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前科 交通事故の死神   作者: エントラル
第一章 異世界に順応すること
12/54

11 パルゴン オルフ村

夏はいと暑し……。by 白庄 天海

あれ……?


理性は自分が椅子に座り、机に突っ伏して昼寝していたことに気づき、顔をあげる。日はすっかり登って、カーテン越しに眩しい太陽光が降り注ぐ。目の前をよく見れば散らかったパン屑、骨になった肉、そして飲み残しの井戸水……。


これは……食べ過ぎたかな?


自分のお腹に手を当ててみた。かなり膨らんで肥満体型?っぽくなっている。現代の人が目撃したら暴飲暴食に見られるだろうなぁ~とさっきまで野獣化した食欲本能を思い出し、憎らしく自分を責める。


でも、これで食料問題は解決した。あとはここからどうしようかということ。はっきり言って、ラウネンのあの言葉は完全にお見通しと仮定すれば釘を刺されたという形である。


出て行こうとは考えたが、目の前の食べた跡に目をやるとそれを踏み留まってしまう。このままここからいなくなれば私はただの食い逃げの少女というレッテルを貼られることになる。これだと自分を助けてくれたラウネンや両親の優しさを踏みにじるに等しい。


ここは……留まるべきね。


理性は自分を制した。自分の考えが自己中心的だと思い知る。心配されて助けてくれたのに、さらに迷惑をかけるのは自分としても許せない。


ということで、椅子から立ち上がって今度こそラウネンがいなくなったこと、空腹が満たされたことでこの世界の生活を観察することに決めた。食器は流し台らしき陶器の大きな窪みの近くの台にまとめて置いておく。勿論骨をその中に入れて。


部屋の中はさっき見たがはっきりと近づいて眺めていなかったので理性は部屋のあちこちを観察し回った。


赤煉瓦の暖炉。初見なので手で触れ、中から煙突の出口を覗いた。灰が貯まって咳き込んだのは迂闊だった。


石材の洗面器……など現代では博物館で大切に保管されるだろう古代の生活用品を1つ1つじっくりと見入った。どれも自分にとっては珍しいので嬉しくなる。博物館を占拠したような優越感に浸った。


さらには日本なら銃刀法違反で捕まるだろう本物の剣を持とうと考えたが壁掛けから持ち上げた時点でずっしりと重く、例えるならばバーベル並で自力では無理だと現実の差を思い知った。これなら自分の黒い大鎌の重さの方が断然軽い。


家の中を存分に探検し終わると理性は最も期待を膨らませる少年が出ていった玄関のドアノブに手を掛けた。一体、この世界の村とはどういうものかとあれこれ想像した。最初は深い森の中で目覚め、不安に駆られてさ迷ったのが原因でまともに考える暇もなかったからだ。


この世界の景色はどんな感じ……?


理性はゆっくりドアを開け、開いた隙間から控えめに外を覗いた。外から涼しい風が入り彼女の長い青髪が靡く。


うわっ……。


思わず声を漏らした。開かれてまず目の前に現れたのは遥かに広がる広葉樹林とあちこちに点在する木造家屋群だった。そして見上げれば距離はあるが明らかに高さが常軌を逸したエベレスト……ではなく、むしろそれを裕に越えて頂上が雲に隠れるまさに天空に届くにふさわしい山がそびえ立っていた。高さのせいか、見える限りの上部は夏なのに雪で覆われていた。


景色でもう圧倒されたが、すぐに規模を絞り村スケールに戻す。


今自分のいる場所は小さな丘の上に建っていてオルフ村の大体の構図を把握することができた。予想はしていたが昔のやり方であった地形に沿って村が形成されているので、理性には新鮮な感覚だ。


村は幾つもの丘をまとめ、地理の教科書の知識から散村の部類に属すると見える。丘と丘の間には村を貫く河川が流れ、川沿いに水車が建つ。恐らくはあれから日々の水を得ているはず……。


理性はもっとこの世界のことを知りたいという欲求に駆られた。ワールドギャップはあるが、埋めなければ生きてはいけない。


後ろを振り返って玄関の扉をしっかりと閉める。見とれてうっかり忘れそうだった。ちなみに南京錠らしきものがないかと探したが、見当たらず鍵穴すらない。


それから迷っても大丈夫なように家の外観と近くの目印を決めて、頭の中に叩き込んだ。自分勝手に動いて彼らに心配をかけるのは避けたいからだ。勿論書き置きも……と考えたが、紙とペンの場所はドコ?ということで断念した。


まっいいか。すぐに戻れば。と軽い気持ちで敬遠する。


全ての不安要素を自分の見る限りで排除し終わると家を背に向け、目の前の道を踏みしめて世界調査を開始した。







歩いて10分……。見えたのは木々の間を利用した延々と続く木製の柵。牧場だと気づくのは簡単だった。しかし肝心の家畜がいない。放牧中?それに何故森の中に柵を?普通草原とかに置くものだろ!!!とツッコミを入れたくなる。


とにかく得られる情報はなさそうだから無視して次に進むことにする。家から全体を目撃したので、別段どこに何があるかは表面上理解したつもりでいる。ただ、未整備(現代的見方)の道を途中で熊とかの遭遇に内心びくびくしながら歩き、他の民家を横切ってあることに違和感を覚えてしまう。


絶望的に人と擦れ違うどころかラウネン以外の人すら会わない。他人の民家に何の用もなく立ち入るのは怪しまれるので門の外から眺めるが人が住んでいる痕跡はあるのに、気配がしない。


理性はおかしいと思ったが、ここの住人が家を留守にする理由はラウネンと共通だからと解釈して思考をそらす。深く考えたって自分は異世界転移者である以上、明確な答えは闇の中から出ないから。


その他、民家を何軒か通り過ぎるが人気はやはりない。唯一あったとすれば20代の母親が赤ん坊を抱いて敷地を歩く光景だけだ。どうやらこの世界では本当に幼い子供以外は農業に従事するのが当たり前らしい。だとすれば自分は既に働かなければおかしい歳……。


昔の社会は大変よね……。


と、自分だけ蚊帳の外みたいな発言を呟くもののその自分は昔の社会にいる。これではまだ自分は読書している人の発言となんら変わらない。


何言ってんだか、私……。


結局ため息が漏れる。


そこからは愚直を自分で言っては答えるという周りからは痛いであろう独り言が続いた。

更に10分後。今度は家からは小さく見えた川にたどり着いた。ここまで何キロ?とげっそりした疑問が浮かぶ。見た距離と実際の距離の違いに理性は打ちのめされた。そして嘘みたいに森と川以外何もない村にも……。探検したのが間違いだった。


川には……えっと?ありきたりな物onlyだからいちいち説明が面倒ということで余分な情報は省く。取り敢えず、深い藍の岩の崖<白い小石が大量に転がる河原が川に沿って存在していた。川の流れは直線かつ緩やかで川幅は五メートル程である。上流下流に目をやれば緩やかなカーブを描いて森の木々に隠れている。


はぁ……。


理性は白い小石の散乱した河原の先から目の前の川面を見下ろして考える。少なくともこれ以上の探検は期待出来ないことからここで終点にしよう、と区切りをつけた。加えて足の筋肉が張っていたのが原因でもある。


やっぱり田舎はこんなものよね。


面白い発見が大都市のように明確なものなら、と過剰な期待をしたのが失敗で自然に疎い自分を情けなく思った。


結局、川を泳ぐ川魚をただぼんやりと右往左往するのを眺めて“現実を認識する時間”と題し、時間を潰すことに決めた。


目を閉じ、耳を傾けて周囲の音にリラックスして聴いてみる。やはり人の少ない地域なのか恐ろしい程静かだった。一応、すぐそこは川だから完全に……とは断言出来ないけど。山鳥のさえずり声が地味に反響するので和むどころか逆に怖くなる。


あのラウネンっていう少年。一体今何をしてるのかな?家に置いてきぼりにされて暇を弄ぶ理性は気になった。農作業していることは明白だけど……。

この辺は森の中だし、こんな場所に畑なんて……。


理性は橋を跨いだ先の続く道を望む。切り開かれず薄暗い森の中に吸い込まれていくその光景は探求心をくすぐる。けど……だからといって体力の限界には到底かなわない。


ここで出来ること、ここで出来ること……。鎌を振り回すのは気が引ける。しかし、その他周囲には何もない。あるのは石、木の枝、枯れ葉、水……。

魚は泳いでいるが絶対に自分の知る魚ではない。鰻だって電気を放つ奴がいる。しかも自分はバラエティー番組のネタで目撃するまでそれを知らなかった。だからむやみやたらと動くのは……。


「あれ?こんなところで何をやってるの?」


背後で突然、声が聞こえた。そしてぬっと人の影が自分の影を呑み込む。


「わっ!!!」


当然、理性はびびって小さく悲鳴を上げる。ボーッとしていた精神が一気に研ぎ澄まされて背筋が冷たくなる。だがそれでいて後ろを振り返った。


そこに立っていたのはさっき猛ダッシュで家から走り去ったラウネンだった。肩には鍬を背負っていかにも農家の子らしさが際立つ。しかし、加えて腰に弓矢を下げているので思わず首を捻る。狩猟……?


「……?どうかした?」


「いえ……」


かぶりを振って何ともないことをアピールして悟られないようにする。


「何だ……ラウネンだったのね」


理性は、あはは……と片手で首を掻いて苦笑いした。気配に気が付かなかった。ボーッとし過ぎね私……。


「それより理性はこんなところで何やってるの?家にいてって言ったのに」


「りっ……理性!!?」


ぼっと顔が真っ赤に染まった。理由は言うまでもない。彼に下の名前で呼ばれるなんて予想外だった。会って間もない彼相手からだと恥ずかしくなる。家族や友達関係は例外として。まぁ多代崎は……除いて。


「あれ……顔が赤いよ。そんなに名前呼ばれるのが苦手なの?さっきは普通でいたのに」


下の名前で呼ぶことに何の抵抗を感じない少年は理性の反応にきょとんとする。むしろ、それが当たり前だとでも知らしめる振る舞いでこちらを見ている。


「えっと……どうして名字を使わなかったのかでこっちは驚いたんだけど」


「へぇ……君の世界だと名字で名前を呼ぶのが普通なんだね」


ラウネンは鍬を下ろし、腕組みして自分の言葉を呑み込もうとする。そして何か引っ掛かったのかすぐに質問する。


「それって紛らわしいね。家族もそうならみんな同じ名前で呼ぶから、誰が誰だか分からないよ。それに名字同名だったら更に……」


「違う違う!!!」


理性は手を横に振って否定した。このままだと誤解されそうなのでここは少年の口を封じ込め、自分のターンに無理矢理引き戻す。


「家族は流石に例外よ。それに仲のいい友達ならちゃんと下の名前で呼ぶわ」


「何か曖昧な線引きだね。いっそのこと僕らみたいにすれば楽なのに」


少年はため息をついた。恐らくは話が上手く噛み合わないことに対してだと理性は推測しワールドギャップに改めて嫌気がした。


「まぁいっか。それより話を戻すけど君はどうしてこんなところにいるの?」


これ以上深入りするとはまりそうと思われて唐突に話題を変えられた。


「ちょっと……この辺りがどうなっているかを探検しようかなって」


「理性って……あっ、ごめん荒杉だったね」


「もう理性で呼んでいいわ。あっちの世界の決まりなんだから」


理性は話を続けて、と無言で促した。そんなことを話していると終わりなど見えないから。


「勝手にこの辺りをうろつくのは危ないよ。良かった。父さんが君の面倒みるようにってとっさに戻してくれて」


ラウネンはホッと胸を撫で下ろした。そして理性に向かって右手を差し出す。その次の一言は何か何故か予想出来た。多分自分の本の読み過ぎのせいだろう。


「そんなに知りたいのなら僕が案内するよ。でも、先ずは家に帰ってからだけど」


理性は明らかに迷惑かけたようね、と自分の軽率な行動を責めるのだった。

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