第四十九話
――勇者とは、道程を往く者である――
迷っていても仕方がないので、剣を地面に突き立て、倒れた方向に進むことにした。適当にも程があるが、どう決めても変わらなかった。寧ろ時間を使わない分、こうするのが最善ではなくとも次善ではあった。
決めたらもう進むだけだった。一歩一歩、足を前へ出していった。草地を踏み、木々の間を通り抜け、動物を狩りながら、ただ前へと進んでいった。
そんな日を十日ばかり続けたある日、ボクは小柄な魔物と対峙していた。生まれて間もないだろう低身長な上に、十分な食事をとることができていないのか、衰弱すらしている紅色の小熊だった。
小熊はボクの姿を見た途端、全身を弱々しくも発光させた。魔法の発動を警戒しながら、ボクは剣を抜いて構えていた。いつ魔法が発動するかわからないため、迂闊に斬りかかることはできなかった。
睨み合うこと数秒間。小熊の体は未だに発光していた。ここにきて、ボクは自分の判断が間違っていたことに気付いた。どうやら、小熊は魔法を発動させるのにかなりの時間がかかるらしかった。
緑の熊はそれなりの時間を、狼もどきはほんの僅かな時間を、そして眼前の小熊はかなりの時間を、それぞれ魔法の発動にかけるようだった。おそらく、魔物は魔法を発動するために時間は、強さによって変動するのだろう。
だとすると、この生後間もないであろう小熊に対してボクがするべきだったのは、速攻をかけて魔法を発動させる前に倒すことだった。そう、今更ながらに理解した。
理解しても、今ではもう何もできなかった。小熊に時間を与えすぎたために、そろそろ魔法を発動できる状態になっているはずだった。流石に今攻めるのは、あまりにも愚策だった。
自らの失敗に冷や汗が流れた。剣を握り直した瞬間、小熊の発光が止んだ。そして、小熊の頭上に球形の炎弾が出現した。
どうやらあの小熊が使える魔法は、炎に関するものらしかった。ボクは安堵した。炎が相手なら問題はないからだった。
決して熟練とは呼べないが、ボクも使い慣れている程度には炎の魔法が得意だった。使い始めて間もない相手の魔法ごときに、ボクの魔法が負けるわけがなかった。
小熊の手の動きに同調して、炎弾がこちらへ飛来した。軌道を曲げるわけでもなく、ただ一直線に。ボクは剣に炎をまとわりつかせると、飛んできた炎弾を切り捨てた。真っ二つになった炎弾は、ボクの背後で空気に溶けて消えていった。
魔法が打ち破られて勝てないと悟ったのか、小熊は背を向けて逃げ出そうとした。しかし不運にも、小熊は足を木の根に引っかけて転倒した。栄養不足のせいでもあっただろう。どうであれ、ここで小熊の末路は決まった。
ボクは一応小熊の行動を警戒しながら、小走りに近付いていった。そして、走る勢いを剣に乗せて、思い切り振り下ろした。血飛沫が飛び散り、頬や衣服にかかった。しばらくの間、眼下で肉の焼ける音がしていた。
おいしそうに焼けた肉を見下ろしながら、流れ落ちてきた血の滴を舐めとった。金属のような苦味が口の中に広がり、思わず顔をしかめた。魔物の肉はどんな味だろうか。そんなことを考えながら、ボクは剣を仕舞った。
初めて食べた魔物の肉は、独特のえぐ味があって、好んで食べたいと思うような物ではなかった。一口だけ飲み込んだ後、程良く焼けている小熊の肉を置いてその場を去った。
ボクがかなり離れたところで、周りに隠れていた小動物たちが肉に群がっていたが、一瞥しただけでボクは意識の外に追いやった。小動物は食べられる部位が少ないので、捕まえるだけの苦労がもったいなかった。
その後は魔物と遭遇することもなく、歩き続けること二十日あまり。物資が乏しくなってきたところで、ようやく街を見つけた。
やっと街に入れると嬉々として門へ向かうも、ふとどこか懐かしさを感じて立ち止まった。不思議に思いつつも、そのまま門へ近付いていった。天辺は見上げる程高く、どことない重厚感を感じさせる、巨大な門へと。
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