第三十五話
――勇者とは、流離うものである――
目が覚めたのは、月が頭上を通り過ぎている位の夜更けだった。気持ち悪かった体はかなり回復し、軽く動く程度なら問題はなさそうだった。もちろん、素人判断にすぎなかったが。
起き上がって少し体をふらつかせながらも、周りをゆっくりと徘徊した。ここの所酷使しすぎている体を労るように、一歩一歩を踏み出していった。騒ぐ音もない静寂の中で、足音だけが小さく響いていた。
なんとはなしに隣の部屋を覗くと、そこには数多くの樽や食器が散乱し、まさしく宴の後といった様相を見せていた。苦笑しつつも、ボクはそれらをまとめていった。自分が参加していないとはいえ、眠りすぎて暇を持て余していたボクには恰好の暇潰しだった。
約一時間かけて片付けやすいように物をまとめ終えた。高原がなかったため、剣にごくごく僅かに火を灯し、その微かな光で作業をしていた。不調な体ではそれすら辛く感じ、鈍っていることに自嘲した。
ふと外に視線を向けると、ぼんやりと明るくなり始めていた。少しだけかいた汗を袖で拭いつつ、明かりに誘われるように外に出た。披露も相まってよろよろとした足取りだったが、剣を杖代わりに使えば問題なかった。
光の方に視線を向けたが、建ち並ぶ建物が邪魔で全く見えなかった。どうしたものかと考えると、一つ妙案を思いついた。建物が邪魔なら、邪魔にならない場所に行けばよかったのだ。
周囲を見回して、一番高い建物を探した。程なくして見つけたその家の側には、丁度よく立派な木が立っていた。自分の幸運に感謝しつつ、ボクはそちらへ足を向けた。
迷わず辿り着いた先で、ボクは剣を置いて木に登ろうと手をかけた。村にいた頃に木登りをした経験は何度もあった。その時のことを思い返しながら、するすると登っていった。
危なげなく十分な高さまで登ると、ボクはそこから飛び降りた。枝を大きく揺らしながら、近くの家の屋根に飛び乗った。着地と同時に足にきた衝撃でしばらく動けなかったが、そんなことは気にならなかった。
顔を上げたボクは、地平線から昇る太陽の姿を目にした。村で幾度となく見た光景であるにも拘わらず、それとは違っているように感じた。荒れている町並みが太陽の光に照らされて、どこか不思議な情緒を感じさせていた。
しばらくその場に留まった後、ボクはどうやって降りようかと思案した。登ったのはいいのだが、降りようにもそのための手段がなかった。木に飛び移るのは危険だし、飛び降りるにしても高すぎた。
頭を捻っていたボクは、結局探しにきた黒い男の人に梯子を持ってきてもらうまで、その場から動けずにいた。その間、羞恥心で軽く泣きそうだった。
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