと理性は思った。
「そうだよ。気持ちを切り替えていかないと」
白庄は坂追の隣に並んだ。今回は古語混じりで嘲笑うことはしないようだ。
そして最後に肩に手が置かれた感覚。誰の手かは分かっていた。このグループの中で最も私が信頼を置ける人間……。
「勉強に全てを注ぐと俺達にだって溝ができるぞ。たまには羽目を外せ。精神が持たないぞ」
多代崎のその言葉にぐさりと止めを刺されたが、彼らの言葉は正論だ。確かに重みを勉学に置きすぎている。そのせいで友達関係をないがしろにして放置した。普通ならそのまま関係は崩れているだろう。
「わかった……」
調子を落として静かに理性は答える。肩に手を置かれたままだが、気にしない。それでも自分に話し掛けてくれるから。こんなにも我侭な自分に対して……。
言い返せそうもなかった。また理性の本望は友達と楽しく過ごすことなので協調性を意識して答えた。ここで対立する程の抵抗はない。だから理性は顔を上げた。
三人は笑顔だった。普通なら成績の差に嫌気が刺した目をするというのに。自分がこうにも落ち込んでいたからなのか……。
「みんなで帰ろうか」
三人を代表して多代崎が優しい声で言った。それは許容であり、心の広さを物語っていた。
自分の為に待ってくれている……。それが理性にとって唯一の幸せである。
その提案に理性も喜んで頷いた。
しかし、ここから全てが崩壊し始める。
学校に行く日はこれで最後だった。
本日二回目の投稿です。一応このメンバーが基本で物語は動きます。ちなみに今彼らのいる世界は現代風です。作者は現代社会の表現は苦手なので内容は薄っぺらかったかもしれません。