第三十六話
――勇者とは、予定する者である――
屋根の上から助け出されたボクは、黒い男の人にどこかへ案内されていた。微笑ましいものを見るような視線を恥ずかしく思いつつ、少し縮こまりながら付いていった。
黒い男の人に連れられた先は、一つの小さな建物だった。近くにある他の家と比べればまだましだが、それでもやはりみすぼらしかった。黒い男の人を見上げると、入るように促された。
建物の中に入ったボクが見たのは、いくつもの寝台だった。それぞれの上に人がいて、その誰もがどこかしらに怪我を負っていた。怪我人の治療施設になっているのだろうか?黒い男の人が入ってくるのを見ながらそう思った。
黒い男の人は一番奥にある寝台を指差した。視線をそちらに向けると、そこには一人の女性がいた。ネビアさんだった。
体は起こしているが、その視線は空に向けられたまま微動だにしなかった。ゆったりとした服装のためか、体に傷らしい傷は見られず、精々が手首に付いている痣くらいのものだった。
惚けてしまっているネビアさんを見て、ボクは痛々しく感じた。体の傷も見えないだけで残っているだろうが、そういうことではなかった。黒い男の人が言ったように、値ビアさんは精神がやられているように感じられた。
じっと見つめてもネビアさんは何の反応もなかった。顔を黒い男の人に向けると、訥々と話し始めた。
「ん、以前から変わらないな。助け出したときからあんな感じだ。まあ何をされたのかは容易に想像できるが、だからこそ何も出来ないと言うか。何かきっかけがあれば変わるんだろうが、下手に手を出して悪化でもさせたらまずいからな」
「そうなんですか……」
「それで、あの女性はどうする?これ以上ここに置いておくことも出来そうにないんだ。患者は他にもいるし、治療の必要がない相手を留めてはおけない。ここ以外の場所だと襲われる危険性も高いし、どうするつもりか聞きたい」
少しだけ考え、ボクは答えを口に出した。
「街の外に連れて行こうかと思っています。この街に留まる理由も残っていませんし、少しでも治安のいい街にネビアさんを連れていきたいので」
「そうか。まあ旅の用意は明日には準備できるから、それまでは待っていてくれ。それと、後で持っていく武器も決めておいてくれ」
「わかりました」
ボクが頷くと、黒い男の人は一番近くの寝台に近付いていった。今から治療を始めるのだろう。見ていてもしょうがないので、ボクは退出した。
建物を出たボクはこれからどうしようかと考えながら歩いていた。明日か明後日にはこの街を出るつもりでいた。そして、出た後にどうするかを決めていなかった。
ルバートに近く治安のいい街のことは、後で黒い男の人にでも聞いておけばいいとして、問題なのはネビアさんのことだった。彼女がどうするつもりだったの、それを知らないことにはこれからのことが決められなかった。
ともかく、今は自分が出来ることをしようと黒い男の人の住処へ向かった。
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