第六十六話
――勇者とは、挑戦する者である――
肉体的な疲労は、魔法による治療のおかげかほとんど感じられなかった。問題なのは、やはり精神的疲労だった。仮眠をとったとはいえ、倒れる程の状態だったのだ。全快になどなるはずがなかった。
そんな極限状態状態で、鬼ごっこという名の多対一戦闘を行ったのだ。集中力などとうに果て、深井思考なんてできるわけがなかった。
だからボクは、何も考えず剣を抜いた。残りかすのような何かを体中からかき集めて、炎を剣にまとわせた。
「やる気は十分、でいいのかしら?さあ、ラマ、約束通り私に五十発攻撃してくるといいわ。その剣で斬ろうが、顔を殴りつけようが、五十発攻撃されるまでは私はあなたに攻撃しないから」
不敵に笑いながら、ネミコはボクにそう言った。その立ち姿からは何の気負いも感じられず、ただ強者としての威圧感だけが感じられた。
ボクは剣を上段に大きく振り上げた。ネミコの体をちょうど二分する位置で、力の限り振り下ろした。ネミコはそれに、軽く右手を掲げることで反応した。
ガィン!
岩でも直接殴りつけたかのような痛みが両手に走った。思わず剣がボクの手から離れ、まとっていた炎も消えた。痺れを感じながらプルプルと震えるボクの手を見て、ネミコはニヤリと笑って見せた。
「いや、流石は勇者って言った所かしら?あのラマがこんなに重い一撃を出せるようになるとは思ってなかったし。ちょっと熱かったしね」
ケタケタとどう発声しているのかわからない笑い声を上げながら、ネミコはそう言った。ぷらぷらと振られる右手には、ほんの僅かな黒い煤が付着していた。その煤も、見ている間に風に吹かれて飛んでいった。
意味が、わからなかった。なぜボクの一撃を受けて平然としているのか。そもそも、ボクの剣が弾かれたということが異常だった。
威力不足は、当然あっただろう。この身は少し鍛えただけの子供の体だった。基本的に魔法の力に頼って攻撃してきたボクに、高い攻撃力があるとは思っていなかった。
だからこそ、ボクがあれ程人々を殺せていたのは、単に魔法のおかげだった。ボクのような子供でも大の大人を軽く殺すことができる位に、魔法とは凶悪なものだった。
その、魔法の恩恵を受けたボクの一撃は、大人の男たちを一閃してきた一撃は、ネミコの掲げただけの右手によって防がれたのだ。これまでの実績があるだけ、現状の意味不明さは際立っていた。
「ねえ、次はまだかしら?あと四十九発もあるんだから、早くしてくれないと日が暮れてしまうわ」
今は月の映えている夜だった。当然ながら、既に太陽は沈み切っていた。ネミコの言葉は冗句の類なのか、それとも明日の夕暮れまでかかるという挑発なのか、ボクにはわからなかった。
ボクは剣を拾い直し、炎を出さずにネミコに斬りかかった。金属同士がぶつかるような甲高い音とともに、ボクの腕に反動がきた。予期していたため剣を落とすようなことはなかったが、それでも腕に来た衝撃は相当なものだった。
左手で大剣を担ぎ、右手一本でボクの攻撃を防ぐネミコの姿が、今更になって酷く恐ろしいものに思えた。
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