第六十七話
――勇者とは、試行錯誤する者である――
ボクは剣を握り直し、再びネミコに向けて振り下ろした。結果は変わらなかった。その細腕一本だけで、ボクの一撃を軽々と防いだ。手に返ってくる痛みがこれを現実だと知らせていた。
一度で駄目ならと、素早く剣を連続で振るった。それも握りを緩くして、剣を持つ形で攻撃することによって、手にかかる負担を減らそうとした。残念ながら、結果は言うまでもなかった。
「ラマ、剣が軽くなってるわよ?そんなんじゃ、折角一方的に攻撃させてあげてるのに、その機会を無為に減らすだけで終わっちゃうわよ。ほら、もっと頑張りなさい」
剣で既に十度も斬りつけられているというのに、ネミコは痛みすら感じていないようだった。それも当然かもしれなかった。ボクの剣はネミコの柔肌に、傷一つすら付けることができなかった。
本当に意味がわからなかった。どうして人間の皮膚に金属の剣が打ち負けていたのだろうか。涼しい顔のネミコは飄々とした様子で、苦々しげに唇を噛みしめるボクを見ていた。
ここでふと、ボクは一つの閃きを得た。それは今更に過ぎることだったが、混乱しているボクには早々思いつけないことだった。それは即ち、ネミコの右腕に何か秘密があるのではないか、と。
考えてみれば、今までの十発の攻撃を、ネミコは全て右手を使って防いでいた。それはきっと、力の差を見せつけようとしたのではなく、そうする必要があったからなのではないだろうか。では、右腕以外を斬りつければどうなっただろうか。
方針は決まった。ボクは剣の柄を力を込めて握り、ネミコの顔を睨みつけた。ボクのやる気が伝わったのか、ネミコはその口元をニヤリと歪めた。
地面を蹴り、一歩でネミコの傍へ近付いた。その勢いを剣に乗せながら、ネミコを両断するつもりで剣を降り下ろした。今までと変わらぬそんな行動に、ネミコの目はすっと細められた。
剣の振るわれる先に、ネミコの右手が構えられた。その場所を、ボクは力を振り絞って剣の軌道をずらすことで避けた。ネミコも油断していたのか、剣はネミコの右手に触れることなく振り下ろされた。
ネミコが少し驚いた顔をするのを視界の端で見据えつつ、ボクの剣がネミコの胸元へ迫っていった。剣がネミコの心臓を貫こうとした瞬間、酷く甲高い金属音が鳴り響いた。その発信源は、ボクの剣先だった。
凄まじい反動がボクの腕を襲い、ボクは思わず剣を振りあげた。幸か不幸か、跳ね上げられたボクの剣はネミコ頭を断ち切らんとその顎に迫っていった。しかし感じたのは、やはり激しい痺れと痛みだけだった。
二連続の痛撃を味わい、ボクは一歩退かざるを得なかった。追撃など欠片も考えていなさそうなネミコの表情を見ながら、ボクの足は一歩二歩と後退っていった。五歩目を下がったところで腕の痛みに耐えきれず、剣を取り落とした。
「ねぇ、ラマ。あなたってこんなに変態だったかしら?昔はもっと誠実だったのに、どの雌豚のせいか知らないけど変わっちゃったみたい。やっぱり、私があの日にあなたについていけばよかったわね」
そう言って、ネミコは胸元を隠した。その場所を隠していた薄布は、ボクの剣に斬り裂かれてその役目を果たすことができなくなっていた。ボクは慌ててそこから視線を外した。
「ご、ごめん!でも、さっきから何の話なの?あのお姉さんたちをぶ、豚とか呼んだりしたけど」
「んー……ラマには、まだ早いみたいね。全く、あのジジイどもはちゃんと性教育も受けさせとけっての」
ブツブツと不穏な雰囲気になりながらネミコが何かを呟き出した。その直後、思い出したようにネミコの体が激しく発光すると、その体は新たな装いの服に包まれていた。
「まあ、あの服もそろそろ飽きてたからいいのだけれど。それで、女性に破廉恥なことをしてみせたラマは次に何をするのかしら?」
責めるような口調でネミコはそう訊ねた。そう、ボクがあの服を破ってしまったことに変わりは――?今、ボクは何を考えた?
ボクの渾身の一撃を受けて、ネミコの服だけが破れた。さっき起こったのは、それだけだった。今度は右手で防いだわけでもないのに、ボクの剣はネミコの肌に傷を付けられなかった。
ということは――。最悪の想像がボクの脳裏を過り、頭を振ってその考えを打ち消そうとした。しかし、そんなボクを見て何を思ったのか、ネミコは無情な言葉を投げかけた。
「ねえ、ラマ。私にあなたの剣が通らない理由を教えてあげる」
ニコリ、と見たもの全てを魅了してやまない魔性の笑みをボクに向けながら、ネミコは自身の秘密を一言にまとめて言い放った。
「私、魔法とは別に、肉体を強化する魔術が使えるの」
だから、ラマの攻撃程度じゃ傷一つつかないのよ。その後に続いたそんな言葉は、ボクの耳を通り過ぎていった。景気よく振り回される大剣の風斬り音が、その言葉が事実だと証明していた。
今度こそ、ボクは本当にネミコに勝てる気がしなくなった。
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