第六十九話
――勇者とは、ぶつかり合う者である――
ボクの一撃は、これまでと比べて確実に強力になっていた。剣を包んでいる青白い炎からは威圧感が発せられ、その副次効果なのか剣速も増していた。
「っぁあああぁぁぁぁっ!」
それでも、ボクの一撃がネミコを斬ることはできなかった。
「しっ!」
「っぐぁああぁっ!?」
建物を崩壊させる勢いで、ボクの体は荒ら屋の壁に叩き付けられた。肺の中から空気が根こそぎ奪われ、酸欠で過呼吸になりかけた。ドロリとした感触が肌を伝い、指でとって月にかざせば、ボクの体は血で紅く染まっているようだった。
何が起きたのかを必死に考察していると、衝撃で崩れた壁が降り注ぎ、ボクの体の上に積もった。隙間から見えるそう離れていない場所で、悠然と立っているネミコの持つ大剣を見て、あれに弾き飛ばされたのだと直感した。
ボクの上に積もっている瓦礫をどうにか払いのけて、ボクは問題なく立ち上がった。痛む全身を気にしないようにしながら、未だに青い炎に包まれている剣をネミコに向けた。全身から血が噴き出ている割には、意外に体が自由に動かせた。
「何でそんな血塗れなのに動けるのよ……?ああ、その血、ラマのじゃなくてその辺に居た豚のなのね。いや、驚いたわ。ラマも流石にそこまで柔じゃないわよね」
ネミコの言葉を聞く気はなかった。まだ十全に動く体を十二分に動かして、ネミコに駆け寄った。ネミコはボクが近寄ってくるのを見て、焦ることなく剣を正眼に構えた。
ボクが剣を振り上げようとした瞬間、眼前にネミコの大剣が迫ってくるのが見えた。ボクの体はそのままなす術なく弾き飛ばされ、地面を跳ねながら後ろに下がっていった。ボクは反射的に頭を守るように体を捻りながら、手足や肩にかかる痛みを耐えた。
今度も体を動かすのに支障が出る怪我は負っていないようだった。ありがたいことだが、それ以前に一つ無視できない問題があった。それは、ボクとネミコの圧倒的なまでの地力の差だった。
ボクが剣を振ろうとしても、ネミコはそれより早く剣を振ることができていた。それはつまり、ボクがネミコに先に攻撃することはできないということだった。であれば、ボクがとるべき手段は何だったのか。
――先に攻撃できないのなら、待ちかまえて反撃すればいいのではないのか?そう思い立った瞬間、ボクは天啓を受けたような不思議な気分になった。尤も、実際に神様と会ったときには神秘さなんて感じていなかった。
立ち上がり、剣を上段に構えた。ネミコはボクが動こうとしないのを見て、つまらなそうに鼻を鳴らした。ネミコが深く腰を落とした瞬間、ボクは思いきり剣を振り下ろした。
ガ、キィィィン!
突如として、言い知れぬ虚脱感に襲われた。ネミコがボクの懐に居て、ボクの手が振り抜かれているということは、またボクは斬れなかったのだろうか。いや、さっきは確かに剣と剣がぶつかった手応えを感じた。
ネミコはボクの懐で、何をするでもなく棒立ちしていた。心なしか震えているように見えるのは、気のせいに違いなかった。動かないネミコを怪訝に思いながらも剣に視線を送ると、そこにあったはずの物はなくなっていた。
「……は?」
刀身は存在しなかった。柄だけが僅かに残っただけで、それは剣とは到底呼べなくなっていた。視界の隅で、ボクとネミコの剣の破片が、割れて散乱していた。
「…………は?」
更に軽くなった右手の先を見直して、事態の把握に努めようとした。けれど、混乱の極みにあるボクの頭が働くわけがなかった。
短くない期間を愛用した剣の喪失も、ボクの腕の中で震えているネミコの体も、魔物たちの目つきが変わったのも、ボクには理解できなかった。
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