第四十四話
――勇者とは、捕まる者である――
体が削れるような痛みを感じて、ボクの意識は徐々に戻っていった。体が感じていたのは痛みだけだったが、それでもボクはまだ生きていた。まだ死んではいなかった。
凄まじく重たい瞼をこじ開け、周囲の状況を確認しようとした。おぼろげな視界の中で、動いている物は二つあった。認識したそれらの姿は、二頭の熊だった。
今が何時かはわからなかったが、少なくとも太陽は沈んでいないようだった。洞窟らしきこの場所に、薄らと光が射し込んでいたからだった。ボクは視線だけを動かし、周囲の観察を始めた。
この場にいるのは、ボクと、深緑の熊、そして普通の雌らしき熊。たった、それだけ。ネビアさんの姿は、見えなかった。
熊に弾き飛ばされた時に覚悟はしていたが、やはり親交のある相手の死は辛かった。これでも、死んでいる状態を直視していないだけいいのだと思った。
もしかしたら、ネビアさんが食べられている光景を見てしまったかもしれなかったのだ。実際、雌らしき熊の近くに、ネビアさんが着ていた服の切れ端が転がっていた。
ネビアさんの生存は絶望的だった。
ところで、どうして魔物じゃない方の熊が雌かとわかったか。理由はひどく簡単だった。普通の熊のお腹が、ぽっこりと膨れ上がっていたのだ。あの魔物との子を、孕んでいた。
それが愛情の結晶かどうかは、わからなかった。緑の熊が少し動くだけで、雌の熊は体をビクつかせた。怯えていたのだ。もっとも、動物の恋愛とかにはまるで興味が沸かなかったが。
そんなことを考えているのは、純粋に意識を繋いでおくためだった。どうでもいいことであっても、集中していれば意識は保てた。逆に言えば、それ位しないとすぐにでも意識を失いそうだった。
痛みには事欠かないので、唇を噛んでみたりはしなかった。ただでさえ出血が危険なのに、これ以上は一滴も無駄な血が流せなかった。
ボクの行く末は、どうなるのだろうか。ふとそんなことを考えた。考えるまでもなく、目の前にいる熊たちの餌になって終わりだろうが、そうじゃない未来を考えたかったのだ。
体の感覚に意識を集中すると、どうやらボクの剣はボクの側にあるようだった。それを振れるほどの体力はなかったが、加護があると信じるだけでも十分な効果はあった。
どうしてこんな近くにあるのか少し疑問に思ったが、気にしないことにした。きっと、ボクをここまで運んできた時に、離さなかった剣ごとボクを投げ飛ばしでもしたのだろう。考えても仕方なかった。
ボクのこれから。だれかとても強い人がここに来て、あの熊たちを倒し、助けてくれる。そんな物語みたいな展開を妄想した。
心の中だけで自嘲した。そんな都合のいいこと、起きるわけがなかった。第一、ボクは物語みたいに浚われたお姫様じゃないし、あの魔物なら並の戦士でも一蹴して舞うだろう。
だからあの緑の熊を倒せるのは、名の知れた戦士くらいじゃないと無理だろう。そしてそんな剣士が、こんな洞窟なんかに入ってくるはずがなかった。
暗すぎる自分の未来に、ボクは絶望しか感じなかった。
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