14 意外な苦労と情報交換
ソルークの勘違いを正し、今度はラウネンの怒りの制裁が繰り出されると熱血親父は大人しく“程々に”、という言葉を残して外へ行く理由に納得してもらった。つい数時間前の制裁の立場が逆転しているのは見ていた側とするとおかしな気分になるが、子供がそうなら元々の親だってその性格が似るものだ。そう解釈して理性は外へ出る。
「まったく父さんはもう……。何やましいこと想像してんだか」
親の爆弾発言に息子はガックリと肩を落として恥ずかしい、と額に片手を当てた。
「思ったことすぐに口に出すのも限度があるわよね。でもああなればそう思われても……」
恥ずかしくなって言葉を切る。自分だってそんなつもりで頼んだ訳ではない。ただ単にこの世界で暮らすための最低限の生活知識は必須だと見越して理解者のラウネンに説明が欲しかった。ただそれだけの理由なのだ。
「とっ……取り敢えずこの世界でのやり方を説明するね。まずは……」
注)やり方をいちいち説明すると長いのでここは省略します。辞書の通りです。詳細に書けないのでごめんなさい。
ラウネンに一通り教えてもらうとさっさとラウネンを追い払った。流石にこれだけは許さない。というより異性であればどんな世界のどんな時代だって共通だ。
「もっ……もう大丈夫?」
お互いに異性を認識しつつ、相手に対して失礼に値しない言葉でぎこちない会話が続き、精神的に疲れの色が見えてきた。
「おっ……教えてくれてありがとう。後は自分で……でっ……出来るから……もうこっちに来ないでね」
「わかってるよ。じゃあ、さっさと消えるから後はごゆっくり。代わりの服は石垣に置いてあるからそれに着替えてね」
ラウネンはその陽気な言葉とは裏腹に説明に疲れているのか、とぼとぼと母家に歩いていくとこちらを振り向くことなくバタンとドアを閉めてしまった。
そして自分以外に誰もいなくなり一気にシーンと静かになる。虫の鳴き声や近くを流れる小川の流れる音くらいしかしない。
はぁ……。理性はようやく一人になれてひとまず深く息をついた。元の世界で自分は死んでいるのだから、このローカルで時代の古い世界で暮らさなくてはいけないとは自覚している。でも……。
恨めしそうに井戸とその上の汲み上げる装置(名称は知らない)を睨んだ。沐浴ってこの冷たい水で……?快適な現代生活を営んできた彼女には驚きだった。清流であるのは白昼の散歩で確かめれば一目瞭然……なのだが。
温かいシャワーを望んでいた理性には悲しいお知らせ。私の快適の基準が高いだけなんだと知る。まぁ、この世界基準だと家に水を引ける自体快適と言えると思うけど。
そこで、川でするという選択肢があることが思い浮かぶが彼らが川まで歩いていかないのは距離が遠いせいだとすぐに気づいて折角の提案が崩壊する。これも沢山の水が欲しいというワガママ。
仕方ない……。風呂に入らないよりかはマシよね、と言い聞かせる。周りを見渡して自分を覗くような不貞の輩がいないか警戒してから理性は着ている服を脱ぐ。散々宛もなくさ迷ったので服はボロボロ同然だと、手に上着をぶら下げて思い知った。
この服装にも限界がありそうだ。ここに洗濯機があれば……あ、いけない。あっても電気がなかったんだったわ。べしっと自分の頭を殴った。
そうして衣服を脱ぎ捨てて(勿論服は畳む。下着も同じく)素っ裸になるのだが……はっきり言って寒く感じる。山の中で明かりは月光。夏でも涼しい限りだ。風が吹く度身震いする。夏にいる蚊がプーンと飛んでいないのは幸いか。
外で……こんな姿。現代なら公然わいせつ罪で通報ものよ。はぁ……っと自分のプライドが傷つく体験に苦慮する。でもこれがここの生活。慣れないとね……。
井戸を囲む石垣にタオルを濡れない位置に掛ける(着替えの服も考慮)と傍にあるロープ付きの木製のバケツをほいっと井戸の中へ落とし込んだ。直後にはバシャーンという水音。ロープを器用に動かしてバケツにたっぷりと水を入れるとそれを引っ張り上げる。
何コレ……重っ!!理性は想定していない現実にぶち当たった。キリキリと腕に力を込めるが、上がらない。男手なら楽勝クラスのことだと思って思わず理不尽さを呪いたくなるが冷静に考え直す。
農家の女はコレの作業を当たり前にしているはず。男の手を借りずに、しかも自力で上まで……。
なら……この世界に住む女には出来て当然のこと。異世界出身の乙女を舐めるなよコノヤロー!!
理性は渾身の力を振り絞って沐浴という名の試練と格闘した。身体に冷たい水をかけてシャンプーもない中、気持ちよくこの時間を有意義に満喫する為に。結局、リラックスより疲れが高くついたのだが。そして身体は井戸水より熱く逆効果を示していった。
「これは気持ち良かったというのか疲れたというのか……」
しばらく身体を洗うためだけの重労働をし終わるとブツブツと文句を一人で呟きながら汗と水が混ざった身体を丁寧に拭いていた。裸足用の木の台を使って足が汚れるのを防いでいるがそれ自体も汚れていたので、保険として予備の井戸水を足洗い用に残す。
刻印が目に留まるがこれといって変化は見られない。だから放置。
ドライヤー……なし。するとこの長い青髪は自然乾燥……。風邪を引きそうだ。便利な物のない状況にため息がまた出てくる。理性は掛けていた服もう一つの服を着る。
服は何故か自分が着ていたものと同じ青色のシャツ。当然生地は薄く、また年季が入ったものだ。そして珍しく女性用。下着も何故かある。シャツはこれでして……外出用。パジャマ?一体何の話ですか?
沐浴が終わり、井戸に蓋をすると石垣に腰掛けて髪の毛をタオルで傷まない程度に拭く。自然乾燥を早めるためだ。そうして何気なく頭上に広がる夜空を見上げると動かしていた手が止まった。
うわっ……。その光景に絶句する。何故なら夜空には言葉では説明出来ない程に美しい星空が広がっていたからだ。目の前には天の川だからテンションが上がる。星座は世界が違うから何もかもが初見だ。
こんなに鮮明な空は大気汚染されたあの世界からはまず見られないだろう。便利さと引き換えに失った景色ともいうべきか……。自然の美しさに惚れる時間に少しばかり浸った。
「おかえり。気持ち良かったかな?」
母家に戻るとお茶の入ったコップ片手に読書にふけるソルークに唐突に尋ねられた。事情は伝えていないので日常的な意味で。
「はい、ありがとうございます」
理性はそう返事をするとその向かいにいるラウネンの隣に座った。するとすかさず彼は小声で自分に聞いてくる。
「大丈夫だった?」
「想像してたものとは違ったわ。はっきり言って疲れた。特に井戸水の汲み上げが……」
「やっぱり?」
彼はこうなると悟っていたようだった。でも手伝うとかは言えなかった理由は分かる。
「でも良い経験になったわ」
理性は疲れた顔で精一杯の笑みをラウネンに向けて答えた。本当はあんな労働、キツい以外の何者でもないと暴露したいが。
「教えてくれてありがとう」
「君が感謝することじゃないよ」
二人の間の会話弾んだ。理解者の有無で立場の緊張感がまるで違う。異世界だけども安心出来る。
「何かお前達仲良いい感じだな。やっぱり外で……」
「「違います!!」」
即答されソルークは縮こまり、すいませんと二人に謝ってきた。本日二回目の反撃。
このエロ親父と思うのはラウネンも同じだろう。親がそうなら子も……まさかね。
「取り敢えず私は寝るぞ。ベッドは1つしかないからそこは二人で考えて。朝早く出かけるからラウネン、その子をまた頼むぞ」
「了解でーす」
ソルークはそう言い残すと一人部屋の扉を開けて中に入ってそのまま静かになった。
ラウネンは本人には悪いが、本当の会話を妨げる人が消えたことに一息つくと理性に声を掛けた。
「僕らも寝るか。夜更かしは体調を崩すからね」
「そうね。そうしましょう」
理性も頷いた。
二人は居間のランプの火を持っていく。ソルークの言い文とは反対側のラウネンの寝室で寝ることを意味する。別段やましい方面での意味を持ってではない。
「あ~今日も疲れたな」
ラウネンはたぶんいつも通り木製のベッドにダイブしギシギシ音を立てて枕に身体を寄せるが、反対に理性はかなりの抵抗があった。ベッドが広いとはいえ、同じベッドでしかも男女で……想像したくもない。
ベッドに入らずその場に直立したまま、固まっていた。そして一人頭をブンッと振る。考え過ぎ、っていうか踏み込み過ぎよ!!
「あれ、理性はまだ寝ないの?」
ラウネンは不思議そうに入るのを躊躇う彼女に尋ねた。彼には異性としての自覚がないのか、自分に対して魅力を感じないのか……。
いずれにしろ、自分よりまともな捉え方に就寝ごときで動揺していた理性は自分の過剰反応が馬鹿らしく見えて脱力した。
「いや……別にそういう訳じゃ……」
「そんな気にする必要はないよ。ベッドが一つしかないから仕方ない。僕はそう考えているだけだから」
彼の言うことに嘘はないようだ。それを確認してからいそいそとだがベッドの広さを利用して距離をかなりとり、布団(タオルケットもどきとも言える)を被った。
「そう言えばあなたのお母さん、見かけないけどどうしてなの?」
理性はふとここにきてから持っていた疑問をラウネンに尋ねた。四六時中母親が家にいないのはおかしい。家事で常駐するのはどの世界でも共通では?と思う。
ラウネンの表情が曇った。まるで辛い記憶を呼び覚ますように。
「1年前に死んだ。農作業中にドラゴンに襲われて……」
「えっ、ドラゴンに……?」
「そうだよ」
理性の脳裏に浮かんだのは自分が人食い狼に襲われた時に助けてくれた白竜ラウェンドのことだった。この世界の竜に対するイメージは優しいと考えていたがこの事実に心が揺らぐ。
「どうして殺されたの?」
「彼らに理由があると思う?突然にやって来て突然母の命を奪って去った。あいつらはただのけだものだ」
その怒りは説得するだけでは納まらないと分かる。ここでラウェンドのことを話しても聞く耳を持たなさそうだった。だから口をつぐんだ。余談だがこの服は恐らく死んだ母のものだと理性は事情から理解した。
そして彼の右手が拳を作る。
「いつか必ず仇をとってやる。そして絶滅させてやる!!」
「ラウネン……」
竜を退治したい。その強い意志は自分がこれまで持ってきたものとは比べ物にならない。むしろひ弱に感じるくらいに。
「でも、魔法が使えるための才能がないから夢のままだけどね」
すぐに落ち込むが、その方がいい……。彼が竜に対して怒り狂う姿は見たくない。怒りをラウェンドのような優しい竜に向けて欲しくない。理性はあくまで平和を突き通す考えを持った。
「この世界には魔法が存在するの?」
理性は暗い話題を変えようと彼が何気なく使う魔法という単語に飛び付いた。スルー出来ない非科学的な力。本の中でしか知らない憧れのもの。
「それだと君の世界に魔法が存在しないような言い方だね」
「事実存在しないわ。あり得ない空想の力とされているの」
しかし彼は異世界についてもう冷静に受け止めているため、驚かない。
「なら教えてあげる。僕が知っていることは少ないけど……。それより……」
視線を上げて自分に向けてきた。行く末を心配するように。
「君のいた世界について教えて欲しい。何を知っていて何が分からないのか。そのギャップを埋めたい。この先行き当たりばったりだと誤魔化すにも限界がある。魔法についてはいつでも話す。でも今は……」
異世界の情報。少なくとも100年以上差がある技術格差や価値観。ラウネンには理解し難い部分があるだろう。
「あなたには到底理解できないものもあるのよ。それでもいい?」
その問いにラウネンは微笑する。
「だって異世界でしょ。何があっても不思議じゃない」
彼の言葉を聞いて緊張が和らいだ理性は自分の持つ故郷の世界について話し始めた。
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