第五十二話
――勇者とは、空腹に苦しむ者である――
翌朝、布団からの誘惑に勝利したボクが一階に下りると、老婆のお疲れ様で――、という途中で途切れた言葉がかけられた。あの、鎧を着ていた男たちが降りて来たのだと思ったのだろう。まさか男たちではなくボクが下りてくるとは思っても居なかった様子だった。
とはいえ、老婆はすぐに何食わぬ顔でボクを送り出した。ボクも流石に、襲われた場所で二泊するつもりはなかった。けれどまあ、収穫がなかったわけだはないので、結果的には得したと言えた。
今朝起きてから二つの死体を漁って、金目の物をいくつかもらっておいた。使ったよりもたくさんの貨幣と、数本の短剣ぐらいしかなかったが。それでも、損ではなく得になったので、ボクの機嫌は良かった。
広場から出て、少し奥まった道を歩いていた。昨夜のことを考えると、広場にある店に入るのは厄介事に巻き込まれる種になると容易に予測できた。
そういうわけで、ボクは隠れたお店を探していた。普通の店で買い物に支障があるなら、普通じゃない店で買い物をすればよかった。そうすれば、襲われたりといった面倒事に巻き込まれないと信じて。
まあ、後になって考えれば、そういうお店はまともな場所で商売できないからこそ、隠れるように商売しているのだった。そのことに気付かないまま、ボクは意気揚々と周りを観察しながら街中を歩き回った。
どれくらい歩き続けただろうか。太陽はとっくに頭上を過ぎ、空きっ腹はきゅるると情けない音を発していた。せめて広場で朝食くらい摂ってくればよかったと後悔するが、過ぎてしまったことはどうしようもなかった。
持ち歩いている荷物の中に食料が入っていないわけではなかった。干し肉や乾パンなど、日持ちする保存食は数こそ少ないものの袋の中に残っていた。
それらを食べなかった理由はもちろんあった。折角の街中での食事でわざわざそういった物を食べる気は起こらなかったのだ。単調で味気ない保存食は、平凡な食事と比べるとどうしても食べたくなくなるようなものだった。
お腹を擦りながらトボトボと歩いていたボクは、遂に一軒の店らしき建物を見つけた。目を輝かせながらその建物に近付き、隠れるように掲げられている看板を読んだ。万屋、トゥット。ボクは軽く絶望した。
きゅぅ、とお腹が鳴った。ここで立ち止まっていてもしょうがないと思い、ボクは店に入ることにした。万屋であることだし、もしかしたらなにか食事とかも売っているかもしれないと、淡い期待を抱いて。
ボクは扉に手をかけ、それを勢いよく開け放った。
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