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前科 交通事故の死神   作者: エントラル
第一章 異世界に順応すること
11/54

10 ワールドギャップ

少年が全力で家から飛び出してから体内時計で五分後。理性は退屈になって家の中を探検しようと決意し、ベッドから降りようと両足をベッドから下ろす。が、そのまさに最悪のタイミングでさっきの少年が再び今度は息を切らし、扉を開けて帰ってきた。


そのあまりの突然の帰還にビクッと身体が震え上がる過剰反応し、今までの行動を巻き戻して本能的に痕跡を消してしまった。


「大丈夫だった?」


少年は弾丸帰宅など怯むことなく、すぐさま質問をぶつけた。ここで少年の話している言語が日本語であることに気付くが、白竜の事例を体験すると当然だと思えてくる。だからスルー。


理性は頷く。どうしても声が出ない。故意ではない。ただの緊張のせいだった。


この世界では人と初対面という理由からどう接したらいいのか、それ以前にこの世界とのギャップはどれ程かけ離れているかで緊張する。しかも理性は元々、初対面に弱く人見知りが激しい。だから話し掛ける勇気は半端なものとは遥かに違った。


「そうか……。良かった(本日二回目の重複言葉)……」


ラウネンは傍にあった木製の椅子をテーブルから引っ張ってきて、理性の腰掛けるベッドから少し離れて向かい合わせに座る。


しばらくの沈黙の時間が流れた……。少年の方もどう話せばいいのか迷っている。理性は何とか会話をしようと自分から話を切りだそうとした。


「「あの……」」


偶然にも二人の言葉が重なった。すぐに両者共に目を伏せる。少年はどうやらまたしても一方通行に話すつもりだったらしい。


「ごめん……」


少年は震えた声で謝る。緊張しているのは向こうも同じように見えた。だが理性とは対称的に積極的なところが違う。


「あなたは……?」


間をおいてから理性は話掛けた。


「ああ……ええと……僕の名前はラウネン。ジルアロン家の一人息子です………えっと名字はジルアロンだから」


ラウネンは自分から目を反らしてベッドの隣にある木製の洋服タンスに視線を集中している。直接アイコンタクトをとるのが苦手らしい。


「私は……荒杉 理性って言います」


理性の方も自己紹介した。相手の名前は西洋人のような名前。自分のような東洋人とは対照的だ。ラウネン・ジルアロン……。外国渡航経験はゼロなので自分はそのままいつも通りに名乗ることにする。


「アラスギ……リセイ……」


少年は名前を反復し、そして黙り込む。その反応になにかおかしいことを言ったのではないかとこちらは困ってしまった。


「変わった名前だね……。じゃあ名字が……リセイってこと?」


理性はあっ、しまった……と思った。ここは日本ではない。名乗り方からして名字が逆順であるらしかった。だからすぐさま訂正して説明したので誤解は免れた。


「変わった人だね……名乗り方を間違えるなんて……」


初歩的な間違いなのか笑われるどころか反対に不思議そうに見られた。仕方ない、今の私は世間知らずなのだから。


「ここは……どこ?」


雰囲気が比較的緩んできたところで、今疑問に思っていることを唐突に質問した。少なくともここは人里ならその場所の固有名称はあるはず。


「そうだね……君は行き倒れだからここがどこだか分からないか。えっと……ここはパルゴン地方のオルフ村だよ。知ってる?」


少年は丁寧に現在地を教えてくれたが、だからといってこの世界の地理に無知な理性には解らず、聞いた単語を覚えようと暗唱を繰り返すしかなかった。


パルゴン地方……、オルフ村……。冒険物のゲームに出てきても遜色ないネーミングだった。しかしこれはゲームではない。現実であり、ゲームオーバーとか生易しいルールなどと気楽な気分で過ごせる状況とは天と地との差がある。実際のゲーマーが来たらどう反応するのか……。それは実例がないから謎のままだけど。


「大丈夫……?ずっと黙ったままで」


少年は沈黙の長さに心配してきた。知っているだろうと思われていたようだ。


「……ごめんなさい。分からないわ」


理性は年下の少年に正直に答えた。下手に嘘をついて誤魔化したら後で困るのは他でもない、自分だから。それに嘘をつくのは自分のプライドとして許せない。


自分のそのお手上げ宣言とも言うべき発言に、ラウネンの顔が固まる。あり得ない、という言葉が表情に現れている。それはそうだろう。大きな地方の名前で言って理解出来ないのだから。自分の世界で言えば日本を知らないに等しい。


「パルゴンを知らない……!?それって……どういうこと?」


理性は口を閉ざした。説明のしようがない。本当にこの世界のことを竜の存在以外知らないから。もしかしたら他のものですら、こちらではないかもしないから猶更。


「じっ……じゃあ君はどこからきたの?」


納得いかないのかさらに言及してきた。混乱して思ったことをそのままにぶつけてくる。かなり困惑したような顔をしていた。


異世界から来た、と言って信じてくれるだろうか?真実を話すことを躊躇った。ラウェンドと話した時は彼自身が自分の心の中を読み取ったから明かす必要がなかった。つまり彼の能力がなければ黙っているつもりでいた。でも……話すべきだよね。


「私は……こことは違う世界から来たの」


「異世界から……!!」


予想外の答えとカミングアウトにラウネンは緑色の瞳が見開かれ、椅子から立ち上がってしまう。それはラウェンドの反応と同一だったし、イレギュラー過ぎる発言なので理解され難いのは想定範囲内。問題はこの後の対応にある。


「だから……何も知らないの……。この世界のこと……」


ラウネンは俯き、自分の話を静かに聴いていた。恐らく世にも珍しい異世界転移者の存在を受け止めようとしているのは目に見えた。


「そんな常識外れの話……いきなり聞かされても……。僕には理解できない。でも……」


伏せられた顔が上げられる。明らかに表情が険しい。そうなるのも無理はない。逆の立場でも自分は同じ反応を返すだろう。


「何となくそれが真実に聞こえる……。それに……それはつまり……君には帰る場所がないってことだよね?」


白竜に尋ねられた質問と同じ言葉が再び自分に向けられた。それに対して正直に答える。見たところ、そんなに悪い少年には見えなさそうだから。良し悪しは一目で分かる。


「そうね。私には帰る場所がない。それどころか、一日を生きることすらままならない一人の人間ね」


自分はこの世界を何一つ知らない。また、生きていく為の手段すら分からない。そんな人を誰が助けるだろうか?この村も恐らくは自分の食糧で精一杯の生活をしているだろう。自分はお荷物でしかない。理性はそう思っていた。しかし、現実はちょっと違った。


「行く宛がないのなら……ここに住んでもいいよ。異世界のことは……受け止めた訳じゃないけど」


「えっ……いいの?」


理性はポカンとして思わず言った。


小説でよくある心の広い性格の登場人物が口にする優しい発言。読者からすればいい展開だと思われがちだけど、リアルに言われるとその……あまりに都合が良すぎて裏に何か企んでいるかと疑ってしまう。甘い話には裏があるとよく元の世界では言われてたものだ。


「何も解らずに困っていた人を目の前で見捨てると思う?」


強い意志の籠った目で見られた。助けようとする優しさ。うっすらと彼の姿が多代崎の姿と重なった。クラスの雰囲気に馴染めずに孤立して図書室に入り浸っては憂鬱な気分でいた自分に声を掛けてくれたあの時と同じ。


「本当に……いいの……?あなた……唐突に言ったけど、その……相談した?両親に」


理性は一つ気がかりになってふと尋ねた。一人暮らしならいいが、ここには親が住んでいるとさっきの独り言から分かる。その親の許可なしでは泊ることすら、不可能だ。


「あっ……(汗)」


少年は左手を首筋に当ててうーんと唸る。後先考えることを忘れていたらしかった。


「というより……農作業は?」


「げっ……(冷や汗)」


少年の顔が真っ青になる。何だか自分が彼を追い詰めている気がして申し訳なく思った。


「やっぱり……」


ないよね。こんなうまい話……。理性はため息をついた。現実はそんなに甘くない。


「だっ……大丈夫。ちゃんと話をつけてあげるから、うん」


ラウネンは動揺しながら椅子から立ち上がって理性に背を向けた。農作業をサボるのは流石に駄目らしい。


「でも、荒杉さん……」


敬語で初めてラウネンは自分の名前を呼んでくれた。理性は呼ばれた名前にはっとして息を詰まらせる。


「僕らが帰るまでは、どこにも……いかないでね。この家の中なら、村の中から出なければ安全だから」


少年の声にはある種の不安な感情が混ざっていた。


だから理性は今、自分がすぐにここから立ち去ろうと考えていた。ここに居候するには家庭的に不可能だろう、ということを見越して。だから今の心の入った言葉はその意志を大きく揺るがせた。


「じゃあ……夕方まで待っていてね。お腹空いたら台所に食べ物があるから探せば見つかるよ」


そう言い残し、ラウネンはすぐ真横の壁に掛かった日除けの茶色い皮帽子をついでに掴んで外に飛び出して行った。


直後、何かにぶつかってガラガラと荷物の山らしき物が崩れた感じの音が壁を隔てて盛大に響いたのはその数秒後のこと。






しばらくすると物音がなくなり静寂が周囲を包み込んだ。時折、山鳥や鴉の鳴き声がするだけしかしない。


理性はベッドの上でうずくまり、掛けられた布団をたぐり寄せてカーテンで暗い部屋の中で一人考えた。


これから……どうしよう……。帰り方、帰る場所、目的。全てが虚無だった。私は交通事故で一度死んだ身。でも、この世界では生きている。その証拠として自分の心臓がゆっくりと脈打っているのが胸に手を触れて解る。

目的……か。理性は腕にある刻印を何気なく眺めた。刻印は予想通り未だに不可解な情報を出し続けて止まる気配がない。


008

Traffic accident

Completed

Information


052

Chance

Completed


071

Earthquake

Completed


069

Mistake

Completed

………。


今は……これが自分の先の道を示すのかもしれない。私をこの世界に無理矢理引きずり込んだ元凶。今度は……。


ギュウゥゥゥ……。


雰囲気をぶち壊す空腹を知らせる身体……。一気に力を失う空腹感……。そういえばここまできてまだ食べ物にありつけていない!!!


ばっとラウネンから教えられた台所を見据える。はっきり言って台の上は空っぽ。だが、半分開けられたその真下の棚からパンらしき物体。そして、かすかに漂うベーコンに近い香り……。


こっ……今度こそ本命……。


理性の理性は崩壊した。


理性は布団を蹴飛ばして這うようにしてベッドから転がり落ちた。長い青髪を垂らし、飢えた鋭い目つきでフローリングでない天然の木の床を暗闇の中、四つん這いで進む光景ははたから見ればホラー映画になる。しかし今はそんなこと気にする暇はない!!!


ああ……食料を……肉を……!!!


空腹と頭の中で大戦を繰り広げながら理性はラウネンから言われた台所にたどり着いた。半分開いた扉を勢いよく開け放つ。


中はパラダイスだった。中には小学校の給食で見たパンに近いもの×2、失敗作とおぼしき黒焦げのパン?(掌サイズに砕け散っている)×10、分厚く連なった全長約30センチの棒状の燻製肉の塊(ベーコン?・そして匂いの正体。アニメでよく見かけたような……)二本、三角形のチーズ×3が理性の前に存在していた。


隣の棚を恐る恐る開くと貴重品らしい扱いの牛乳瓶(一升瓶サイズ)×2。飲み物としてはマッチするが、嫌な予感がして手に取るのを断念する。代わりに食器棚から出した木製のコップに近くで発見した樽から得た井戸水を並々と注ぐ。


結果、テーブルには種類に乏しいが量のある食料の山が形成された。


こっ……これでようやく……食べ物に……。


手にはフォークとナイフ。準備万端だった。


「いっ……いっただっき……」


まーす☆ガブリ。自分で宣言しておきながらフライングして食料に食らいついた。その光景は読者の想像にお任せします。

誤字、脱字、意見、感想があればお願いします。

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