第五十八話
――勇者とは、休憩する者である――
目を開けると、見慣れない天井が見えた。
「……ここは?」
「あ、気がついたんだね。調子はどう?水、飲む?」
「へ?あ、じゃあ、もらいます」
起き抜けに声をかけられ、ボクは反射的に答えを返した。渡された容器の中には、なみなみと水が注がれていた。喉も渇いていたのでそれを一気に流し込み、気道に入ってゴホゴホと咳き込んだ。横になったまま水を飲むなんていう自殺行為をしてしまった自分に怒りを覚えながら、胸を押さえて咳を出し続けた。
少し落ち着いた所で、周りの状況を確認するために顔を上げた。情けない顔をしていただろうが、気にしなかった。部屋の中では、見覚えのある女性三人がこちらを向いていた。
ボクたちが居るのは、どうやら誰かの住んでいた家のようだった。家具や生活臭を感じさせる物が何もないため、今は誰も使っていないということが想像できた。けれど、わかるのはそこまでだった。
ボクたちがここに居る理由を女性たちに訊ねると、それまでっ心配げな表情だったのがいきなり怒りの表情に変わった。理由がわからず狼狽するボクに、さっき話しかけてきた女性が説明を始めた。
話によると、ボクは倒れかけていたようだった。歩く足はふらつき、汗は止め処なく流れ、挙句の果てには熱まであったそうだった。疲労困憊といった体だったボクを見かねて、女性たちはボクを子の空き家に連れ込んだのだと、マドレと自己紹介した女性は再び心配そうに言った。
体を動かしてみるも、足の疲れが残っているだけで、少し前まで話していたような状態だったとは到底思えなかった。とりあえず記憶を掘り起こしてみると、確かに体が重かったことを思い出した。
理由を考えようとして、すぐに思い当たった。ルバートで黒い男の人に、魔法を使うと精神的に消耗すると教わっていた。ボクに起きていたのは、その程度の重いやつだったのだろう。
魔法の使い過ぎが原因だとわかった。わかったが、また別の問題が新たに浮上した。それは、ボクが魔法を使わなければ相手に勝てないということだった。
今までボクが相手を倒せていたのは、相手がボクの容姿に油断して力を十全に発揮できず、かつボクの一撃が防御ごと相手を斬っていたからだった。もしボクが相手と剣劇を演じてしまえば、技量や体格、経験の根本的な差でボクが勝てないのは明白だった。
ゆえに、ボクは夜を待つことに決めた。太陽が昇っている内は浮浪者などに絡まれやすいし、そうでなくとも人とよく会った。倒す必要がない相手と戦うより、戦わずにいられるのならそちらの方がボクにも相手にも得だった。
その旨を女性たちに説明し、ボクたちは夜まで交代で見張りを立てながら仮眠をとることにした。唯一の戦闘要員であり、また最年少なボクはまた眠っているように言われたので、一も二もなく従った。いくらかはよくなっていたが、やはりまだ精神を消耗した影響は残っていた。準備を万全にするという意味でも、ボクの調子の良し悪しは重要な要因だった。
こうして考えていること自体、女性たちを守ることすら満足に果たせていない自分への免罪符代わりにしているのだと、どこかで気付きながら。
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