第四十六話
――勇者とは、見届ける者である――
そして、最後の目覚めのきっかけは、金属同士が打ち鳴らすような甲高い音だった。
耳慣れない音を聞き、ボクの移ろう意識は覚醒へ向かった。開いた目に映ったのは、深緑色の熊と、橙色の狼もどきが対峙している姿だった。その狼もどきは、どこか見覚えがあった。
緑の熊が人間の倍ほどの大きさなのに対し、狼もどきは洞窟の天井まで届く、小屋程の大きさがあった。狼もどきの手足は緑の熊の胴体程の太さがあり、その堅牢さと豪壮さが窺えた。
「……べす…………てぃ……あ……?」
自分でも何故口にしたのかわからない単語が、ボクの口から零れた。その直後、狼もどきは耳をピクつかせると、こちらに一瞬だけ顔を向けた。その顔には、どこか慈愛が込められている気がした。
ぼやける視界の中では見えたわけがないのに、どうしてボクはそう思ったのだろうか。そもそも、魔物が餌である人間に有効的な態度をとるわけがなかった。いよいよ、ボクの頭も限界なようだった。
ボクから緑の熊へと視線を戻した狼もどきは、唸り声を上げ始めた。緑の熊は、警戒して動こうとしなかった。そんな熊の様子に業を煮やしたのか、狼もどきは突如として頭上を見上げた。
「ゥガァアアァオォォオオオォォォォオオオォォオァアッッ!!」
洞窟内を反響して何倍にも増幅された雄叫びが、ボクや熊たちの耳を襲った。プツッという音の後、耳に焼けるような痛みを感じた。熊は両手で血が流れる耳を押さえ、身を捩らせて苦悶していた。
狼もどきも自分の声が流石にこの音量には驚いたのか、嫌そうな顔をしながら前足を器用に耳に当てていた。しばらくして狼もどきが足を地面に着けると、緑の熊も慌てて耳から手を離し、臨戦態勢をとった。その後ろでは、気絶した雌の熊が一頭転がっていた。
そして、戦いは始まり、終わった。
そも、それは戦いと呼べるようなものではなかった。狼もどきの右前足が消えたかと思うと、その直後に緑の熊の頭は消し飛んでいた。狼もどきの右前足は、血の一滴すら付かずに左前足の上に置かれていた。
緑の熊は何が起きたか理解できていなかっただろう。ヨタヨタとその場で数回足踏みをした後、前のめりに倒れた。倒れた衝撃で頭から血が吹き出し、狼もどきの体毛を僅かに濡らした。
狼もどきは不快そうな鳴き声を上げた直後、一瞬だけ体を光らせた。突如として空中に巨大な透明な水泡が出現し、弾けた。飛沫のほとんどは狼もどきにかかったが、一部は近くにあった緑の熊だったものや、雌の熊にもかかった。
水飛沫が付着した熊たちの部位が、煙を上げて溶けていった。雌の熊は体が溶ける痛みで意識を戻したが、すぐにまた静かになった。緑の熊だった物は、もはや原形を留めていなかった。
狼もどきは満足そうに控えめに吠えた後、顔をボクの方へ向けた。そのままこちらへ足を進め、ボクの傍に来て止まった。そして、ボクの体に頭を近づけ、口を大きく開かせた。
ボクが覚えていたのは、そこまでだった。
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