第八話
――勇者とは、戦いを経て生きていく者である――
剣を装備するようになってから三日経った。その間、ボクが加護とやらを実感できていたかと問われれば、答えは否だった。命を守っているらしい加護は、あまりにもわかりづらかった。
この三日間、ボクは確かに危険に遭遇することはなかった。だがそれは当然じゃないだろうか。命の危機なんてものは、早々陥るものではないはずだった。
先日の狼もどきは例外中の例外だろう。ただの村人と変わらなかったボクが、あんな危険な生物と出会ったこと自体が奇跡に近い。というか、あの狼もどきはどうして何もなさそうなこの辺りをうろついていたのだろうか。
家から持ち出した食料は既に半分を切っていた。もう二、三日で村か街に辿り着けなければ、ボクの手持ちの食糧は尽きてしまうだろう。であればやはり、どうにか野生動物を捕らえて食べるべきだろう。
けれど問題が一つ残っていた。ボクは火が起こせないため、肉を生で食べるしかないということだった。調理に関する問題は、生活面において非常に切実だった。
問題が解決できないまま、ボクは一匹の雄鹿を見つけた。鹿はこちらには気付いていないらしく、気ままに草を食んでいた。折角の機会に恵まれたため、ボクはあの鹿を狩ることに決めた。
背負っていた剣から布を取り外し、両手で握って上段に構えた。三年に渡る研鑽のおかげか、一応剣をまともに振ることくらいはボクにも出来た。けれど今しているのは、以前にネミコと一緒になって作った構えとも呼べない構えだった。この構えから繰り出すことが出来るのは、正道の剣術の技ではなかった。
ボクは上段に構えた剣を、勢いをつけて投擲した。縦回転を続けながら鹿へと向かった剣は、逃げようとした鹿の左後ろ脚を斬り飛ばして地面に突き刺さった。
鹿は傷口から大量に血を流しながらも、残った三本の足で逃げようと地を這っていた。死の危機に瀕しながらも生を渇望するその姿を見て、ボクはすぐに楽にしてやるために鹿に近寄っていった。地面に刺さったままの剣を引き抜き、鹿の首元目がけて勢い良く振り下ろした。唐突に炎をまとった剣が、抵抗なく骨ごと肉を断ち切った。
焼けた断面から漂ってくる、蒸発した血の臭いが周囲を塗り潰した。
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