第四十七話
――勇者とは、生き残る者である――
――ペチャリ、クチャリ。
水音が耳に響いた。
――ビチャ、ベチャ、ジュルル。
体が揺すられる感覚が、ボクを苛んでいた。
――ネチャ、グチャ、ベチョ、ペッ。
何かを吐き出すような音を最後に、ボクの体は投げ出された。頭をゴツンとぶつけ、戻りかけていた意識は沈んでいった。
「あれ、生きてる……?えと、ここ、どこ?」
目を覚ましたボクは、起き上がって周囲を見回した。視界一杯に広がっているのは、豊かな草地と雲一つない青空だった。近くには木の一本すら立っておらず、見える範囲には自然の風景しかなかった。
ボクは洞窟に居たはずだが、なぜ今草原の上に居るのだろう。いくつもの疑問がわき上がってきて、思考を占有していった。頭を大きく横に振るい、そんな疑問を打ち払った。
ここでボクは、自分が今起き上がれていることに気付いた。ボクは身動き一つも取れなかったのだ。それなのに、どうして今何の問題もなく起き上がれているのだろうか。
体中を見回してみると、細かい擦り傷などは残っているものの、命に関わるような重傷は何もなかった。というか、何故か今のボクは腰布すら身に付けていない、全裸姿だった。
慌てて何か身に付ける物がないかと周囲を探すと、背後に存在している物の存在に気付いた。そこには何故かどこかで見たような旅の用意が、地面に敷かれた大きな布の上で整然と並べられていた。あまりに異様な光景に一瞬放心したが、すぐに気を取り直して替えの服を着ていった。
旅の用意をまとめて、剣を背中に背負った。これで、緑の熊と戦う前の状態に戻った。ボクだけで、ネビアさんはもう居なかったが。
しばらくその存在を忘れていた封筒から、一通の手紙を取り出した。とはいってもこの封筒、手紙が届く時にふとその存在を思い出したのだ。これも加護の込められた一品らしく、手紙が届いたことを知らせる効果でもあったのだろう。
その手紙に書かれていたのは、現状の報告だった。
"お前がスコンパイオの住処へと連れ込まれた二日後、ベスティアがスコンパイオとその娘を襲い、殺した。
ベスティアはお前を背中に乗せると、洞窟から出て走った。
ある程度進んだ所で、お前を治療した。
ベスティアは自身の水の魔法を以って、お前の致命傷を治し、体力を回復させていった。
今のお前の状態になった後、ベスティアはお前には何も言わずに去った。
忌々しいが、以上だ。手紙は処分するように"
剣を抜いて仄かに発火させ、その中に手紙を千切って投げ入れていった。手紙は特殊な材質なのか、炭すら残さず焼失した。
ボクはやはり頭を捻った。どうして、あのベスティアと言う魔物はボクを助けたのだろうか。あの緑の熊を殺したのは自身の糧にするためだとしても、態々ボクを助けた理由は思い浮かばなかった。
ボクの頭には次から次へと疑問がわき、それを抑えているうちにふと欠伸が漏れ出た。体力は回復していても、気力はどうにもならなかったようだった。
傍に置いておいた荷物から一組の大きな布を取り出し、それに包まった。すぐに訪れた睡魔を、抗うことなく受け入れた。主観的には久し振りの深い眠りを、ボクは渇望していたのだった。
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