ミント
封印された魔物を退治するためには、必要なものがある。
国一番の勇者と呼ばれるようになって幾年。
俺は魔王を召喚した。
かといって、このぐーたら魔王は、この世界と並行して存在し、魔王の元々の出身地である魔界へ帰ろうともせず、俺の家でごろごろしている。
たまに里帰りと称して、俺ともども向こうへ行くことがあるが、それぐらいだ。
まあ、実は現国王の息子が昔に魔界に召喚されたことがあり、それが俺の目の前にいる魔王の父親だったりするわけだ。
今回俺のところへ来たのは、ずいぶん昔に魔界から召喚され、主を殺して逃げ出した魔物を退治してほしいということだ。
そのために必要な物がミントという薬草らしい。
「ミントってなんだ」
「遠く異国にあると伝わる、魔を除くために必要な物」
すぐに魔王が答える。
今日はお客が来ているからか、普通にソファに座ってくれている。
見た目は小学生ぐらいだ。
お客さんは、王国の国境にほど近い村からの人で、国王への陳情を行ったら俺のところへ行けばいいという話になったそうだ。
「さて、そのミントが必要だというんですか。問題はそのミント、私が見たことも聞いたこともなかったということです」
「でも、娘さんは聞いたことあるようですね」
娘…ああ、きっと魔王のことを言っているのだろう。
たしかに見た目の年齢差を考えれば親子と間違えられても仕方ないだろう。
「私がいうのもアレですが、娘は博識ですので」
魔王は静かに俺の方を睨んでいる。
後でスナック菓子でも買ってやれば落ち着くだろうから、そうしておかないとな。
村人と一緒に行こうとしたところ、友人がやってきた。
この友人も、召喚に成功した一人で、魔界を最初に統一した一族の末えいを連れて来ていた。
だが、まだ子供で、ベビーカーに載せている状態だ。
「おう、どこか行くのか」
「ああ、ちょっと人助けをな」
「そっか、ガンバレや」
友人は彼の奥さんに頼まれて買い物に出ているそうだ。
「ああ、ちょうどよかった。お前さ、ミントって薬草知ってるか」
「ミントだったら、持ってるぞ」
そう言って俺に一束くれる。
「輸入品で高いんだからな」
「でも、これで何とかなりそうだ」
ありがとと礼を言ってから、俺たちは村へと向かった。
村へ着くと、一旦休むことにした。
魔王もつかれてきたようだ。
ここまでは馬を利用してきた。
車もあるのだが、途中で沼や川がある関係で、大きく迂回しなければならない。
そのため、馬の方が楽だということだ。
「それで、その魔物とやらはどこにいるのかしらね」
魔王との相部屋で、ベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせながら、俺に聞いた。
「近くの洞窟だそうだ。名前はtestamentと言うらしい」
「テスタメントって、変な名前ね」
「まあ、本人がそう言ってるんだから、そうなんだろうな」
俺はそう言って、必要な物を確認した。
翌日、その問題の洞窟へ向かう。
「ここで私は…」
村人は洞窟の入口が見えた時点で、止まってしまう。
「分かりました、あとは任せてください。いいですか、何があっても、空間が切断されても、我々のことを追いかけるようなことはしないでください」
「だ、大丈夫なんですか」
村人はとても心配している。
当り前であろう、ここまで何人もの人を食ってきた魔物退治に行くのだから。
「ええ、大丈夫です」
俺は村人に胸を張って言った。
とは言ったものの、魔王と手をつなぎながら、洞窟の入口に立って中を覗き込む。
「……なんで手をつないでるのよ」
魔王が俺に苦々しい顔をしながら言った。
「なんでってさ、はぐれないようにさ」
「はぐれるわけないじゃない。あんたとは契約してるんだから」
「そうだけどさ」
召喚して、魔方陣から魔王を引き抜いた時点で、契約は成立した。
契約によって、魔王と俺は、互いに100メートル以上離れることができない。
離れた場合は、魔王が俺に引き寄せられることになる。
それは間にどんな物理障壁があっても関係ない。
「では行こう。魔物のところまでは一本道らしいから、迷うこともないだろうし」
魔王は俺の言葉を聞くと、手を振りほどいてさっさと洞窟の中に入った。
100メートルも進んだところで、そいつはいた。
眠っているようで、生臭い風が俺と魔王のそばを通り過ぎていく。
「こいつかぁ」
「魔界に送っちゃって大丈夫かな」
「いいんじゃないか」
そう言って、そのまま少し離れたところから、魔王が術をかける。
「こいつ、封印されてるけど……まあいいか」
さらっとそんなことを言ったような気もしたが、俺たちはそのことを気にしないことにした。
術をかけ、洞窟の中の魔物、テスタメントを魔界へと送り返す。
「私もしばらくしたら向こうに帰らないと」
「そうなのか」
洞窟から出ながら、俺は魔王の言葉に驚いた。
「ええ、今回はあいつを向こうに送っただけだけど、それからのいろいろをしなきゃならないからね」
「そうなのか。それは大変だな」
魔王が向こうに行くということは、俺も一緒に行くということだ。
たまにはそれもいいかと思っている俺がいる。
「どうしたの」
そんなことを気付いたのかどうかは知らないが、魔王が俺を見ながら、少し心配しているようだ。
「大丈夫さ」
頭をくしゃくしゃにしながら、俺は、安らかな気持ちで答えた。
「なんとかなるだろうからな」
いつのまにかそう呟いていた。