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偽善の体現者  作者: パオパオ
第六章
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第五十一話






 ――勇者とは、成長している者である――











「……ああ、いらっしゃい。お客さんかい?」


 宿屋に入ったボクを迎えたのは、老婆のそんな言葉だった。


「ええ、そのつもりです。それで、こちらに泊まるにはどのくらいかかりますか」


「あらあら、珍しいわね。そうね、それじゃあこれくらいでどうだい?」


 そう言って老婆が提示した金額は、ボクでも難なく払えるくらいだった。ボクが持っているお金は、ベスティアに助けられた時に用意されていた、ネビアさんと一緒だった頃に襲ってきた相手から奪った物だった。そのため、あまり多くのお金は持ち合わせていなかった。

 袋の中から数枚の貨幣を取り出し、老婆に差し出した。老婆は皺だらけの枯れ木のような手を伸ばし、貨幣を受け取ると一枚一枚数えていった。数え終えたところで、側にある階段が指差された。老婆に軽く頭を下げると、ボクは階段を上がっていった。


 二階に上がると、ボクは一番手近な部屋へ入った。部屋を指示されていないので、おそらくどれでもいいのだと判断して。部屋は横に三つ並んでいるだけしかなかったが、どれもあまり使われている様子はなかった。

 部屋の中にあったのは、机と椅子が一組と、布団一式、そして窓だけだった。窓は何故か、開かないように外側から木の板が交差して打ちつけてあった。貧相な部屋であることは値段から覚悟していたので気にならず、また気にせず真っ先に布団へ倒れ込んだ。

 布団はそれ程柔らかいというわけではなかったが、昨夜まで固い地面の上で眠っていた身としては十分に快適だった。枕に頬を擦りつけ、足をバタバタと上下させた。今夜眠るのが楽しみでしょうがなかった。

 誰にも注意されないのをいいことに、小一時間ばかり布団の上で暴れ回っていた。


 小腹が空いたので、夕食を食べようと階下に降りると、そこでは老婆と鎧を着た二人の男が話し込んでいた。三人はボクの姿を捉えると、一斉に口を噤んだ。食事をしてきますと告げ、ボクは宿屋の外に出た。

 広場の中を見回し、開いている飲食店を探した。あったのは、軽食屋が一つと、定食屋が一つだけだった。閉まっている店を見ればもう少し数はあったが、いかんせん営業していなければどうしようもなかった。

 それなりにお腹も空いていたので、ボクは定食屋へ足を向けた。入店する直前、店の前に立っていた鎧姿の男に睨まれた。いい加減、この視線が鬱陶しくなってきた。

 ボクが殺気を込めた視線で睨み返してやると、鎧の男はひるんでしまった。そのまま視線を虚空に移した鎧の男を見て、ボクは呆れしか感じなかった。もう関わるのも嫌になり、店の中へ入っていった。


 食事を終えて宿へと戻ってきたボクは、もう夜も更けているにも拘わらずに起きていた。しかも何をするわけでもなく、ただボーッとしていただけだった。

 眠りたいとは思うものの、今はどうしてか眠ってはいけない気がした。老婆と鎧姿の男たちが話していた姿が脳裏をちらつき、眠気がなかなかやってこなかった。

 突然、不穏な気配を感じた、とでも言えばいいのか。その直後、ボク以外に客のいない二階へと、誰かが向かってきていた。ギシギシと音を立てている階段に、少しばかり感謝した。

 机の上に置いておいた剣を抜き、先端を扉の方へ向けた。もしかしたら一般客かもしれないが、そうであれば部屋に飛び込んでくるなんて真似はしないだろう。子供だと危ないなと思い直し、剣の位置を上方修正した。

 けれど、おそらく上ってきたのはボクの敵だろう。階段での足音と廊下の狭さを考えれば、それくらいのはずだった。そしてその予想は、すぐに正しいことが証明された。

 勢いよく開かれた扉の先から、鎧を着た男二人が部屋へ飛び込んできた。前に出ていた男は向けられている剣に気付いて止まろうとしたが、後ろにいた男に押されてそれは叶わなかった。男の鎧が剣に接触する瞬間、ボクは剣先に炎を集中して発生させた。

 男の上半身が即座に炎に包まれた。後ろにいた男も、いきなり燃え上がった男に驚いたのか、押していた手を引いて廊下へ下がっていった。その顔には直前まで浮かべていた余裕の表情はなく、あるのは変に固まった歪な表情だけだった。

 部屋に燃え移られても困るので、剣にまとわせていた炎を消した。炭化して煙を出している、腰から下だけが残った人間だったものから剣を取り出した。炎のおかげか、そもそもの能力か、刀身には汚れ一つ残っていなかった。

 炎が消えたことを好機と見たのか、廊下へ出た男が再び部屋の中に突っ込んできた。ボクは慌てることなく剣を振り上げ、そのまま刀身を男にぶつけた。金属同士がぶつかって、甲高い音が響き渡った。

 一撃を防いだことで不快な笑みを浮かべた男の表情は、即座に苦悶の表情へと移り変わった。突如として剣から発生した炎が、爆発的な勢いで男を燃やしたのだった。もちろん、ボクがやったことだった。

 眼下に出来た二つの死体を見下ろして、ボクはどう処理しようかと悩んだ。程なくして、ボクが別の部屋に移ればいいだけだと気付き、すぐに荷物をまとめて二つ隣の部屋へ移動した。


 布団とはやはり、いいものだと思った。


読んでくれてありがとうございました。

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