第五十三話
――勇者とは、戦力を充実させる者である――
万屋へ入ったボクを迎えたのは、店主らしき壮年の男の不躾な視線だった。客を値踏みでもしているかのようなその視線を受けて、ボクは努めて反応を見せないようにした。元よりボクは十歳の子供だった。どんなに取り繕ったところで、舐められるのも当然だと思っていた。
無言でその場に立ち尽くしていたボクから、店主らしき男はしばらく視線を外さなかった。そして店主らしき男はボクに対する評価を決めたのか、もう興味なさそうに視線を一つだけあった窓の外に向けた。
「……いらっしゃい。まあ、好きに見ていけ」
どうやら、ボクの判断は正解らしかった。
客として認められたようなので、ボクは店の中を歩き回っていた。見たことのない工芸品や、武器や火薬、はたまた包丁などの日用品まで、多種多様な品が無造作に並べられていた。
こういった普通の店に入るのは、実は初めてだった。村に商店はなかったし、村に来る商人は父親と交渉して商品を取り引きするだけだった。初めて訪れた街で商店に入る暇はなかったし、ルバートではそもそも存在しなかった。
話に聞く商店という物に入ることができて、ボクはおそらく興奮していただろう。ボクも年相応の無邪気な子供らしく、いろいろな商品を手に取って眺めたり、また変わった商品を見つけては目を輝かせていた。
そして見つけたのは、小さな矢束だった。弓で撃つにしては少し小さすぎるそれを手にとって、様々な方向から観察した。何か、頭の隅に引っかかる物があった。
不意に思いついて、荷物袋の中を漁り始めた。保存食やら布団代わりの布やらを袋から出し、中を探っていった。そして、目的の物を見つけた。
石弓。ルバートで手に入れ、ベスティアが用意したであろう荷物の中にも残っていたそれを取り出した。元々、ネビアさんが使いたがっていたこの武器は、これまで致命的な問題があった。
ルバートで渡された時に、矢が全て抜かれていたのだった。ボクらを襲う時に遠距離武器があっては面倒だと思ったのか、石弓は本体のみを渡されたのだった。そしてただの荷物と化してしまったそれは、いつか矢を手に入れた時のためにと、袋の中の肥やしとなっていた。
ボクには今までまともな遠距離攻撃の手段はなかった。これまではどれも相手が油断して近づいてきていたから負けなかっただけで、遠距離攻撃を主体にする相手には苦戦することは明らかだった。実際、ルバートで石弓を持っていた相手にはかなりの怪我を負わされたのだった。
矢束から一本抜いて、石弓に番えた。規格も一致するらしかった。矢を石弓から取り外すと、ボクは頬を自然と綻ばせながら、店主らしき男の方へ顔を向けた。
「すみません!これ、いくらですか?」
「ん?あぁ、それねぇ……これくらいでいいんじゃない?」
そう言って店主らしき男が提示した金額は、少なくはないが払えない金額ではなかった。大体、昨夜の稼ぎが飛ぶくらいだった。
「それでは、これを」
「あ、そう。じゃあどうぞ、持っていって」
何枚かの貨幣を渡すと、店主らしき男はそれを確認もせずに矢束を投げ渡した。数度お手玉した後でそれを掴み、袋の中へ仕舞った。これでボクの、戦闘時における不安材料の一つが解消した。
店の中に散らかした品々を袋に仕舞っているうちに、ボクのお腹がぐぅと鳴った。そう言えば、ボクはかなりお腹を空かせていたことを思い出した。興奮して、今まで忘れていたようだった。
「……今から食事作るんだが、食べるか?代金はこれだけでいいから」
ボクのお腹の音を聞いて、店主らしき男はそう言いながら指を立てた。ボクが昨夜食べた食事の、十分の一にも満たない額だった。ボクが昨日食べた店が暴利だったのか、この店主らしき男が薄利なのかはわからなかったが、とりあえず今のボクに選択肢はなかった。
「ぜひにお願いします!」
「そう。それじゃ、ここで待ってて。十分ぐらいで仕上げるつもりだから、それまで商品でも適当に見ていて」
「あ、はい、お待ちしています」
小さく頷いた後、店主らしき男は店の奥に消えていった。ボクは期待に胸を膨らませながら、商店の中を見て回った。いくつか面白そうな商品を見つけたが、生憎と持ち合わせがなかった。
ご馳走になった昼食は、昨夜定食屋で食べた料理と遜色がなかった。追加料金を払うからと、ボクは何度もお代わりを頼んでしまった。そんなボクを見て、店主らしき男は笑っていた。
何度も店主らしき男に礼を言った後、ボクは万屋を後にした。目的地などなかった。ただふらふらと、街の中を放浪していった。
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