第四十二話
――勇者とは、相対する者である――
臨時で食料と移動手段が手に入ったのは幸運だった。殺した馬二頭は早めに焼き肉にして食べた。筋張っている上にやせ細っていたが、肉は肉。二人でおいしく平らげた。
残った四頭の馬もガリガリだった。その中でもまだ細すぎなかった馬を二頭選び、残る二頭は逃がした。生き残れはしないだろうが、連れていこうとしてもどうせ邪魔になるだけなので気にならなかった。
ネビアさんから乗馬の指導を小一時間受けると、ボクは馬に乗って進むくらいならできるようになった。なんだかよくわからないが、旅に出てから何かができるようになるのがとても早くなっている気がした。もしかして、これも加護の効果なのだろうか。
ともかく、ボクたち二人の移動速度は格段に速くなった。馬の食事の用意という手間がかかるが、そんなことは気にならない程に楽だった。ボクは歩いても疲れないので、ほぼ一日中進めるからだった。
馬を手に入れてから三日目の夜、片方の馬が死んでしまった。ここのところ、どこか疲れたような息づかいをしていたが、そのせいだろうか。再び焼き肉が食べられると喜ぶボクを、ネビアさんは笑って見ていた。
パチパチと小枝が焼ける音がしていた。燃える炎の上で炙られる、いくつもの馬肉。肉汁がポタポタと零れ落ち、それさえもったいないと感じてしまった。
十分に火が通った物を、次から次へと口の中に入れていった。味気ない普段の食事とは違う、新鮮な食材らしい味がした。ネビアさんも頬を綻ばせていた。
その時、ガサリと後ろの茂みが音を立てた。ボクとネビアさんは即座に視線を交わし、いつでも剣が抜けるように準備した。片手に肉を持ちながら。
茂みの方を注視しなければならないため、火に当たっている肉が焦げていった。涙を呑んで耐えていると、敵の姿が見えた。
それは、一体の獣だった。二足で立ち、こちらをじっと睨み付けている、一体の、熊。その口元や手の先には、赤黒い汚れがべったりとこびりついていた。
熊であるだけなら、何も問題はなかった。その獣のまずいところは、その体毛が目に染みる程の深緑色であったことだった。
熊の体毛とは茶色のはずだった。通常とは違う体毛をした生物、つまりは魔物。実質相対するのは初めての魔物に、ボクは緊張を隠せなかった。
持っていた肉を手から落とした。こんな物を持っていても戦闘の邪魔にしか鳴らなかった。横目でネビアさんを見れば、蒼白と言っていい表情を浮かべていた。やはり、魔物相手の戦闘は危険なのだろう。
一瞬たりとも気が抜けないこちらに、緑の熊は近付いてきた。見つけたときは遠くてわからなかったが、この熊は異常なほど大きかった。目測で、ボクの二、三倍程はあっただろう。
心臓の鼓動がうるさい程高鳴っていくのを感じながら、ボクたちの戦闘は始まろうとしていた。
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